公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

「ふぅ……」
「アルーグ様? お疲れですか?」

 ルネリアと別れた俺達は、客室に来ていた。
 そこでため息をついた俺を、カーティアは心配そうに見てくる。

「そうだな……少し、疲れたかもしれない」
「そうなんですか?」

 取り繕うか迷ったが、俺は素直に答えることにした。
 俺は今、少し疲れている。精神的に、少し疲弊しているのだ。

「ルネリアちゃんと話して、疲れたのですか?」
「あいつと話すこと自体に疲れたという訳ではない」
「そうですか……そうですよね」

 俺の言葉に、カーティアは安心したようである。
 その理由は、なんとなく理解できた。恐らく、彼女はルネリアがあの人の娘であるという事実を気にしているのだ。
 だが、俺はルネリアのことは単純に妹と思っている。
 出会った最初は、少し複雑な思いはあった。ただ、もうそんな感情は消えている。他の兄弟と同じように思っているのだ。

「それなら、何に疲れたのですか?」
「ルネリアに、俺は色々と言っただろう。説教……とは違うか。忠告とでもいうべきだろうか。それに疲れたのだ」
「そうなんですか? 意外ですね……」

 カーティアは、少し驚いているようである。
 それは、そうだろう。あんなことを言ったといように、疲れているなどいうのは変な話だ。

「……お前も知っている通り、俺はこれから公爵家を継ぐことになる。このラーデイン公爵家の当主となるのだ。この公爵家を俺は引っ張っていかなければならない」
「それが、先程の言葉と関係している……あれは、公爵家の当主として言葉をかけたということですか?」
「ああ、そのつもりだ。だが、それが本当に正しいのかどうか、ずっと考えているのだ」

 既に力なき父上を、俺はこの公爵家から排除した。それは、必要なことだったと思っている。
 だが、それによって俺は公爵家の当主となる。俺は、それに向き合わなければならないのだ。

「弟も妹も、まだ一人前とは言い難い。そんな者達を俺は導いていかなければならないだろう。だが、俺も自らを一人前といえる程の知識と経験があるとは言い難い。情けない話かもしれないが、俺は恐れているのさ」
「なるほど、なんというかアルーグ様らしいですね」
「俺らしい?」
「真面目な方だと思ったのです。そうやって自らの立場と向き合えるのは、素晴らしいことだと思いますよ」
「……そうか」

 カーティアは、俺に笑いかけてくれているような気がする。表情は変わらないが、それが俺には伝わってきた。
 彼女にそう言ってもらえるのは、嬉しい限りだ。しかし、それに甘えてはならない。
 俺は、これからも考えていかなければならないのだ。皆を導くために。
「アルーグ様、私はあなたの言葉は立派なものだったと思います」
「そう言ってもらえるのはありがたい」
「お世辞ではありませんよ。本当にそう思っています」

 カーティアは、俺に対してそのように言ってくれた。
 しかし、俺はそれでも自信が持てない。自分の言ったことが、正しかったのかどうかが。

「アルーグ様って、意外とそういうことを引っ張りますよね?」
「何?」
「ずっと思っていましたけど、一人で抱え込むというかなんというか……」
「む……」

 カーティアに言われて、俺は少し考える。
 確かに言われてみれば、俺は抱え込むタイプかもしれない。
 何しろ、初恋の女性を何年も引っ張っていたのだ。それを抱え込むタイプといわずして、なんというのだろうか。

「最近は、私にある程度は預けてくれているようですけど、それでも根本は変わっていないようですね?」
「そうなのか?」
「ええ、そうなのです」

 カーティアは、自身満々にそう言い切ってきた。
 彼女は、俺よりも俺のことを知っている。そんな彼女が言うのだから、それは間違いではないだろう。

「アルーグ様、忘れているかもしれませんが、私はラーデイン公爵夫人になるんですよ?」
「忘れてなどいない」
「それなら、もっと頼りにしてください。あなたが公爵家を導く役目があるというなら、それを支えるのが私の役割です。そのことを、よく胸に刻んでおいてください」
「なるほど……」

