公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

 ルネリアの家の前までやって来た俺は、ゆっくりと深呼吸をした。
 これから、彼女と会う。その事実に対して、俺はかなり動揺していた。
 そんな俺の手を、カーティアはゆっくりと握ってくる。その温もりが、今は何よりも心強い。

「失礼する」
「は、はい。今、開けます」

 呼び鈴を鳴らしながら呼びかけると、中から少女の声が聞こえてきた。
 その後すぐに、家の戸が開く。すると、中にいる一人の少女が目に入って来る。彼女が、ルネリアだ。

「えっと……」

 ルネリアを見るのは、初めてのことではない。
 だが、あの人が亡くなった今、改めて彼女の姿を見ると、どうしてもその面影を感じてしまう。

「……俺は、ラーデイン公爵家の長男アルーグだ。お前の兄といった所で、実感はないだろうが……」
「私の……お兄さん?」

 とりあえず、俺は自分の素性を明かしておいた。まず何よりも、目の前の少女を安心させなければならない。そう思い、できるだけ声色を優しくしたつもりだ。
 ただ、ルネリアはそんな俺に怯えているような気がする。自分では優しくしたつもりだったが、彼女からすればまだ恐ろしいようだ。

「ルネリアちゃん、こんにちは」
「え? あ、はい……こんにちは」
「私は、カーティア。アルーグ様の婚約者だよ」
「婚約者……」
「私はね、あなたのお兄さんと結婚の約束をしているの」
「そ、そうなんですね……」

 俺に続いて、カーティアも自己紹介を始めた。
 彼女は、その身を屈めて、ルネリアと目線を合わせてゆっくりと語りかけていた。
 その様子に、俺は自らの失敗を悟る。相手を安心させたいのなら、このような対応を心掛けるべきだっただろう。

「という訳で、あなたは私にとっても妹ということ。これから、よろしくね?」
「よ、よろしくお願いします……」

 カーティアの言葉に、ルネリアは恐る恐るといった感じで答えていた。
 だが、その態度は先程までと比べると幾分か柔らかくなっているような気がする。恐らく、カーティアの態度に彼女は少しだけ安心感を覚えているのだろう。

「……使用人から話は聞いていると思うが、お前には公爵家に来てもらう。お前が公爵家の血筋と判明した今、この村で暮らさせている訳にはいかないのだ」
「は、はい……わかっています」

 カーティアに倣って、俺もルネリアと目線を合わせてみた。
 だが、彼女は俺に対しては未だに警戒心は解けていないようだ。その態度に、それが現れている。
 しかし、それは仕方のないことだ。最初に躓いたのだから、信用してもらうにはそれなりに時間がかかるだろう。
 そんなことを思いながら、俺はルネリアと話すのだった。
 俺は、かつてルネリアと出会った時のことを思い出していた。
 思えば、あの時からお互いに随分と変わったものだ。特に、ルネリアは明るくなったといえるだろう。

「……あ、アルーグお兄様!」
「おや……」

 そこで、俺の存在にルネリアが気づいた。
 彼女は、俺に笑顔を向けてくれている。あの出会い方から、こうなるとは思ってもいなかったことだ。
 俺は、ゆっくりとルネリアとカーティアのいる花壇の前まで歩いていく。そんな俺に対して、カーティアは楽しそうな笑みを浮かべているような気がする。

「アルーグ様、どうもこんにちは」
「こんにちはではない。お前は、何をやっているんだ?」
「屋敷に来たから、ルネリアちゃんの姿が見えたものですから、つい話しかけてしまったのです。アルーグ様こそ、どうされたのですか?」
「お前が遅いから、様子を見に来たんだ」
「そうですか……」

 カーティアは、俺の言葉に嬉しそうにしている。顔は相変わらず無表情だが、俺にはそれがわかった。
 表情が見えるようになったからわかったことだが、カーティアは意外とわかりやすい反応をする。

