湯呑みに入ったぬるいお茶を啜る。

甘さを感じる緑茶を舌の上で転がし、考えをまとめるように飲み込んだ。



「さて。再び休校になりました」



夕飯の席で私が切り出すと、同じテーブルを囲む同盟者も続いた。



「ボク達の学校もだよ」



柚珠の指先を、木製テーブルから生えた細身の幹がそれぞれにやすりやマニキュア、ピンセットを自在に動かしていく。

カラフルで細かいネイルアートは芸術的。

マニキュア独特の臭いが気になるが、それを指摘できる者はいない。



「ハハッ! お揃いだな!」



常磐は、自身の顔ほどもある大きさの爆弾おにぎりにかぶりついた。

中には具がたっぷりと、入っていない。

真っ白よ真っ白。

ご飯オンリー。

視界に入るだけでお腹いっぱいになるわ。



「………水瀬のやつ、失敗した責任を取らされて、神水流当主の座から遠のいた。…………フッ、いい気味」



響は、スプーンにすくった雑炊を口に運んだ。

雑炊には色とりどりの細かく刻まれた具がたくさん入っている。

思ったより熱かったのか、はくはくと口を動かし、次のひと口はやたらふーふーしていた。



「そういや桜陰、女子に囲まれて鼻の下を伸ばすだけで何もしてなかったな」



雷地はテーブルに肘をついて頬杖をつき、自身に近づく先輩を見て。



「ちげぇよ!」



先輩は作りたてのチャーハンを雷地の前に叩きつけた。

チャーハンの山の一部が地滑りを起こしたが、テーブルに溢れる前に雷地はスプーンを銀の線でしか視認できない速度で動かし、山の半分を胃に収めた。

ごはんは飲み物かな。


爆弾おにぎり、大鍋の雑炊、大皿のチャーハン。


手品師もびっくりな大食いフードファイター達だね。

炊飯器フル稼働、土鍋まで引っ張り出して、今何合目だろう。

料理係、火宮桜陰は、再びキッチンで中華鍋を振る。


舞い上がる米。

軽快な音楽。


料理に詳しくない私でもわかる。

彼の腕はなかなかのものだった。

オオクニヌシの自動修復がかかるくらいに香ばしい臭いを放っていたキッチンは、先輩が使うようになってからはいい匂いを発生させる。


曰く、火宮家で冷遇されていた先輩は、こっそり厨房を使用していた時もあるとか。

どのようなものを作っていたかはわからないが、比較対象が料理未経験のおぼっちゃま達だから、勝負にならないね。


経験者と未経験者は天と地ほどに差は開く。

未経験者が作ると極端な話、地獄の釜で煮込まれたスープのような暗黒物質なんてものが出来上がるのだ。

既に先輩によって無感情でトイレに流されたが、流されながら百を超える怨嗟の声を放つ様はさながら悪夢。

今更ながら、あれは下水とはいえ世に放って良かったものか心配になる。


あのぶりっこツインテール、実は魔女じゃなかろうか。


強く握り固められた岩石おにぎりなんてのもあった。

あれは、食べ物ではなく鈍器である。

バリバリ食していた筋肉だるまは人間じゃないと思う。


中華鍋の上で米を炭に火柱を起こし、天井を焼いた金髪は、家でも食べるつもりだったのかな?

シロアリかな?

ん?


とまあ、極端に酷いものを例外という。

私もそれなりに料理の経験はあるが、刀使いらしい鮮やかな手捌きの先輩にキッチンから追い出された。

肉を捌いて赤の散る包丁が鈍い光を放って突きつけられてなお、居座るほど私は強くない。

刃物を握ると人が変わるのかな、先輩は。

先輩ファンなツクヨミノミコトは興奮に震えていたが……。


それは置いといて。

おぼっちゃま達とは違って、私は調理実習も経験済みなのに。

班で味噌汁やハンバーグ、ロールケーキだって作ったんだから。

なお、ぼっちな私は調理実習で洗い物係だった。

……マシュマロならひとりでうまく焼けるよ。

それにしても。



「カレーまだかなぁ」



強めの匂いを放つはずの私のご飯は、まだ匂いもしない。

いいんだけどね。

爆弾おにぎりを見ただけで胃もたれ気味だから。

でも、チャーハンのいい香りが胃を修復して固形物を求める。

量を見たら吐きそうだけど。



「桜陰、ボクのパエリアはまだー?」



「ラーメンに餃子ぁ」



「俺は肉だ!」



「…………」



まだ食べていない柚珠はまだしも、雷地と常磐はまだ食べるのか。



「うるせぇ! 雛鳥どもは黙って待ってろ!」



キッチンから、先輩の怒号と同時に炎があがる。

雛鳥どもはピーチクパーチク親鳥に主張する。

白髪美少年ふたりは、食べ終えた皿を持って、大人しくキッチン出入り口で待機していた。


頑張りたまえよ、厨房の主。



フランベ!