 俺は、ゆっくりとそう呟くことしかできなかった。カーティアの言葉が、驚くべきものだったからだ。
 俺のために、そこまで言ってくれる。そんな彼女の心意気が嬉しかった。
 もう何度目になるかはわからないが、つくづく思う。俺は、婚約者に恵まれたものである。

「……お前には、これから迷惑をかけるかもしれないな」
「え?」
「む? どうかしたのか?」
「い、いえ……」

 俺がふと呟いた言葉に、カーティアは少し動揺しているような気がした。
 しかし、俺は別におかしなことは言っていないはずだ。

「アルーグ様は、そういうことをすっと言いますよね?」
「……どういうことだ?」
「無意識で言うから、質が悪いのでしょうか?」
「何を言っているんだ?」

 カーティアは、俺に色々と言ってきた。だが、その言葉の意味はよくわからない。彼女は、一体何を言っているのだろうか。

「それで、こういうことを言っても意味がわかっていないのが、また質が悪いというか、なんというか……」
「……」
「まあ、そういう所も含めて、私はいいと思うんですけどね」
「そうか……」

 色々と言っていたが、カーティアはそうまとめた。
 よくわからないが、そう言ってもらえるということはいいということなのだろうか。
「久し振りだな、ルネリア」
「うん、久しぶりだね、サガード」

 私は、久し振りにサガードと会っていた。
 頻繁にラーデイン公爵家を訪れていた彼だったが、最近はあまり来なくなっていた。本当に久し振りの来訪なのである。

「ふぅ……」

 客室の椅子に座りながら、サガードはゆっくりとため息をついた。
 もしかして、疲れているのだろうか。ここに来なくなったのだから、最近は忙しかったのだろうし、その可能性は高い。

「サガード、大丈夫? 疲れているの?」
「うん? ああ、少しな……」
「何かあったの?」
「まあ、色々とあったんだ……」

 私が問いかけてみると、サガードは素直に答えてくれた。
 やはり、忙しくしていたようだ。彼は、王子である。きっと、私の想像できない色々なことがあったのだろう。

「疲れているなら、休んでもいいよ」
「休む?」
「うん、お昼寝するのもいいんじゃないかな?」

 私は、サガードにそんな提案をしてみた。
 見た所、彼は少し眠そうである。疲れが溜まって、休みたくなっているのだろう。
 それなら、寝かせてあげたい所である。変にこじらせて、倒れられたりして欲しくはない。

「いや、流石に昼寝するのは……せっかく来たんだし」
「そんなこと言わずに、さあ」
「え?」

 私は、自らの膝を叩いて、サガードに眠るように促した。
 すると、彼は目を丸くする。どうやら、驚いているようだ。

「どうかしたの? サガード?」
「いや、それはどういうことなんだ?」
「え? 膝枕だよ」
「……膝枕?」
「うん、オルティナお姉様とか、イルフェアお姉様とか、私にいつも膝枕してくれるんだ」

 私の言葉に、サガードはぽかんとしている。
 それはなんというか、訳がわからないといった感じだ。

「あ、膝枕がわからないの? あのね、膝を枕にして眠るんだよ」
「いや、それはわかっているけど……」
「そうなの? それなら、どうしたの?」
「いや、そういうことはあまり良くないんじゃないか?」
「良くないの? どうして?」
「どうして? どうしてか……」

 サガードは、何かを考えるような仕草をしていた。
 膝枕が駄目な理由、それについて彼もよくわかっていないようだ。ということは、それは誰かから言われたことだということなのだろう。
 そういえば、私も聞いたことがある。貴族の男女が触れ合うのは、はしたないことだと。
 つまり、サガードはそれを気にしているということなのだろう。

「サガード、大丈夫だよ。ここには、私達しかいない訳だし、それに私達は貴族である前に、友達なんだし」
「友達……友達同士で、そういうことをするものなのか?」
「え? えっと……あ、ケリーも膝枕してくれたよ」
「それなら、いいのか?」