「カーティアさん、嬉しそうですね?」
「うん、アルーグ様が、私のことを思ってくれているのは、素直に嬉しいよ」
「む……」

 そんなカーティアの反応をルネリアはしっかりと見抜いていた。それに、俺は少し驚いてしまう。

「アルーグお兄様? どうかされましたか?」
「いや……ルネリア、お前はカーティアの表情が読めるのか?」
「表情が読める?」
「カーティアの感情がわかるのかと聞いているのだ。あまり言いたくはないが、彼女には表情がないだろう?」
「ああ……」

 俺の言葉に対して、ルネリアは納得したように頷いた。恐らく、質問の意図が読めたのだろう。
 その意図が読めなかったということは、ルネリアにとってカーティアの感情が読めるのは、当たり前のことなのかもしれない。

「わかりますよ。カーティアさんは、確かに無表情ですけど……なんというか、わかりやすいというか」
「わかりやすいか……確かに、そうかもしれないな」
「え? 私って、そんなにわかりやすいんですか?」

 ルネリアにとっても、カーティアはわかりやすいようだ。
 不思議なものである。表情はまったくないというのに、どうして俺達にとって、彼女の感情はこんなにもわかりやすいのだろうか。

「ちなみに、今は喜んでいますよね?」
「ああ、そのようだな……」
「うっ……二人の前では、隠し事ができなさそうですね」

 俺達は、笑い合っていた。カーティアは表面上無表情だったが、その笑みも俺達にはわかるのだった。
 俺は、ルネリアを挟んでカーティアと庭のベンチに座っていた。
 ルネリアが花壇の整備をしていたこともあって、こうして外で話すことになったのである。

「あの……お二人の話に、私が参加してもいいんですか?」
「別に構わない」
「ええ、まったく問題ないよ」
「そ、そうですか……」

 ルネリアは、少しだけ気まずそうにしていた。それは恐らく、俺達の邪魔をするかもしれないと思っていたのだろう。
 だが、別に問題があるという訳ではない。重要な話は後にすればいいだけだ。

「ルネリアちゃん、最近はどう?」
「どう?」
「毎日楽しい?」
「は、はい。楽しいですよ」

 カーティアの突然の質問に、ルネリアは戸惑いながらも答えた。
 聡い妹ではあるが、カーティアが何故そんな質問をしたのかはわからないだろう。
 しかし、事情を知っている俺にはわかる。彼女は、ずっとルネリアのことを気にしていたのだ。

「そっか……まあ、なんとなくはわかっていたけど、それなら良かったよ」
「はい……」

 カーティアは、出会った時のルネリアのことを知っている。彼女が悲しみと不安を抱えたことを知っているのだ。
 だから、彼女はルネリアのことを気にしていた。俺にも時々、近況を聞いていたくらいである。
 そんなカーティアは、花壇を整備するルネリアを見て話しかけられずにはいられなかったのだろう。その気持ちは、理解できる。

「カーティアさんの方は、どうなんですか?」
「え?」
「アルーグお兄様と上手くいっていますか?」
「おっと……」

 そこで、ルネリアはそんな質問をカーティアにした。
 純粋な彼女のことだ。それは単純に、自分が聞かれたから聞き返しただけだろう。
 だが、それは俺達にとって少々恥ずかしい質問だ。妹にそんなことを打ち明けるのは、心情的に少々気が引ける。

「まあ、上手くいっているかな? アルーグ様、そうですよね?」
「……ああ、そうだな」
「そうなんですね……それなら、良かったです」

 俺は、カーティアの言葉にゆっくりと頷いた。
 俺達は、貴族の婚約者として上手くいっている部類だ。いや、お互いに愛し合っているという関係から考えれば、上手くいきすぎているとさえいえるだろう。

「そういえば、お二人はもうすぐ結婚されるんですよね?」
「あ、ああ。そうだな」
「おめでたいことですよね……今言うべきなのかはわかりませんが、おめでとうございます」
「ありがとう、ルネリアちゃん……」

 ルネリアは、嬉しそうに俺達の結婚を祝ってくれた。それは少し気恥ずかしいが、嬉しい言葉である。
「そういえば、貴族の結婚式というのは、どういうものなんですか?」
「え?」
「私、そういうの初めてで……何か、特別なこととかあるんですか?」
「ふむ……」

