元少年の巨人が足元の錆びた剣を拾うと、それは赤黒く光り、巨体に合うサイズに変化する。



「チッ。ここは呪術展のあった場所か」



「最悪。狙ってやったよね」



「月海、これを見ても、店員やら一般人が対処すべきと思うか?」



「無理です」



今更聞いてくるところが、先輩って性格悪いよね。

一般常識ではかれない怪奇現象相手なんて、戦闘機出動しても怪しいレベルでしょう。

一般人には荷が重い。

ギリギリ一般人であると思いたい私も、できるならすぐに逃げ帰りたい。


ここで今更ながら、聞きそびれた疑問を飛ばす。



「………どうして、術師が関わってるって分かったんですか?」



それに対して、彼らは戦闘準備を整えながら教えてくれる。



「危険な呪具を扱うくせに、警備のザルな呪術展があるかよ」



「近くの絵画と人形も、曰くつきのものだった」



「何も知らない一般人が扱いを間違えただけの可能性もあったから、念のため他の術式を見て回ってたんだけど。無力化する前に行動されちゃったねぇ。っと!」



巨人が私達を踏み潰そうと、足を振り上げる。

先輩、雷地、常磐は再び三方向に散る。



「ぐへっ!」



逃げ遅れた私は、先輩に首根っこを掴まれて、引っ張られた。

目の前で振り下ろされた巨大な足が地面に叩きつけられ、突風と土埃を起こす。



「ぼさっとすんな!」



「けほっ……。してないけどありがとうっ……!」



頭くらくら、目の奥がぐるんぐるん。

一般人な私はそんなに反射速度が良くありません。

三半規管が悲鳴をあげている。



「何のために身体強化を叩き込んだと思ってる! 使えねえ……」



「ごめんなさい……!」



咄嗟にはまだまだできませぬ!


でも、本番で使えなかったら使えないも同じ。

無駄な練習である。

身を守るためにも基礎の基礎、必須の能力。

準備不足は否めないが、ここでできなきゃ死ぬ。

出来ないなんて言ってる場合じゃないんだよ。


がんばれ私の火事場の馬鹿力!



