午前中で悠賀様の部屋の掃除を終え、午後から支配人室に入った。
 支配人室は、いわば悠賀様の執務室だ。

 壁一面がガラス張りになった窓の前に鎮座する執務机、背の高い革張りの椅子。
 向かって右側は調度品と観葉植物が並び、応接室への扉もある。
 左側は壁のほとんどが本棚になっていて、本だけでなく資料や箱もしまわれている。

 綺麗な部屋だ。
 清掃と言っても、埃を払い、水拭きをして、掃除機をかけるくらいか。
 それでも広い支配人室を一人で行うとなると、相応の時間がかかりそうではある。

 さっそく、ダスターで埃を落としていく。
 調度品に触れぬよう注意を払いながら、丁寧に拭き上げる。

 それから執務机、執務椅子。
 すっかりと片付いているので、拭き上げも思ったより時間がかからない。
 
 それでも、私にここの清掃を言いつけたということは、それなりに汚れているということなのだろうか。
 
 不思議に思いながらも、隅々まで気を抜かず、ダスターをかけていった。
 
 やがて、本棚へ移動する。
 ここは古い資料も多いので、少々厄介である。
 気を張りながら、丁寧に埃を落としていく。
 資料に触れぬよう、最新の注意を払って。

 ――あれ?

 ある縦置きされた資料から、メモ紙のようなものが飛び出ているのに気が付いた。
 飛び出しているのは紙の(かど)だ。
 栞にしては、変な挟み方である。
 
 不思議に思いながら、そのメモをちらりと見た。
 書かれていた文字に、はっとする。

『Ellen』

 それは、私がオーストラリアで名乗っていた、自分の名の綴りだったのだ。
 嫌な汗が背筋を伝う。

 ――重要な資料かもしれないし、落としたら大変だよね。

 罪悪感をごまかすように、自分にそう言い聞かせる。
 私はそっと資料を取り出し、メモの挟まれたページを開いた。