 そこで、ルネリアはそのようなことを聞いてきた。
 貴族の結婚式、それは彼女にとって当然初めてのことである。ルネリアは、まだ貴族になって日が浅い。貴族の結婚式に参加する機会など、なかったのである。
 ただ、その言い方的に、結婚式自体には参加したことがあるようだ。

「ルネリア、お前は結婚式に参加したことがあるのか?」
「あ、はい。村で暮らしていた時、参加したことがあります」
「それは、どういうものだったのだ? 俺もある程度の知識はあるが、平民の結婚式に参加するという機会はなかったため、聞かせてもらいたい」
「え? あ、そうですね……よく考えてみれば、アルーグお兄様やカーティアさんは、平民の方を知らないんですよね」

 とりあえず、俺は平民の結婚式について聞いてみることにした。
 いや、正確にはルネリアの体験した結婚式というべきだろうか。
 平民でも貴族でも、結婚式の様式というのは一つではない。まずは、ルネリアの体験したものを聞いた後の方が、こちらも説明しやすいものだ。

「えっと、私の村では、結婚式は皆で準備して、村人総出で祝うんです」
「村人総出か」
「はい。村の仲間が幸せになるのだから、皆で盛大に祝う。それが、私のいた村の風習だったようです。あ、でも、これは村での風習ですから、他の村だと違うのかもしれませんね」
「ああ、そうかもしれないな……」

 ルネリアは、ゆっくりとした口調で語ってくれた。
 その顔は、少し楽しそうだ。昔のことを懐かしんで、そういう表情になるということは、それは彼女にとって良き思い出なのだろう。

「ルネリアちゃんは、何回結婚式に参加したの?」
「えっと……覚えているのは、二回です。ただ、小さい頃に一回参加しているみたいなので、合計は三回です」
「そうなんだ。結構参加しているんだね」

 カーティアの質問に、ルネリアは笑顔で答えた。
 彼女がどのような結婚式に参加していたかは、大体わかった。次は、こちらのことを話すべきだろう。
 俺は、自分が今まで体験してきた貴族の結婚式のことを思い出す。それを思い出して、ルネリアに何を語るべきかは決まった。それは、あまり明るいものではないかもしれない。
「俺達貴族の結婚式というものは、お前のいた村に比べると、形式的なものだといえるかもしれないな」
「形式的なもの?」
「ああ、多くの者達に、この二人が結婚したという事実を示す場、とでもいうべきだろうか」

 俺は、ゆっくりとルネリアにそう語った。
 貴族の結婚式、それは楽しいものとはいえないだろう。少なくとも、ルネリアが体験したものと比べれば、つまらないものだ。

「関係する貴族達から、中身のない祝いの言葉を受け取るための場だ。楽しいものではないだろう」
「そ、そうなんですね……」

 俺も貴族の結婚式というものには、何度か参加したことがある。
 しかし、そのどれもがいい思い出とは言い難い。あまり進んで開催したいものではないのだ。

「アルーグ様、もう少し言い方というものがあるのでは?」
「取り繕っても仕方ないことだ。事実を伝えるべきだろう」
「でも、それは……」
「ルネリアは聡い子だ。嘘偽りも、すぐに見抜かれるはずだ」

 カーティアは、俺を諫めるようなことを言ってきた。
 だが、ルネリア相手に取り繕うのは無駄なことだ。
 彼女は、まだ幼いが鋭い所がある。少なくとも、俺が本心で言っているかどうかくらいは、見抜くことができるだろう。

「それでも、もう少し遠回しに説明した方がいいのではないでしょうか? 流石に、直接的なものといいますが……」
「えっと……カーティアさん、大丈夫です。確かに少しびっくりしましたが、本当のことを伝えてもらえて良かったです」
「ルネリアちゃん……」