 サガードは、頭を抱えていた。
 やはり、王族として、そういう所はきちんとしておきたいのだろうか。
「えっと……まあ、それなら膝枕してもらっても、いいのかもしれないな。まあ、俺も……いや、なんでもない」
「うん?」

 色々と悩んだ後、サガードはそんな結論を出した。
 よくわからないが、彼は少し嬉しそうにしている。私に膝枕してもらうのが、嬉しいということなのだろうか。
 サガードに喜んでもらえるなら、こちらとしても嬉しい所だ。彼が安心してもらえるように、こちらも心掛けることにしよう。

「あ、サガード、ソファだけど大丈夫?」
「え?」

 そこで、私はあることに気がついた。よく考えてみれば、このソファで寝るというのは辛いことかもしれない。ベッドの方がいいのではないだろうか。

「まあ、別に問題はないさ」
「ベッドの方が良かったりしない?」
「いや、別にどっちでもいいけど……そもそも、そんなにがっつり寝たい訳ではないからな」
「そうなの?」
「いや、遊びに来たのにずっと寝て過ごすのは嫌だし……」
「そっか、それもそうだよね」

 サガードの言葉に、私は納得した。
 確かに、今日彼は私の元に遊びに来たのである。決して、休みに来た訳ではないのだ。
 そのため、眠りに関してはむしろ浅いくらいがいいのかもしれない。熟睡してしまったら、それはそれで困るということだろう。

「はい、それじゃあ、どうぞ」
「ああ、失礼する……重かったら、言ってくれよ」
「大丈夫だよ。そんなに重くないって、お姉様達もよく言っているし……」
「いや、それはルネリアが軽いからじゃないか?」
「そうなのかな?」

 サガードは、ゆっくりと私の膝に頭を落とした。
 彼の重さが膝に伝わってくる。ただ、そこまで重くはない。

「うん、やっぱり重くはないよ」
「そ、そうか……」
「サガード、どうかしたの?」
「いや……」

 サガードは、なんだか固まっていた。
 もしかして、私の膝は寝心地が悪いのだろうか。お姉様達の膝は、あんなにも寝心地がいいというのに。

「サガード……私の膝、寝心地が悪いの?」
「い、いや、そんなことはない……ただ、なんだか緊張するというか……」
「緊張する? どうして?」
「どうしてだろうな……?」

 サガードは、どうして固まっているのか自分でもわかっていないようだ。
 それなら、その緊張をほぐす方法はわからない。

「子守歌でも歌ってあげようか?」
「いや、流石にそれはいい……」
「そう?」
「ああ、なんだろうな……よくわからないんだけど、緊張するのと同じくらい安心もしているんだ。なんだか、眠たくなってきた」
「そっか……それなら、良かったよ」

 サガードは、いつの間にか目を瞑っていた。声も眠そうだし、本当に安心してくれているようだ。
 こうして、私はサガードに膝枕をしたのだった。
 私は、サガードに膝枕をしていた。
 彼は、私の膝の上で眠っている。そんな彼の寝顔を見ていると、なんだか心が落ち着いてきた。私も、少し眠くなってきたのだ。

「……でも、寝たら駄目だよね」

 しかし、ここで私が寝てしまったら大変である。寝返りで、この体勢が崩れたりしてしまったら、サガードが転げ落ちてしまう。
 ということで、私は気を引き締める。ただ、何もしていないとやはり眠気が襲ってくるので、何か気を紛らわすことをしなければならない。
 だが、ここから私は動くことができない。動ける範囲で、暇つぶしを見つけなければならないのだ。

「手元にはサガードしかない……」

 動ける範囲で見つかったのは、サガードだけだった。
 ただ、彼の顔を見ていると眠たくなるだけなので、これでは暇つぶしにならない。

「あ、そういえば……」

 そこで、私はあることを思い出した。
 そういえば、イルフェアお姉様やオルティナお姉様は、私の頭を撫でてくれていたのである。
 寝ぼけながら目覚める時、私はいつもそれを心地よく思っていた。こんな大事なことをどうして失念していたのだろうか。