「雷地、この荷物連れ歩くのに首輪くれ」



首根っこを掴まれたまま、持ち上げられる。

荷物って、私じゃん。



『首が閉まって苦しい………。これが愛情表現!』



ツクヨミノミコトが馬鹿を言っている。

こんなDV彼氏いらない。



「えーやだよー。ほら、常磐だって、あの荷物を向こうに縛り付けてるでしょー」



雷地の指した方には、少年が下着一枚で瓦礫に磔にされていた。

その頬は腫れ、四肢は力無く垂れ下がっている。

常磐が少年の持っていた金槌を片手に、こちらに来た。



「他に危険物は持っていなかった」



「裸に剥く必要あった?」



「抵抗されたのだ」



「柚珠が見たら悲鳴あげそうだねー」



「あいつ、俺らと風呂で出会しただけで悲鳴あげるもんな……。そういや、その女装コンビは何してんだ?」



「デートでしょ」



「この状況でデートとは……。五家の誇りを無くしたか。嘆かわしい」



「いや、あいつらそういうの興味ねえだろ」



思い出される、響と柚珠の甘い空気。


彼らなら、地獄すらもデートスポットとして満喫しそうだ。

骸骨共、このボクのために馬車を引きなさい。

煮えたぎる釜で茹でられてる亡者達、おもしろーい。

響に似合う花を見つけたんだ、うん、やっぱり似合ってる、かわいい。



「………うげぇ…………」



砂糖を吐きそうになる前に首を振って、記憶の彼方へと飛ばした。

次の瞬間、先輩と雷地と常磐が巨人に一蹴りで肉薄する。



「はっ!」



先輩は居合で巨人の左腕を斬り落とし。



「ほいっと!」



常磐は宙を舞う剣をボードのように乗りこなし、巨人の右腕に大量の大小からなる剣を突き立て、剣山に変える。



「ふんっ!」



常磐は両手が使い物にならなくなった巨人の両足を持ち上げ、砲丸投げのごとく投げ飛ばした。

それは私達の通ってきた側の通路を滑るように飛んでいき、太い柱にぶつかって止まる。



「グ………グゥ………………」



地響きのような声を最後に、巨体から力が抜け、床に沈んだ。

まさに瞬殺。



「造作もない」



「所詮は素人。俺達の敵じゃない」



「まー、そだね」



「あの……………、死んでないですよね?」



遠目から見ても、片腕を無くしたそこから血が吹き出し、墓標のように突き立った剣の根本からは血が溢れ、強かにぶつけた首はあらぬ方に曲がってたりするのですが。



「……………」



「……………」



「……………」



「……………え、えっと…………?」



私の質問に、何とも言えない空気が漂う。



「おまえ、知らないのか」



「何をですか?」



「強大な力を得る代償に、作り変えた肉体は戻らない」



「…それって、巨大化した時点でこの人は………」



直接言葉にはださなかったが、先輩は神妙に頷いた。



「俺たちに出来るのは、祝詞をあげ、丁重に埋葬してやる事だけだ」



「お前の無念は晴らそう」



彼らは手を合わせて黙祷する。

私も真似をして、手を合わせる。



ツクヨミさん。



『なんだい』



穏やかな声色だった。

きっとこのひとは、私がこれから頼むことをわかっている。



『神の奇跡にそうそう頼るものじゃあないよ』



出来ないとは言っていない。

だが、拒否されるのは予想外だった。


なんでそんなことを言うの。

あなたの力があれば救える命でしょう。



『そうだね、ただ生き返らせるだけなら簡単』



だったら………。



『簡単だが、タダとは言えない。対価が必要さ』



対価………。



『月海。きみはこの見ず知らずの少年の為に、命を差し出せるかい?』



命って、重すぎない?



『重すぎるものか。命の穴埋めは命しかあるまい。彼の代わりにきみが死ぬだけだ。想像してごらんよ。戦いとは命の取り合いだ。殺さなければ殺される。その人がいたから救えた命もあれば、その人がいたから失われた命もある』



ツクヨミノミコトが何を言いたいのかわからない。



『今回の場合は、彼がお札を貼られなければ、この場にいなければ、友人を選んでいれば、こうなる事はなかった。彼自身の長年の選択の結果。それと、ちょっとの運で生死が別れたのさ』



なにそれ。

だったら、私たちが彼らに会わなければ、お札を貼られる事はなく、生きていたかもしれないということ?

でも、私たちがいたからこそ助けることができた人達もある。



『運命だったと、諦めるんだね』



だったら、神水流家の騒動で大勢を生き返らせたのは何だったの?



『あの時は誰も死ぬ運命ではなかった。それだけの話さ』



この少年は死ぬ運命だったと。

匙加減がわからない。



やりきれない気持ちになって、唇を噛んだ。

誰かの柏手が響き渡り、顔を上げた。



「さて、元凶を倒しに行くぞ」



「一般人を巻き込むなんて、胸糞悪いよねー」



「この少年はどうする? 連れて行くか?」



「どうせ逃げられないんだから置いていけ。後で迎えに来ればいい」



「建物が壊れたら危険だ。俺が外に運んでやろう」



「常磐やさしー」



「一般人に見つからないように隠しておけよ。月海、お前も外に出るか?」



先輩の、気遣うような言葉とは裏腹に、声色は厳しい。

今の私は足手纏いにしかなっていないのだ。

この先にどんな罠があるかわからない以上、庇う荷物は邪魔になる。

私は今、戦えるかを問われている。



………ツクヨミさん。



『なんだい?』



私の命じゃなくてもいい?



それだけ聞くと、ツクヨミノミコトはおかしそうに笑った。



『あはっ、酷いね。でも、それでいい』



目標が決まれば、出来ないなんて言っている場合じゃない。



「私も、ついて行きます」



心なしか唇の端が上がる。

私の覚悟が通じたのか、先輩がニヒルに笑った。



「行くぞ」



「はいっ!」



いつでも戦えるように、身体強化をしながら先輩達の後ろを歩く。



対価にするのは、首謀者の命だ。

その人がいなければ、少年は死ぬ事はなかったのだから。



この胸に渦巻く怒りに従って、ペンダントを剣に変えた。