本格的な訓練は明日からと眠りについた。
皆も、明日に備えてか、とても静かな夜だった。
意識が少しずつ浮上する、まだ陽の昇り切る前の、爽やかな朝の目覚めは爆発音から。
「ぴゃあっ!」
反射的に布団に深く潜り、丸くなる。
心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなり、身を固くした。
「なになになに!?」
揺れは、すぐにおさまった。
地震ではなさそうだ。
誰かが重いものを落とした音かな。
だとしても、家が揺れるほどの落とし物って何よ。
………隕石?
布団を頭から被ったまま、廊下に続く戸をおそるおそる開けると。
「……っひいぃっ!」
一歩目に大穴が空いていた。
一歩踏み出していたら落下していたところだ。
大怪我不可避。
『あはははっ。派手にやったねぇ』
他人事なツクヨミノミコトは楽しげだ。
よほど高いところから重いものを落とさなければ、こんな大穴は空かない。
そこで思い出す。
この家に住んでいるのは、誰か。
家族の生活音で目が覚めるというのは、よく聞く話だけれども。
それは、足音や話し声、朝ごはんの準備であるべき。
超常の能力を使用した乱闘などでは決してないはずだ。
「いったい誰が………」
頭の中で犯人の顔が浮かんでいるが、つい口から出る。
「………おはよ」
隣の部屋の戸が開き、無造作ヘアをさらにもじゃもじゃさせた響が出てきた。
……寝癖だよね?
「お、おはよう………。その、大丈夫?」
「………自動迎撃術式が発動した。僕は無傷」
爆発によるもじゃもじゃではなく、ただの寝癖らしい。
「………ぶりっこざまぁ。フフッ………」
その時、再び家が揺れ、廊下の天井をぶち抜いてきた蔦は、響の周囲を漂う水に触れたところから、ジュッ、と溶けた。
ああ、これが自動迎撃術式か。
水はそのまま蔦を溶かしながら上がっていき、3階に消える。
「きゃああぁぁぁぁぁ!」
柚珠の悲鳴が聞こえと思ったら。
ドカーン!
と、爆発音と同時に家が揺れる。
揺れがおさまってから、響は唇の端をつりあげた。
「………フッ。所詮はこの程度」
…………怖。
穴の空いた天井を見上げる。
もちろん、ここから彼の姿は視認できないが、柚珠は無事だろうか。
『生体反応は消えていない。霊力で身を守ったようだね。まあでも、全くの無傷とはいかないだろうね』
ツクヨミノミコトが教えてくれて、少しだけ安心した。
……なぜこうも彼らは、犬猿の仲なのだろうか。
他の五家の同盟者で、直接攻撃をしかける者は彼ら以外にいない。
小柄同士、仲間意識をもちそうなものなのにね。
ぼっちには複雑な人間関係などわかる由もないよ。
もしくは、実は既に訓練は始まっているのかもしれない。
たまたま目撃した一発目が彼らだっただけ。
日常は全て、訓練の一環。
そう考えた方が、スッキリする。
疑問は疑問のまま、答えも出せずに同じところをぐるぐるするだけ。
それなら、考えるだけ無駄というもの。
現在私に直接的な攻撃を飛ばしてくる様子はない。
それで十分じゃないか。
いつ巻き込まれるか怯える日常。
………もういや、イカネさん助けて。
『私がついているのに、オモイカネを頼るのかい? 傷つくなぁ』
信頼度が違うので。
ツクヨミノミコトが、むうっ、とふくれた。
パンを焼く香ばしい香りが鼻に届く。
響が私に微笑みかけてくれた。
「………朝ごはんだね、一緒に行こう」
「う、うん………」
あんなことの後だから、どうしても引き攣った顔で答えてしまう。
天井の大穴は、何事もなかったかのように塞がった。
明日からもこうなのだろうか。
奴らの生活音という名の目覚ましは心臓に悪い。
しかし、どんな目覚まし時計よりも強力だ。
私は直ったばかりの床を爪先で踏み、響から逃げるように、先を歩いた。