「よし……」

 という訳で、私はサガードの頭を撫で始めた。
 すると、彼の表情が少し変わる。なんとなく、笑ってくれているような気がするのだ。

「意外と柔らかいんだね……」

 サガードの髪の触り心地は良かった。
 もっと固い印象だったのだが、意外とふわふわな毛並みだ。

「……うん?」
「あれ? ごめん、起こしちゃった?」

 そんなことを考えていると、サガードがゆっくりと目を覚ました。もしかして、頭の刺激で目覚めてしまったのだろうか。

「……何をしているんだ?」
「頭を撫でていたんだよ?」
「……何故?」
「何故……」

 目覚めてすぐに、サガードは私に質問してきた。
 その質問に、私は困った。何故撫でたのかといわれたら、それは暇つぶしだったからだ。
 ただ、それを素直に答えるというのはどうなのだろうか。流石に、まずいのではないだろうか。

「まあ、別にいいか……それより、重たいよな。そろそろ退くよ」
「あ、うん……」

 私が考えていると、サガードがゆっくりとその体を起こした。
 彼は肩を回して、体の調子を確かめている。その様子に、私は当初の目的を思い出す。

「サガード、少しは休めた?」
「ああ、おかげさまで大分楽になったよ」
「そっか、それなら良かった」

 サガードの言葉を聞いて、私は嬉しくなった。
 彼の疲れが少しでもとれたなら良かった。色々とあったが、当初の目的は達成できたようである。
「そういえば、そもそも話だけど……サガードは、一体何に疲れていたの?」
「うん? ああ、そのことか……」

 サガードは、私の隣で目を擦っていた。
 寝起きであるため、まだ少しぼんやりとしているのだろう。その表情は、少し眠そうだ。

「父上や兄上と色々と話したんだ。これからのこととか、色々と……」
「これからのこと?」
「ああ、俺の婚約のことさ……色々とややこしくなるから、どうするかはしっかりと話しておかなければならない。キルクス兄上にそう言われたんだよ」
「婚約……?」

 サガードの言葉に、私は少し混乱していた。
 まず混乱したのは、婚約という言葉だ。そういうことが、サガードにもある。その事実はわかっていたはずなのだが、それでも怯んでしまったのだ。
 さらに、彼の言っていることがよくわからないのも、混乱の原因である。色々とややこしくなるとは、どういうことなのだろうか。

「……あ、いや、その、別になんでもないんだ」
「なんでもない?」

 そこで、サガードは目を見開いて首を横に振った。
 先程までとは違い、その表情からは眠気が感じ取れない。どうやら、ここに来て完全に目を覚ましたようである。

「今言ったことは、忘れてくれ。これは、まだ秘密のことなんだ……」
「秘密……サガード、誰かと婚約するの?」
「いや、まだ決まった訳じゃない。あ、違う。なんでもない」

 サガードは、私の質問に反射的に答えてしまったようだ。まずいと思っているのが、その表情から伝わってくる。
 しかし、彼の婚約というのは、私にとっても気になることだ。それが、友人としてなのかどうかは、自分でもわからないが。

「寝ぼけているんだな……余計なことばかり、言ってしまう」
「ねえ、サガード、ここまで言ったんだから、もういいんじゃない?」
「え?」
「そんな風に言われると、こっちも気になるよ。話してくれないかな?」
「いや、それは……」

 私は、サガードから話を聞き出そうとしていた。
 それは、彼にとって困ることだということはわかっている。だが、それでも知りたいのだ。
 私は、その好奇心を抑えられない。いつもなら、引き下がる所だが、今回はそういう訳にはいかないのである。

「誰と婚約する予定なの?」
「さ、流石にそれは言えない。言ったら、大変なことになる」
「大丈夫、誰にも言わないから。サガードは、私のことが信用できないの?」
「そういう問題じゃないんだ。ルネリアに言うのが、そもそも駄目なんだよ」
「私に言うのが駄目? どうして?」
「どうして? それは、その……王族としての都合というか、なんというか……」

