※これは君の声編「カラオケ」〜「○桜」の間の1月に起きた追加話です
※小説に出てくる誕生日にリクエストを受けて書いた番外編を更新してきましたが、今回は1月7日追加分だけでなく1月27日分も含めているので長めです


 年明け、私の誕生日の前日……今年は新年会がなかったので、急遽仕事帰りにみんなでカラオケに行く事になった。

「今日、新年会がてらカラオケ行こうぜ〜」

「いいね〜今年なかったしね」

「この間フリータイムで安いとこ見つけたから、そこ行こうぜ」 
 
 そう言う悠希くんの運転でカラオケ店に向かう途中……

「なんか見たことある景色…………って嘘でしょ?」

 よりによって着いた先は、昔の職場の最寄り駅近くにあった思い出の場所……
 忘年会の二次会で神山慎二と一緒にある歌を歌ったカラオケ店だった。

 動揺を隠しながらエレベーターを上がり、ドアが開くと……明らかに見た事がある受付だった。

 色々な歌を歌い、カラオケも終盤に差し掛かった頃……
 悠希くんが『雨音~あまおと~』を予約した。

(まさかこの場所で、神山慎二と歌いたかった『雨音~あまおと~』を悠希くんと歌うことになるとは……)

 私は戸惑いながらもマイクに手を伸ばした。
 そして、私達は歌った。
 相変わらず下手だったが、息がぴったりでハモりも完璧に……
 彼は、照れている事を必死に隠すような顔で……
 私は、これが最後になるというはっきりとした予感と、なぜか溢れようとする涙を堪えながら……

 私は悠希くんが『雨音~あまおと~』を入れてくれて嬉しかった。
 彼と歌うことは二度とないと思っていたし、叶うことはないと思っていた昔の夢が彼を通して少し叶った気がしたから……

 私は何かお礼がしたくて、彼が好きだと言っていたサクラというキャラクターが出てくるアニメの映画の曲を歌った。
 サビに「空を見上げて」というフレーズが出てくる『明日(あす)への希望』という曲を……

~~~~~~~~~~
『明日への希望』

空を見上げて 踏み出していこう
これから まだまだ見えない
遥か 道を探しに行く

1、
まだ眠い いつもの変わらない朝
いつの頃からか 分からないけど
君の言う くだらない一言だけで
特別な瞬間に なっていたんだ

泣いて笑ってけんかして また向きあって
つまらない自分が嫌になるけど
何気ない日常が当たり前じゃないこと
失って初めて気付くんじゃ遅いから

素直な気持ちを 伝えるだけで
こんなにもほら 笑顔が溢れていくから
昨日とは違う 変わらない明日(あした)
僕が今できる事 毎日探して
ほんの少しずつ 一つずつやっていこう

2、
何もかも どうせと諦めた頃
偶然君の隣になったよ
うつむくしかできない弱虫にただ
笑いかけてくれて嬉しかった

これから先は別々の道 行くけど
君にもらった笑顔 忘れないから
迷う人を 導いていく星のように
ずっと変わらないって 覚えてて欲しいんだ

空を見上げて 踏み出すだけで
こんなにもほら 世界が変わっていくから
未来が不安で 落ち込む時も
君や誰かが 笑顔になる事探して
僕にしかできない事があるって信じてみるよ


空を見上げて 微笑むだけで
こんなにもほら 世界が繋がっていくから
いつかはきっと 辿り着くはず
これから まだまだ見えない
僕にしかできない
誰かの幸せに続く道 探しに行こう

どんな時でも 諦めなければ
こんなにもほら 未来が繋がっていくから
空を見上げて 自分を信じて
これから まだまだ知らない
(おも)い僕らの未来
僕しか見えない
明日(あす)への希望 探しに行こう……

~~~~~~~~~~

 その歌を歌っている途中、色々な事が浮かび、過去と未来が繋がっていくような不思議な感じがした。

 実は、私が賞を貰ったコンクールの前の年に最優秀賞を取った人……
 私が勝手に先輩と呼んでいる人の曲というのは秘密だけれど……

 そして、さっき一緒に歌った『雨音~あまおと~』が先生……
 私が初めて好きになった男の人が作った曲だという事はもっと秘密だけど……

 帰る前に交代でトイレに行く事になったが、歌い疲れていたのだろうか……
 待っている間にウトウトしていたら懐かしい夢を見た。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 以前、勤めていた大規模デイサービスの忘年会、二次会のカラオケ中……

 私も何か歌うように促され、中学の時に大好きだった俳優さんが出ている野球ドラマ『戦いの夏』の主題歌である『レインボー』という曲を歌った。

 神山慎二はその曲が十八番だったらしく「取られた〜」と言うので途中から一緒に歌った。
 ……が、歌い慣れて自由に歌う彼とガイドメロディ通りに歌う私……
 タイミングがバラバラというか息が合わなすぎて……歌っている途中みんなで大笑いした。