 カーティアの言っていることは、俺も理解できない訳ではない。彼女にショックを与えないためには、もう少し誤魔化すべきだっただろう。
 しかし、俺はそれを問題の先送りにしかならないと思っている。いずれ、ルネリアは俺達の結婚式に参加する。いきなりそこに参加するよりも、事前にこのような情報を与えておく方がいいだろう。
 そうすれば、ある程度の覚悟が決められる。何も聞かされていない状態で結婚式に臨むよりも、そちらの方がいいはずだ。

「ルネリア、もう一つ言っておくことがある」
「は、はい……なんですか?」
「俺達の結婚式は、明るいものにはならないだろう。その理由は色々とある……あまり言いたくないが、父やお前のことで、他の貴族達はこのラーデイン公爵家を侮っている」
「それは……」

 俺の言葉に、ルネリアは悲しそうな表情になった。それは、そうだろう。今俺が語っているのは、彼女にとっては厳しいことだ。
 だが、これも伝えておかなければならないことである。

「もちろん、俺や他の家族達はお前のことを全力で守るつもりだ。しかし、それでもある程度の覚悟を決めておけ」
「……はい」

 ルネリアは、真剣な目で俺の言葉に頷いてくれた。
 恐らく、これなら大丈夫だろう。その目を見て、俺はそんなことを思うのだった。
「ふぅ……」
「アルーグ様? お疲れですか?」

 ルネリアと別れた俺達は、客室に来ていた。
 そこでため息をついた俺を、カーティアは心配そうに見てくる。

「そうだな……少し、疲れたかもしれない」
「そうなんですか?」

 取り繕うか迷ったが、俺は素直に答えることにした。
 俺は今、少し疲れている。精神的に、少し疲弊しているのだ。

「ルネリアちゃんと話して、疲れたのですか?」
「あいつと話すこと自体に疲れたという訳ではない」
「そうですか……そうですよね」

 俺の言葉に、カーティアは安心したようである。
 その理由は、なんとなく理解できた。恐らく、彼女はルネリアがあの人の娘であるという事実を気にしているのだ。
 だが、俺はルネリアのことは単純に妹と思っている。
 出会った最初は、少し複雑な思いはあった。ただ、もうそんな感情は消えている。他の兄弟と同じように思っているのだ。

「それなら、何に疲れたのですか?」
「ルネリアに、俺は色々と言っただろう。説教……とは違うか。忠告とでもいうべきだろうか。それに疲れたのだ」
「そうなんですか? 意外ですね……」

 カーティアは、少し驚いているようである。
 それは、そうだろう。あんなことを言ったといように、疲れているなどいうのは変な話だ。

「……お前も知っている通り、俺はこれから公爵家を継ぐことになる。このラーデイン公爵家の当主となるのだ。この公爵家を俺は引っ張っていかなければならない」
「それが、先程の言葉と関係している……あれは、公爵家の当主として言葉をかけたということですか?」
「ああ、そのつもりだ。だが、それが本当に正しいのかどうか、ずっと考えているのだ」

 既に力なき父上を、俺はこの公爵家から排除した。それは、必要なことだったと思っている。
 だが、それによって俺は公爵家の当主となる。俺は、それに向き合わなければならないのだ。

「弟も妹も、まだ一人前とは言い難い。そんな者達を俺は導いていかなければならないだろう。だが、俺も自らを一人前といえる程の知識と経験があるとは言い難い。情けない話かもしれないが、俺は恐れているのさ」
「なるほど、なんというかアルーグ様らしいですね」
「俺らしい?」
「真面目な方だと思ったのです。そうやって自らの立場と向き合えるのは、素晴らしいことだと思いますよ」
「……そうか」

 カーティアは、俺に笑いかけてくれているような気がする。表情は変わらないが、それが俺には伝わってきた。
 彼女にそう言ってもらえるのは、嬉しい限りだ。しかし、それに甘えてはならない。
 俺は、これからも考えていかなければならないのだ。皆を導くために。
「アルーグ様、私はあなたの言葉は立派なものだったと思います」
「そう言ってもらえるのはありがたい」
「お世辞ではありませんよ。本当にそう思っています」

