さて、怒りや憎しみ悲しみは、今は邪魔。
しっかりしないと第二第三の被害が生まれてしまう。
ほら今も、吹き飛ばされて私にかすり傷ひとつつかない。
水瀬の幻覚は、こちらの生徒に直接的な害を与えない。
水瀬の魅せつけてボロ儲けな筋書きが終わるまで、様子を見るしかないのか。
『………いや、この感じは……』
スサノオノミコトが警戒を強めた。
異変は、すぐに現れた。
「おい、どうなってんだ!? 制御がきかない……!」
水瀬が先ほどまでの余裕の表情を青ざめさせる。
青黒いスライム獣達の変化はすぐに訪れた。
戯れのように遊ぶものから、遊びに飽きて処分するように。
柔らかな唇が、サメのようなギザギザに。
鋭い爪が伸び、冷たく光を反射する。
随分と物騒な姿になったものだ。
先程、水瀬とやらが不吉なことを叫んでいたような……?
「………幻覚だよね?」
『いいや。中身が違うねぇ』
それってつまり……?
答えは、すぐに出た。
「ギャァァッ!」
ほぼ同時、複数の場所から悲鳴があがる。
すぐ近くで、獣の爪が掠めた生徒の腕から血が吹き出す。
「痛いいいっ!」
「うわあああぁぁぁ!」
『……乗っ取られたか』
先程までは、全員が全員、悲鳴をあげて逃げ惑っているわけではなかった。
だが、今は違う。
水瀬の魅了が効いていた生徒、半信半疑で様子見をしていた生徒、不思議な手品とでも思っていた生徒までもが恐怖に駆られ、全員がとにかく走る。
逃げる先は自ずとひとつ。
「助けてっ!」
私たちを囲む、狩衣の大人達。
「っ! 何だこれ! 透明な壁!?」
「いつのまに壁なんてできてるのさ!」
「ここから出して!」
集団が、狩衣の大人に訴えても、彼らは結んだ印を崩さない。
壁の向こうにいながら、こちらの惨劇を無表情でただ見ている。
つまり、術を解く気がないということで。
それ即ち、私たちは閉じ込められたということ。
壁際に追い詰められた生徒達が半狂乱になり、見えない壁を殴る、殴る。
そんな彼らの後ろからは、事情も知らない、とにかく人の向かう方へと走ってきた人たちが前で立ち止まる人を押して、押して、押し潰す。
それも当然。
いつ牙や爪の餌食になるかわからない側には居たくない。
逃げる側は必死だが、遠くから見たらいい的なんだよなぁ。
ツクヨミノミコトのお陰で、棒立ちでも狙われていない私は、俯瞰的にものを見れていると自負している。
膝が笑って動けないとか言わないで。
「キャァァァァッ!」
1匹の大型の狼が先輩に狙いを定める。
それに気付いた先輩の取り巻き女子は、外周の者は逃げ出し、近くの者は怖がったふりで巻きつくのをやめ、先輩を盾にした。