ぼうっとする頭を何とか起こし、仕事へ向かう。
 仕事は仕事だ。
 悠賀様の元に行かなければならない。
 無断で仕事を休み、追い出されてしまうのは怖い。

 あくびを噛み殺し、目をぱちぱちさせて気合を入れる。
 身なりを整えて、寮を出た。

 桜堂ホテル・トウキョウの従業員入口へは、ほんの3分ほど。
 昨日のあれが夢だったのだと思うのは、今日もいつもと同じ朝だから。

 いつもと同じ、見慣れた道。
 とぼとぼと歩き、ホテルへ向かう。

「立花依恋」

 フルネームで呼ばれ、身体が震えた。
 思わず立ち止まってしまった。

 ここでは私は『氷室』なのに。

「やはりお前だったか」

 ――叔父様?

 怖い気持ちと、バレてしまったという焦り。
 私はその声の主から逃れるように、歩調を速めた。
 早くホテルについて欲しい、その一心で。

 けれど。

「お前は桜堂(そっち)側の人間ではないだろう」

 声の主は、私をしっかりと見定めているらしい。

「来い」

「嫌――っ!」

 しかし、抵抗も虚しく私は声の主に腕を引かれ――

 ドンっ!

 ――叩きつけるように黒いバンに乗せられると、そのまま車が発車した。