そして、最近の私はそれを信じて疑わなかった。

だから言い出すことができずに、まるで逃げるようにしてここに来たのかもしれない。


そう思ってちょっと気分が重くなったけれど、鷹司はごくあっさりと首を振った。




「違いますよ?」


「え」


「わたくしがこの話を受ける気になったのは、岸井家を出た日の前夜。それまで、執事を辞めるだなんて全く考えておりませんでした」


「はあ? 何それ、心変わりも決断力もすごすぎでしょう!?」




私が思わず眉をひそめると、彼はどこか気恥ずかしそうに髪をかき上げた。




「貴女に好きだと言ってもらえて、欲望を抑えられなくなったのですよ。執事ではなく、ただの男として貴女の隣にいたいという欲が」


「つまり……?」


「雄一様に対抗できるぐらいの権力がなければ、そもそもスタートラインにすら立てませんから。ボワロー社の件がだめでも、それならそれで別の方法を考えるつもりでした」