 カーティアは、俺に対してそのように言ってくれた。
 しかし、俺はそれでも自信が持てない。自分の言ったことが、正しかったのかどうかが。

「アルーグ様って、意外とそういうことを引っ張りますよね?」
「何?」
「ずっと思っていましたけど、一人で抱え込むというかなんというか……」
「む……」

 カーティアに言われて、俺は少し考える。
 確かに言われてみれば、俺は抱え込むタイプかもしれない。
 何しろ、初恋の女性を何年も引っ張っていたのだ。それを抱え込むタイプといわずして、なんというのだろうか。

「最近は、私にある程度は預けてくれているようですけど、それでも根本は変わっていないようですね?」
「そうなのか?」
「ええ、そうなのです」

 カーティアは、自身満々にそう言い切ってきた。
 彼女は、俺よりも俺のことを知っている。そんな彼女が言うのだから、それは間違いではないだろう。

「アルーグ様、忘れているかもしれませんが、私はラーデイン公爵夫人になるんですよ?」
「忘れてなどいない」
「それなら、もっと頼りにしてください。あなたが公爵家を導く役目があるというなら、それを支えるのが私の役割です。そのことを、よく胸に刻んでおいてください」
「なるほど……」

 俺は、ゆっくりとそう呟くことしかできなかった。カーティアの言葉が、驚くべきものだったからだ。
 俺のために、そこまで言ってくれる。そんな彼女の心意気が嬉しかった。
 もう何度目になるかはわからないが、つくづく思う。俺は、婚約者に恵まれたものである。

「……お前には、これから迷惑をかけるかもしれないな」
「え?」
「む? どうかしたのか?」
「い、いえ……」

 俺がふと呟いた言葉に、カーティアは少し動揺しているような気がした。
 しかし、俺は別におかしなことは言っていないはずだ。

「アルーグ様は、そういうことをすっと言いますよね?」
「……どういうことだ?」
「無意識で言うから、質が悪いのでしょうか?」
「何を言っているんだ?」

 カーティアは、俺に色々と言ってきた。だが、その言葉の意味はよくわからない。彼女は、一体何を言っているのだろうか。

「それで、こういうことを言っても意味がわかっていないのが、また質が悪いというか、なんというか……」
「……」
「まあ、そういう所も含めて、私はいいと思うんですけどね」
「そうか……」

 色々と言っていたが、カーティアはそうまとめた。
 よくわからないが、そう言ってもらえるということはいいということなのだろうか。
「久し振りだな、ルネリア」
「うん、久しぶりだね、サガード」

 私は、久し振りにサガードと会っていた。
 頻繁にラーデイン公爵家を訪れていた彼だったが、最近はあまり来なくなっていた。本当に久し振りの来訪なのである。

「ふぅ……」

 客室の椅子に座りながら、サガードはゆっくりとため息をついた。
 もしかして、疲れているのだろうか。ここに来なくなったのだから、最近は忙しかったのだろうし、その可能性は高い。

「サガード、大丈夫? 疲れているの?」
「うん? ああ、少しな……」
「何かあったの?」
「まあ、色々とあったんだ……」

 私が問いかけてみると、サガードは素直に答えてくれた。
 やはり、忙しくしていたようだ。彼は、王子である。きっと、私の想像できない色々なことがあったのだろう。

「疲れているなら、休んでもいいよ」
「休む?」
「うん、お昼寝するのもいいんじゃないかな?」

 私は、サガードにそんな提案をしてみた。
 見た所、彼は少し眠そうである。疲れが溜まって、休みたくなっているのだろう。
 それなら、寝かせてあげたい所である。変にこじらせて、倒れられたりして欲しくはない。

「いや、流石に昼寝するのは……せっかく来たんだし」
「そんなこと言わずに、さあ」
「え?」

 私は、自らの膝を叩いて、サガードに眠るように促した。
 すると、彼は目を丸くする。どうやら、驚いているようだ。

「どうかしたの? サガード?」
「いや、それはどういうことなんだ?」
「え? 膝枕だよ」
「……膝枕?」
「うん、オルティナお姉様とか、イルフェアお姉様とか、私にいつも膝枕してくれるんだ」

