「依恋様……」

 車に乗せられたときに打ってしまった腰をさすっていると、不意に懐かしい声がした。

晶子(あきこ)さん……?」

 振り返ると、見知った顔の女性がいた。

「晶子さん……!」

「ええ、依恋様。晶子でございます」

 にこりと微笑む彼女は、立花家の使用人さん。
 友達のいない私の、唯一の話し相手だった。
 立花家で過ごす中でも挫けずにいられたのは、彼女がいたからだ。

 ――ということは……。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 これは、立花家の車。
 つまり、桜堂グループで働いていたことが立花家にバレてしまったということ。
 立花家は、私を連れ戻そうとしている……。
 
 背中がゾクリとして、嫌な汗が伝った。
 思い出したくもない、幼いころの記憶がよみがえる。
 
 せっかく逃げ出してきたのに。
 またあの家に、戻るなんて――。
 
 桜堂グループに雇われていたと知れたら、ただじゃすまない。
 今度は何をされるのか。
 
 思わず自分で自分を抱きしめた。
 鼓動が急に早まって、はぁ、はぁと短い息を繰り返す。
 
「依恋様……」
 
 晶子さんが背中をさすってくれる。
 けれど、私はただそうやって、恐怖におびえることしかできなかった。