『ここを右』



言われるまま、右に曲がる。



『次は左』



言われるまま、左に曲がる。



『エスカレーターを上って』



言われるまま、以下略。



見慣れない店舗に囲まれて、現在位置がわからなくなりながらも、足を動かす。

人の波に流されたり、たまには逆らってみたりして。

疲れとともに、不安が増していくのは当然のことで。



「ほんとにこっちにいるの?」



何千人という人が密集している中で、待ち合わせもしていないたった一人を探すのは、普通に考えて困難。

別にいいんだよ、目的のものが買えたら先輩と合流しても。

いや、すぐに当初の目的、メイク道具は断念してるけども。



『私の人形が当初の目的だろう、まったく。………下を見てごらん』



促されるまま、吹き抜けの一階部分を見下ろすと。



「先輩と、浄土寺君と金光院君だ」



三人は、真面目な顔で話しながら歩いている。

強面な常磐が人避けになっているのか、先輩と雷地というイケメンがいながら周囲からは微妙な距離を置かれていた。



『さあ、ここから先輩の胸に飛び込むんだ』



馬鹿を言うんじゃあないよ。



『せっかく最短距離でここまで来たのにかい?』



どこが最短距離ですか。

だったらエスカレーターを下ればよかったじゃない。

三階から一階に飛び降りとか、下手したら怪我じゃ済まない。

ほらそこに。



危険! 身を乗り出さないで。



の貼り紙がある。

もしも飛び降りたとして、ツクヨミノミコトパワーで無傷だったとして、お店の人にこっぴどく怒られるのは間違いない。



『……………』



返事がない。

ツクヨミさん、わかってくれたのですか。



『………いや、確かにおかしい』



飛び降りを推奨する思考が。



『それは本気さ。怪我しない自信もある』



映画じゃないんだから、一般人はそんなことしません。



『先輩は下にいるんだから、下に行けばよかったんだ。どうして、上に来たんだ……?』



道順を指示してたくせに、わからないんですか。


先輩達がほぼ真下に来た。

手を振ったら気づくだろうか。



『私はあくまでも、先輩と合流できる最短距離を視たんだよ』



つまり………?


答えを聞こうとした瞬間。

轟音とともに、突き上げるように地面が揺れた。



「キャアアァァァッ!」



「うわっ、なんだ!」



「地震だ!」



「おかあさあぁぁぁ!」



「うわああああぁぁぁぁぁん!」



「伏せろ!」



マネキンが、人が、様々なものが落ち、倒れる。

伏せてまるくなる人の上に、商品が襲いかかる。

倒れた人の上に倒れた人が積み重なる。


それらを他人事のように、吹き抜けに落ちながら私は思った。



ツクヨミノミコトの思い通りじゃないか。



上を見上げた先輩と、落ちる私の視線が交わる。

先輩の目が見開かれる。

手を伸ばされて、反射的に手を伸ばす。

届かない。

諦めかけたその時、先輩がぐいと近づき、手が繋がる。

繋がった手を引かれ、横回転し、落下は終わった。

結果、先輩に、いわゆるお姫様抱っこをされていた。



『ほらね、最短距離』



ドヤるな。



『お姫様抱っこだよ、嬉しいねえ。流石は私』



三階から落ちて、先輩にお姫様抱っこで救われる。

なんて、どんな確率ですか。

運が悪ければ頭打って死んでたわ。



『私がいる以上、運悪く死ぬことはありえない』



………むぅ。

ツキの神相手に否定できないところが悔しい。



「怪我は!?」



「あ、ないです……」



「たく。お前っ、危ねぇだろ! 何してんだよ!」



心配は怒りへと変わり、耳のすぐ横で先輩にすごい剣幕で怒鳴られて、カッとなって言い返す。



「全てはツクヨミノミコトのせいです!」



『責任転嫁はよくないなあ』



落ちる羽目になったのは、だいたいあなたのせい。