「本当、何と申していいか……。立花家から旅立ちになった依恋様を、立花家に連れ戻すような形になってしまって――」

 晶子さんは私の背を撫でながら、ゆっくりと話してくれる。

 そんなことない。
 晶子さんは何も悪くない。
 それに、晶子さんには十分にしてもらった。

 そう伝えたいのに、涙が止まらない。
 ひっくひっくと肩を揺らすことしかできず、何も言えない。

「けれど、晶子は依恋様にはあきらめないで欲しいのです。きっと幸せは訪れます。不幸せは、永遠には続きません」

 晶子さんは、私を慰めてくれるのだろう。
 そんな彼女に、私は小さくこくりと頷き返すことしかできなかった。

 *

 それから数日。
 どこへ連絡を取ることも許されず、私は部屋の中でほぼ監禁状態だった。
 食事を持ってきてくれるメイドは晶子さんではない。
 だから、誰も話し相手がいない。

 幼いころに読んだ本たちが、まだ部屋に残っていた。
 それをぱらぱら捲りながら、ただ一日をぼうっと過ごす。

 諦めてしまえば簡単なこと。
 何もしなければ、何も失わない。
 心が動かなければ、寂しくも悲しくもない。

 そうやって、心が沈まないように、平静さに努めた。
 子供のころからそうやって生きてきた。

 仕方のないことだ。
 自分が立花家の人間である運命からは、逃れられない。
 たとえそれが、自分が望んで得たものではないとしても。

 頭に浮かぶ悠賀様の笑顔は、無理やりにかき消した。

 心を押し殺して、無になる。
 私はそれでしか、生きられない。

 けれどもその日、私は無ではいられなかった。
 朝から、晶子さんが部屋に飛び込んできたのだ。

「依恋様、準備をいたしますよ!」