 サガードは、頑なに打ち明けてくれなかった。
 その様子に、私は少し違和感を覚える。
 何かがおかしいような気がするのだ。この感覚は一体、なんなのだろうか。
「ねえ、サガード。一つ聞いてもいいかな?」
「な、なんだ?」
「サガードが婚約する相手って、私だったりするの?」
「……何?」

 私の質問に、サガードは固まっていた。
 その反応は、どういうものなのだろうか。図星だったからか、それとも素っ頓狂な質問だったからだろうか。
 ただ、私は思ったのである。私に言うのが、そもそも駄目。彼の婚約者が私であるなら、それも成り立つのではないかと。
 いや、逆にそれ以外なら、どうして私に話すのが駄目なのだろうか。その理由がわからず、私はそんな結論しか出せなかったのである。

「違うのかな? それなら、私に言えない理由も納得できなくはないんだけど……」
「い、いや、そんなことはない……」
「そうなの? だったら、どうして私に話せないのか。その理由だけでも教えてくれない?」
「えっと、それは……」

 私の質問に、サガードはあたふたしていた。
 私の主観でしかないかもしれないが、それは理由を探しているように見える。

「サガード、どの道、それはまだ決まったことではないんだよね? それなのに、そんなに隠さないといけないの?」
「い、いや、別にそういう訳ではないんだが……」
「それなら、どういう訳なの?」
「……」

 サガードは、私の言葉にゆっくりと目を瞑った。
 それは、眠たいからではないだろう。表情からもわかるが、何かを考えるためにそうしているのだ。
 その後、サガードはゆっくりと目を開いた。その表情は、先程までとはまったく違う。真剣な表情である。

「ルネリア、お前の予測はあっている。俺の婚約者になるかもしれない人物、それはお前なんだ」
「やっぱり、そうなんだ……」

 サガードの言葉に、私の心は跳ねた。
 先程まで抱いていたもやもやが、晴れていくのを感じる。私は、彼の言葉に安心しているのだ。そして、同時にそれを嬉しく思っているのである。
 そのことに、自分でも驚いていた。この感情は、一体なんなのだろうか。それを私は考える。

「それをどうしてお前に話せなかったのか。その理由は単純だ。その婚約を言い出したのが……俺だからなんだ」
「え?」
「俺が頼んだんだ……いや、正確には違うな。俺の気持ちを察した兄上が父上に掛け合って、その結果俺が打ち明けることになったということなんだが」
「それって……」

 サガードは、ゆっくりと事情を話し始めた。
 それに対して、私は混乱する。彼の言っていることを総合すると、それはつまりそういうことなのではないかと思ったからだ。
「……」
「……」

 私とサガードの間には、沈黙が流れていた。
 先程の言葉から、彼は何も話さない。ただ、何かを話そうとする素振りはある。きっと、彼は今言葉を探しているのだろう。
 私は、それを待つことにする。言いたいことは色々とあったが、それを飲み込み、黙っていることにしたのだ。

「ルネリア、俺はお前のことが好きだ」
「サガード……」
「色々と考えたけどさ、結局これしか言葉は見つからなかった。それが、俺の素直な気持ちなんだ」

 サガードは、私の目を真っ直ぐに見つめてそう言ってきた。
 その言葉に、私はゆっくりと息を呑む。すぐに言葉は出て来なかった。だが、言葉を返さなければならない。彼のその勇気ある言葉に、私は応えなければならないのである。

「嬉しい……嬉しいよ、サガード」
「う、嬉しい?」
「うん、サガードがそう言ってくれて、私嬉しいんだ。嬉しいんだよ」

 私の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
 それは、今の私の素直な気持ちである。とにかく嬉しかったのだ。彼にそう言ってもらえることが。

「私もね、サガードのことが好きだよ」
「え?」
「多分、そうなんだと思う。だって、こんなに嬉しいんだもん」

 私は、ゆっくりとそのような言葉を発していた。
 色々と考えた結果、私はそう思ったのである。
 サガードに好きだと言われて、私は温かい気持ちでいっぱいになった。とても嬉しくて仕方なかった。
 それは、彼のことが好きだからなのだ。漠然とした考えなのだが、私はそれを確信していた。迷うことはなく、これが答えであるとはっきりと思ったのである。

