立花家の所有する不動産は、まだ歴史の浅いものが多い。
 全面ガラス張りの30階建てのこの建物も、その一つだ。
 もちろん私は、こんな場所に立ち入ったことはないが。

 地下駐車場から建物に入り、エレベーターに乗り込む。
 叔父様は私と話すのも(いや)だと言うほどなんでも顎で指示を出す。
 だから、どこへ向かうのかも分からない。

 未来に希望なんてとうにない。
 だから、どこにつこうがどうでもいい。

 そう思うのに、スケルトンのエレベーターから小さくなっていく街を見下ろすと、無性に悲しくなった。
 その景色が、悠賀様の部屋から見下ろした街と重なってしまうのだ。

 エレベーターが開いたのは30階。
 開いた先はラウンジのようで、グランドピアノの生演奏が流れている。
 赤い朱色のソファが変則的に並び、その向かいにガラス製の丸いローテーブルが並ぶ。
 壁一面の窓から明るい光が差し込んで、ガラスのテーブルに反射している。

 そんな明るい空間とは裏腹に、私の気持ちは沈んでいた。

「立花様」

 背を向け座っていた男性がこちらに気が付いたらしい。
 不意に立ち上がり、こちらに向かって一度礼をした。

「ご無沙汰しております、立花様」

 男性はこちらに歩いてくる。
 身なりの良いスーツに身を包む、お世辞にも細身とは言えない男性。
 けれど優しそうな人だ。

「本日はこのような場所を設けていただき、本当に嬉しく思います。それに、とても美しいご令嬢だ――」

 男性はこちらををちらりとも見ず、叔父様にゴマをするように顔を近づけた。

 私は胸の中で、小さくため息をこぼした。