「先輩に何してくれてんのさ!」



それを許さないのがツクヨミノミコト。

私の体を奪い、先輩に牙を向けた大型の獣を重力で地面に沈めた。


このバカ、公衆の面前で!



「先輩より優先すべきものはないよねっ」



完っ全に、怒ってらっしゃる。



『…………同情するが、諦めろ』



ああもうっ、ツクヨミさん、今が幸運の使いどきですよ。



「フッ………。うまくやるさ」



好戦的に唇を舐めて、神力を解放する。

瞬間、あちらとこちらを隔てる壁が破れ、生徒達が雪崩のように外側に溢れ出す。

それに巻き込まれた狩衣の大人達は、もう一度結界を貼り直すどころではない。


水瀬も、響達側の少年少女達も、全員の意識がそれたほんの一瞬。


それだけあれば十分だった。


青黒いモノを重力で地下へ、地下深くへと押し潰す。

それだけで、第一の脅威とされていた水瀬の術は無力化される。

元が液体。

地面に染み込んだそれに、神力の塊をぶつけられて浄化した。

浄化の光は地上に漏れないから、バレない。

お手軽完全犯罪の出来上がり。



「ふふっ、簡単だねぇ」



鼻歌混じりに踵を返し、混乱する生徒の最後尾に紛れに行く。

長い前髪のおかげで、唇が笑みの形に歪んでいることに気づく者はいない。

スキップのステップなツクヨミノミコトから身体を取り返して、全力で走る。

いくらぼっちといえど、命の危機にソーシャルディスタンスとるほど我が身を捨てていない。

ひとりだけ浮いた行動をとれば目立ってしまう。


高い位置にいる水瀬だけが、青黒いスライムが姿を消したことに気づいていた。

気づいていて、呆然としている。

ツクヨミノミコトの介入に気づいたかな?



『気にすることはない。君は上手く溶け込んでいるよ』



ツクヨミノミコトからも、凡人のお墨付きをいただいた。

ひとまずは、逃げ惑う一般生徒の演技を続けよう。



無心で走ると、心の靄がハッキリと実体を持つ。




ツクヨミノミコトが簡単そうにやってのけた一瞬の事が、私には難しい。

実力差を痛感しながらも、匙を投げる気にはならなかった。