「ほ、本当か?」
「本当だよ。こんな時に、嘘なんてつかないよ」
「そうか……そうだよな」

 私の言葉に、サガードは笑顔を見せてくれた。
 彼も、嬉しそうである。それはまず間違いなく、告白が成功したからだろう。
 ただ、そこで私はあることに気づいた。貴族や王族の場合、これからどうなるのだろう。

「ねえ、サガード、質問なんだけど……貴族とか王族とかって、この後どうするの?」
「どうする?」
「いや、普通に考えたら、付き合ったりするんだと思うんだけど……」
「ああ、そういうことか……まあ、俺達の場合は、両家の承認待ちということになるかな? 事情は色々と複雑だけど、とりあえず家同士の話し合いがつかないとどうすることもできない訳だし……」
「そうなんだ」

 サガードの説明で、大体のことはわかった。
 要するに、私達がそういった関係になれるかどうかは、王家とラーデイン公爵家の判断次第ということなのだろう。
 それは、なんというか少しもどかしい。私達にできるのは、願うことだけということなのだろうか。
「エルーズ、お前に少し頼みたいことがあるのだ」
「頼みたいこと……? 僕に?」
「ああ、これはお前にしか頼めないことだと思っている。色々と考えた結果、そう思ったのだ」

 僕は、アルーグお兄様に呼び出されていた。
 こんな風に呼び出されて、正直驚いている。体の弱い僕に、お兄様が何かを言ってくることは少ない。言ってくるにしても、彼が部屋に訪ねて来るため、今日は本当に珍しいのだ。
 ただ、最近、僕はリハビリを頑張って、少し体質も変化している。そういう面も考慮して、お兄様はこのような形を取ったのかもしれない。

「アルーグお兄様、それでどんな内容なの?」
「お前に、俺と一緒に別荘に来てもらいたいのだ」
「別荘……?」

 アルーグお兄様の言葉に、僕はとあることを思い出していた。
 ラーデイン公爵家は、現在お兄様が取り仕切っている。当主であるお父様が、色々な失敗の責任で退いたからだ。
 そんなお父様は、今公爵家の別荘にいると聞いている。お兄様が言っているのは、恐らくその別荘のことだろう。

「お父様の所に行くということ?」
「ああ、そういうことだ」
「どうして?」
「父上の様子を見に行くのだ」

 アルーグお兄様は、淡々とそう言ってきた。その言葉は、とても事務的なように思える。
 前々から思っていたことではあるが、お兄様はお父様に少し冷たい。やはり、お父様の過ちが、そうさせているのだろうか。
 もちろん、お父様が許されないことをしたということは僕もわかっている。ただ、お兄様ももう少し手心を加えてあげてもいいのではないか。そう思わないこともない。
 僕達にとっては、たった一人のお父様である。少しくらい優しくしてもいい。お兄様のこういう態度を見ていると、僕はそんなことを思ってしまうのだ。

「もしかして……」
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ」

 そこまで考えて、僕はとあることに気づいた。
 もしかしたら、お兄様はそういう僕の考えを見抜いているから、同行者に選んだのかもしれない。
 お兄様は、きっとお父様に厳しく接するだろう。そのため、バランスを取るためにお父様に優しくできる僕を求めているのかもしれない。

「エルーズ、体の方は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。別荘って、そんなに遠くにある訳ではないんだよね?」
「ああ、公爵家の領地内にある。それ程、遠くはない」
「それなら、大丈夫だと思う」

 アルーグお兄様は、僕の体のことを心配してくれた。
 あまり長い旅なら、体調を崩してしまう可能性が高い。だが、それ程遠くないなら、問題はないだろう。
 お母様は、僕を止めるかもしれない。だけど、僕は行きたいと思う。
 お兄様の役に立ちたい。公爵家に貢献したい。そういった気持ちが、僕の中にもあるのだ。