私の周囲はそれなりに平穏だった。
 ほとんどの時間を、私の部屋で、奴隷とハンナと過ごす。
 ときおり、式典やら行事ごとに駆り出されることもあるが、継母の目につくことさえなければ、牢に押し込まれることもないので、ひたすら空気のようにおとなしくしている。
 私とハンナと奴隷は、そうやって平穏な日々を過ごしていたが、そんな日々は長く続きそうになかった。

 私は、16歳の誕生日に、宰相に嫁ぐことになった。
 父からそれを聞かされたとき、耳を疑った。

「ええ? 宰相の孫ではなく、宰相本人に嫁ぐのですか?」

 宰相は私が知る限り、一番の老人である。目も遠く、耳も遠いので、おそらく会話も成り立たないだろう。それでも無理に会話を続けようとしたら、大声を出さないといけないから、私の喉がおかしくなってしまう。

「宰相の孫はもうすべて結婚しておる。宰相家で、独身なのは宰相だけだ」

 ほどなくして、宰相家に嫁ぐ日が来た。
 私は護衛騎士一人にハンナと奴隷を連れて、宰相家に嫁いだ。

 宰相は私を妻としては扱わなかった。
 宰相家では、私は使用人のように扱われて、私もハンナも奴隷も、他の使用人と同じように働かされた。
 ハンナは嬉しそうに言った。

「みんなで一緒に働くのって楽しいですわね、姫さま」
「うん、まあ、悪くはないわね」

 食事も、主だろうと家人だろうと、同じ部屋で同じ時間に取った。なぜか、私は吐き気もせず、するすると食べ物は喉を通った。
 意外にも老宰相とは語り合うことができた。
 宰相の肉体はうとうとと眠っていることが多かったが、彼の集めた書物に、彼の書いた日記を自由に読むことができた。
 宰相とは手紙でやり取りした。

「王族は王族らしくあれ」

 そう書かれた手紙を読んで、日がな一日考えた。
 王族らしいとは、きらびやかな服を着て、おいしいものをふんだんに食べては残し、使用人を蹴ったり叩いたりするということであれば、そうしなければならない。なにしろ、旦那さまの言うことだ。
 私は、王族らしく、使用人をいびり始めた。使用人たちは屋敷から去っていく。
 新入りも、古くから仕えるものもことごとく追い出した。
 最後に、ハンナと奴隷が残ったが、ハンナのドレスのポケットから母様の形見のネックレスが出てきたのを見て、「宝石泥棒!」と、彼らを二人まとめて追い出した。
 ハンナも奴隷も「姫さまのおそばにいさせてください」と、泣きすがったが、私はハンナと奴隷の背中に鞭を打って黙らせ、護衛騎士に無理矢理連れて行かせた。
 
 すっかり空になった屋敷に、旦那さまと二人残された。
 やがて、ときがきた。