 そして、終わってから「俺、この歌手に似てるって言われたことあるんだぜ〜」と得意気に言ってきた。

「そうなの? すごいね! 私この曲大好きなんだ〜なぜなら……」

 言いかけて急に恥ずかしくなり、赤面してしまった。

「何だよ」

「……秘密」
(好きな俳優さんが出てるドラマだからとか、孝次がその俳優さんに似てると思ってた事なんて恥ずかしくて言えないよ〜)

「気になるから言えよ」

「嫌」

「言わないと脱がすぞ」

「はい? 何言ってんの? 酔ってる? え?……ちょっと何して……」

 イタズラ顔で近づいて来たと思ったら……

 靴下を脱がされた。

「や〜いや〜い」

「ちょっと〜返して〜」
(小学校でもこんなのあったな……)

「返して欲しくば膝枕を……」

「なんでそんなことしなきゃなのよ」

「夢の中でしてくれたから」

「するわけないでしょ」

「またまた〜照れちゃって〜夢に出てくるのは会いたい気持ちが飛んでくるからだって漫画に描いてあったぜ?」

「はあ? ちょっと酔っ払い過ぎ! いいかげん返しなさい!」
バシッ
 取り返そうと伸ばした手が勢い余って神山慎二の顔をビンタしてしまった。

「叩いたね? 親父にも叩かれたことないのに! 仕返ししてやる〜」

(昔、孝次に見せられたロボットアニメと同じセリフじゃん)とツッコミたかったが、今度は私が追いかけられる側になり……
 ヒラリと身をかわしたが、バシッと腰らへんを叩かれた。

「…………こいつ……尻が固い……さてはガードル履いてるだろ!」

「腰だよ!」

「チェッ」

「それはさすがにセクハラ!(怒)」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……ハルちゃん?……ねえ、ハルちゃん起きて〜もう帰るよ?」

(あれ? 神山慎二は?……って夢?)とボーッとして計算に戸惑っていたら、結局カラオケ代を奢ってもらってしまった。
 何度も払おうとしたが断られ……
 なんとなく誕生日プレゼント代わりにそうしてくれた気がするので帰り際、何度もお礼を言った。

 悠希くんに送ってもらう車の中……

「こんな奇跡ってあるんだな……場所が同じだったことは私だけの秘密にしよう……」

「え? 何か言った?」

「ううん、なんでもない……」

 その数日後……

「この間、休憩中に昼寝してたら春香が夢に出てきてさ~…………」

「え~何それ~」

 毎月の定期訪問の途中にデイサービスで休憩をとることにした私は、ドアを開けながら聞こえた悠希くんの発言が気になり……
 いつもしている挨拶も忘れて勢いよく会話に飛び込んだ。

「え、何? 何? 何の話?」

「な、なんでもない……」

「気になるじゃん」

「悠希が夢であんなことや……」

 同僚が冗談で茶々を入れる。

「違う! 膝枕されてただけだ!」

「膝枕?」

「漫画の見過ぎだな……」

「うっ……」

「アハハ……何それ〜何で漫画のせい? 膝枕される夢見るなんて子供みた~い……アハハハハ」
(なんだかアイツみたいだな)

