ふと視線を向けた先に、缶バッジで埋め尽くされたトートバッグを傍に置いて、パンと一緒に人型のぬいぐるみを撮影する女子2人組。

あのぬいぐるみ、雑貨屋で見た覚えがある。

どこかのアイドルがモチーフらしい。



「かわいいー」



「次はもっとこう、このアングルでー」



「いいっ! じゃあ、もっとこうしたら……」



「おっけー」



パン自体、動物モチーフの可愛らしいもので、角度を変えて、何枚も写真を撮る。

周囲は、気にすることもない。

というより、同じような人たちが何組もいる。

人形とご飯が珍しくないとは、さすが都会。


そうか。

お人形となら、一緒にいても怪しまれない。

一般人に騒ぎにならなければいいので、器を手に入れたら一緒にいられない問題は解決するはずだ。

まずは、イカネさんにそっくりなお人形を探さないと。


たとえ中に入っていなくても、一緒にいる気分を味わえる。

人形って素敵だね。


自分の思考に頷いていると、ツクヨミノミコトから責めるような声が飛んでくる。



『ねえ。まさかとは思うけど、オモイカネにそっくりな器に私を入れる気じゃあないよね?』



そんなことしないよ。



『ほんとかなあ?』



当然。

イカネさんをイカネさん以外に使わせるわけないじゃない。



『ははっ、信用できすぎて嫌になるね。私の身体を探しに来たはずなんだけど?』



………忘れてないよ、うん。


誤魔化すようにわざとらしく視線をやった先。

少し離れた席に、見覚えのあるパステルとゴシックなロリータ服の2人組がいた。



「クリームたっぷりのパフェだよ。かわいいねー」



「………パフェ越しに僕を見るな」



「はい、あーん」



「………人前でやめろ」



「そうだね、響は恥ずかしがり屋さんだもんね。でも、今ここにボク達を知ってる人はいないよ」



「………そういう問題じゃなく、むっ!」



「どーお? おいし?」



「…………悪くはない」



「素直じゃないんだから」



「…………うるさい」



あまーい!


パステルのツインテールは顔がどろどろに溶けているし、ゴシックな眼帯は満更でもない雰囲気だし。


甘すぎて胸焼けで砂糖吐きそうなんだよ!

私がいるんだよなあ!

見ちまってるんだよなあ!

知り合いのこんな雰囲気見たくなかったよね!

なになにどしたの、ちょっと見ない間に彼らの間に何があったの?

それともほんとに恥ずかしがり屋で、二人の時はいつもこうなの?

殺し合いは愛情表現なの?

てかやっぱり、響くんのこと大好きじゃんか柚珠さんよお!



『あははっ、大混乱大混乱』



というか、今私の存在を彼らに知られるわけにはいかない。

柚珠に口封じに消されてしまう。

地味な格好の私だけど、万が一がある。


ツクヨミさん、あなたの力で、私があの二人に気づかれないようにしてくれませんか。


文化祭の時のように、存在を消す術を使ってくれれば安泰だ。



『どうしようかなぁ』



利益がないなら動く義理もないと。

ツクヨミノミコトの興味は、私の存在が彼らに知られた後にある。


面白そうな声色のツクヨミノミコトとの交渉を成立させるため、私は私の持つ最大の手札を切る。

それは、私の身を削る諸刃の剣であるが、リスクを天秤に掛ければ切る価値はある。



「食べ終わったら、先輩と合流しよう」



自身の言葉に大ダメージ。



『その提案、乗った』



そう言って、ツクヨミノミコトは卓上に素早く魔法陣を描いた。


さらば、おひとり様の自由な時間。

こんにちは、先輩と歩く地獄の時間。



『にしても彼、凄いね。この短時間で催眠術の腕をあげいてる』



催眠術?



『一度切れた催眠をかけ直すのは、一度目よりも難しい。しかも、切れてから、中途半端に時間がたった後なら警戒されている分なおさら』



早朝にぼんやりしていた響は、ショッピングモールに着いてから正気に戻った。

それから数時間後の今、響は柚珠と甘さマシマシに会話している。

吹っ切れて柚珠にツンデレを演じているのでないなら、再度催眠をかけられたということ。



『今朝の無表情の操り人形とは違って、変わる表情と流暢な会話。よくここまで仕上げたものだ』



ツクヨミノミコトが他人を褒めてる。

いいなぁ、私も褒めてもらえるくらい凄くなりたい。
私の強みってなんだろう。

召喚術は誉められたものの、私の才能と言ってもらえたものの、他者の手を借りることに代わりはなく。

実力だと手放しに喜べないのが事実。



「はぁ………」



ため息からの、大きく息を吸い込む。

チョコやホイップなどの甘い香りにあふれる空間のなか、ほんの少しの柑橘系の香り。


なんだか頭がぼんやりするような……。



『……いくら私がついてるからといって、あまり嗅ぎすぎないように』



ツクヨミノミコトの声に、シャボン玉が弾けるように目が覚めた。

私も柚珠の術にかかっていたらしい。



『彼は、香りを使って術をかけているようだからね』



つまり、香りを嗅いだものはもれなく催眠術の餌食になるということだ。

だから周りはあの二人を気にしないのかも。


ツクヨミノミコトが言っていたように、長居はよくない。

残りのパンを口に押し込み、ミルクティーで流し込む。

トレイを返却口に戻し、足早に店舗を出た。



『さあ、食べ終わったなら、約束通り先輩と合流してもらうよ』



しまった。

自由な時間が……。



『なに、安心するがいい。すぐに出会えるさ』



小さく手を合わせて、祈る。

いい感じに逆方向でありますように。



『私が右といったら右にいる。ツキの神を舐めるなよ』



はっはっは。

これほど凶運な保証は他にないね。