 私の言葉に、サガードはぽかんとしている。
 それはなんというか、訳がわからないといった感じだ。

「あ、膝枕がわからないの? あのね、膝を枕にして眠るんだよ」
「いや、それはわかっているけど……」
「そうなの? それなら、どうしたの?」
「いや、そういうことはあまり良くないんじゃないか?」
「良くないの? どうして?」
「どうして? どうしてか……」

 サガードは、何かを考えるような仕草をしていた。
 膝枕が駄目な理由、それについて彼もよくわかっていないようだ。ということは、それは誰かから言われたことだということなのだろう。
 そういえば、私も聞いたことがある。貴族の男女が触れ合うのは、はしたないことだと。
 つまり、サガードはそれを気にしているということなのだろう。

「サガード、大丈夫だよ。ここには、私達しかいない訳だし、それに私達は貴族である前に、友達なんだし」
「友達……友達同士で、そういうことをするものなのか?」
「え? えっと……あ、ケリーも膝枕してくれたよ」
「それなら、いいのか?」

 サガードは、頭を抱えていた。
 やはり、王族として、そういう所はきちんとしておきたいのだろうか。
「えっと……まあ、それなら膝枕してもらっても、いいのかもしれないな。まあ、俺も……いや、なんでもない」
「うん?」

 色々と悩んだ後、サガードはそんな結論を出した。
 よくわからないが、彼は少し嬉しそうにしている。私に膝枕してもらうのが、嬉しいということなのだろうか。
 サガードに喜んでもらえるなら、こちらとしても嬉しい所だ。彼が安心してもらえるように、こちらも心掛けることにしよう。

「あ、サガード、ソファだけど大丈夫?」
「え?」

 そこで、私はあることに気がついた。よく考えてみれば、このソファで寝るというのは辛いことかもしれない。ベッドの方がいいのではないだろうか。

「まあ、別に問題はないさ」
「ベッドの方が良かったりしない?」
「いや、別にどっちでもいいけど……そもそも、そんなにがっつり寝たい訳ではないからな」
「そうなの?」
「いや、遊びに来たのにずっと寝て過ごすのは嫌だし……」
「そっか、それもそうだよね」

 サガードの言葉に、私は納得した。
 確かに、今日彼は私の元に遊びに来たのである。決して、休みに来た訳ではないのだ。
 そのため、眠りに関してはむしろ浅いくらいがいいのかもしれない。熟睡してしまったら、それはそれで困るということだろう。

「はい、それじゃあ、どうぞ」
「ああ、失礼する……重かったら、言ってくれよ」
「大丈夫だよ。そんなに重くないって、お姉様達もよく言っているし……」
「いや、それはルネリアが軽いからじゃないか?」
「そうなのかな?」

 サガードは、ゆっくりと私の膝に頭を落とした。
 彼の重さが膝に伝わってくる。ただ、そこまで重くはない。

「うん、やっぱり重くはないよ」
「そ、そうか……」
「サガード、どうかしたの?」
「いや……」

 サガードは、なんだか固まっていた。
 もしかして、私の膝は寝心地が悪いのだろうか。お姉様達の膝は、あんなにも寝心地がいいというのに。

「サガード……私の膝、寝心地が悪いの?」
「い、いや、そんなことはない……ただ、なんだか緊張するというか……」
「緊張する? どうして?」
「どうしてだろうな……?」

 サガードは、どうして固まっているのか自分でもわかっていないようだ。
 それなら、その緊張をほぐす方法はわからない。

「子守歌でも歌ってあげようか?」
「いや、流石にそれはいい……」
「そう?」
「ああ、なんだろうな……よくわからないんだけど、緊張するのと同じくらい安心もしているんだ。なんだか、眠たくなってきた」
「そっか……それなら、良かったよ」

 サガードは、いつの間にか目を瞑っていた。声も眠そうだし、本当に安心してくれているようだ。
 こうして、私はサガードに膝枕をしたのだった。