「うっさいな……」

「漫画といえば……夢に出てくるのは会いたい気持ちが飛んでくるからだって、ある漫画で言ってたよ?」

「っ……なんだそりゃ」

「前はそんなの嘘って思ってたけど、ちょっと当たってるかも……」

「は、はい?……そ、それって……」

「私も悠希君が夢に出てきた事があってさ〜なぜか電車の中にいたんだけど、貸した千円返してもらうの大変だったよ……」

「そりゃ会いたい気持ちが飛んでくな~」とみんなで大笑いした。

 そんなことがあった数日後……

「ごちそうさまでした♪ さ~てとっ……」

 ケアマネ事務所での休憩時間……
 食後にソファーで寝ることが日課になっていた私はその日、思わぬ先客に愕然とした。

「あの~悠希くん? 私がいつも食後の昼寝を楽しみにしてること……知ってるよね?」

「zZZ……」

「なんでまだ寝てるのかな~?」

「zZZ……」

 一つしかないソファーが占領(?)されていることに頭にきていた私は、仁王立ちで彼を見下ろしながら機嫌の悪い声で言った。

「しかも絶対起きてるよね? さっきから鼻ヒクヒクしてるんですけど!」

「……んだよ! 俺だって眠いんだよ! いつも我が物顔で寝やがって! ムニャムニャ……」

「それはすみませんでしたね! 悠希くんいつも休憩入るの私より早いんだから、そろそろ休憩時間終わりなんじゃない?」

「今日は30分遅かったんだよ!」

「それは大変お疲れ様ですね!」

 心のこもっていない労いの言葉をかけながら、ソファーの傍らに座って彼のご機嫌をとる。

「でもさ? 残業続きで私も疲れてるんだ~お願いだから少しだけ寝かせて?」

「絶対やだ!」

 まるで「お菓子を買ってくれるまで帰らない」と床に大の字で寝る子供のような彼の姿に本日の昼寝を諦めようとも思ったが、迫り来る睡魔にどうしても勝てず……

「じゃあどうしたら寝かせてくれる?」

「膝枕……(ボソッ)」

「はい? よく聞こえない……」

「なんでもないです……」

「じゃあ15分交代にしよう! それなら平等だ!」
(我ながらなんていい方法♪)と自画自賛していたその時……

「やだ!……そんなに寝たいなら……ムニャムニャ……添い寝すればいいんじゃね?」

「はあ~?」

「……もうしょうがねぇな~〜」
 ソファーの上で目をこすりながら隅に詰める彼……

「な、な、何言ってんのよ~~~〜」

 信じられない発言に耳まで赤くなり……動揺した顔が見られないよう必死に隠しながら私はある行動に出た。

「あ~もう眠い! お願いだから寝・か・せ・て~」

ドガン
「痛って~」

 その後、ソファーと彼の隙間に見事に割って入って彼を蹴落とし、強引に昼寝タイムを死守した。

「……なんだよ……アホみたいに幸せそうな寝顔しやがって……ホントあの写真のまんま……」

 そんなある日、先輩ケアマネに色々教えてもらいながら事務所のパソコンで事業所リストを見ていたら……
 見覚えのあるデイサービスと信じられない名前を目にして固まった。

「嘘でしょ?」
(なんで神山慎二の名前が?)

「どうしたの〜?」

「あ……あの、前に勤めていたデイサービスの名前があったもので……」

「え? あなた、あそこに勤めてたの?」

「はいっ……ここから遠いけど関わりのある事業所だったんですね?」

「……昔の話だけどね…………担当の方が大型デイサービスに通いたいそうで紹介したんだけど……転倒注意の方だったのにデイの契約担当した人の伝達不足とかで……通い始めてすぐ転倒して結局亡くなられたの……」

(それって私が……)

「そうそう、確か亡くなったことをデイサービスに電話して、念のため担当してた相談員さんの名前聞いたらね」

「電話に出た相談員の人が僕だって言うから一応名前を入力したけど、契約は女性の相談員が行くって言ってた気がするのよね……」

(昔、美妃先輩から亡くなった話を聞いたけど、神山慎二が電話に出たんだ……)
(なんで自分の名前……もしかしてあの時みたいに庇ってくれた?…………)

 昔、私が利用者さんが亡くなった事を聞くとショックを受けるから……と神山慎二が私には教えないようにと同僚に口止めしている所を見てしまった事があった。
 偶然その話をドアの外で見聞きしたから、結局一人で隠れて泣いたけど……

 ……と、同時に昔、私が具合が悪いのに一人だけ気付いて助け船を出してくれた事や落ち込んでいる日に限って電話をかけてきてくれた事を思い出した。

 その時は超能力者かと冗談まじりに思っていたが……
 超能力なんかじゃない。
 全部彼の優しさだ。
 年下のくせに、頼りない年上の私を一生懸命支えようとしてくれた、彼のような存在の大切さに今頃……
 二度と会えなくなってから気付くなんて……

(もし庇ってくれなかったら、私は今頃ここにはいられなかったかもしれない)

 私はパソコンに残ったその名前を……
 今は既に退職して遠方に引っ越してしまった彼の名前を、いつまでもいつまでも見ていた。

 そして、前日にケアマネ契約で行った場所……
 独居で糖尿病で片麻痺もある新規の方が住んでいる団地に訪問した時に感じた既視感の理由に気付いてしまった。

「私、来たことあったんだね……」

 デイサービスにいた頃は、様々な所に車で契約に行っていたし、何年も前の事で忘れていた。

「今頃気付くなんて私は馬鹿だなぁ」

 雪の日に考え事をしながら自転車をこいでいたからか、訪問に行く途中に自転車ごと滑って転んだ。

 そして、その日のお昼休み……ソファで寝ていたら懐かしい夢を見た。
 太陽みたいな笑顔で迎えて下さった、デイサービスに来てたった30分で転倒事故にあい、亡くなってしまった利用者さんの夢……

「……なさっ……ごめん……なさい……何も……できなくて……」

 夢の中で私は泣いていた。

 段々遠く消えていく太陽みたいな明るい笑顔に手を伸ばしながら起きると……

 現実の私も泣いていて、悠希くんがソファの枕元のすぐそばに、座ってもたれかかりながら寝ていた。

 まるで事務所に入ってくる人達に私の泣き顔が見られないように……
 ……というのは大いなる勘違いで大方私が先にソファを占領していたから、ふて寝していただけだと思うけど……

 彼の寝顔を見ていたら、何とも言えない想いが浮かんできて……完全に勘違いな発言をしながら私がさっきまで掛けていた毛布を彼に掛けた。

「庇ってくれてありがとね……悠希くん……と会わせてくれた神山慎二……今度は私が守るから」