私と孝次の付き合いは順調だった。
誕生日は某テーマパークなどお互いが行きたかった場所でお祝いしたり、バレンタインには色々な種類の手作りチョコをプレゼントした。
たまにケンカもしたが、すぐに仲直りするなど孝次は優しくて……
ドジな自分に呆れてすぐに落ち込む私にしょっちゅう「好きだ」と言ってくれたり、夏休みは一緒に旅行や孝次の実家に行ったりもした。
遊んでばかりだった訳ではなく、頭が悪い私は色々な勉強もコツコツしていたが、将来の職業に直結することを具体的に考えねばならない時期に来ていた。
学年が上がるにつれ、講義やゼミは専門的なものになり、そこから自分の学びたい分野を選んでいく。
大学の福祉学部のゼミには、児童福祉、障害者福祉、高齢者福祉など色々な専門分野があった。
私は街中でよく子供に話しかけられたり、近所の子供にもなぜか一緒に遊ぼうと言われるタイプだったので、なんとなく児童分野に進むのが性に合っている気がした。
大学1年前半の頃は児童福祉に興味があったので、小児病棟の子供達と遊ぶボランティアをしたりもしたが……
私は孝次との映画デートの帰りに見かけた高齢のご夫婦のことをきっかけに、高齢者福祉の道に進みたいと思うようになっていた。
そして、まずはホームヘルパーの資格を取ってアルバイトを始めようと決意した。
ホームヘルパーは担当の方の家に伺い、様々な身体介護、家事援助を行う仕事だ。
身体介護は、食事や入浴、排泄、衣服の着脱や移動などの支援……
家事援助は、調理、洗濯、掃除、買い物などの援助や代行……
ただ支援をするだけではなく、担当の方の体調の変化や新たな希望があったら記録などで家族や事務所に報告し、ケアマネージャーに情報が伝わるという在宅介護生活を支える上で重要な仕事でもある。
私は順調に資格が取れて、近くの訪問介護事業所にアルバイトとして採用された。
本好きの孝次の誘いで始めた図書館バイトもしていたが、掛け持ちで頑張った。
色々な方を担当し、仕事にも慣れてきた頃だった。
ある日いつもの様に訪問したら、肺に疾患がある利用者さんが呼吸困難で倒れていた。
急いで横向きにして気道を確保し、自宅に設置されていた酸素吸入器を当てたところ、落ち着いて下さって本当によかったが……
介護の仕事は、死と隣り合わせなこともあるのだということを痛感した。
年の割に冷静だった対応を誉められたが、(もしも一人で対応できないことがあったら……)と怖くなった。
そんなある日、新たな利用者さんの担当になり、デイサービスに行く前の準備や帰ってきてからの身体介護をすることになった。
利用者さんは冗談を言いながら楽しそうにデイサービスに出かけ……帰ってきてからは、その日のレクリエーションで作ったという作品を嬉しそうに見せてくれた。
そんなデイサービスでの話を聞いているうちに、いつしか私は卒業後にデイサービスの職員になりたいと思うようになった。
出来ればサービスを行う上での様々なことに対応する、
色々な方の心の支えになれるようなデイサービスの相談員に……
大学4年生になって本格的に就職活動が始まると、大学に貼り出された求人の少なさやパソコンで検索して出てくる求人情報の条件や現実の厳しさに直面した。
色々な面接を受けた結果、私は幸いにも電車で通える範囲にある大手系列デイサービスの生活相談員の内定を貰うことができた。
そして、同時進行で勉強を続けていた社会福祉士の試験にも合格し、大学も無事に卒業して晴れて4月から大規模デイサービスの生活相談員として働くことになった。
孝次はというと、福祉学部にいながらなぜか福祉の勉強はあまりしないタイプだった。
試験を受けないと単位が貰えないのにも関わらず、大切な試験の日に来ないので心配になって電話をしてみたら「気持ち悪い……」と言ったきり電話が切れてしまったことがあった。
心配だったので急いで孝次のアパートに駆けつけたら、前日に飲み過ぎて二日酔いになり部屋で吐いてしまったとのことで……結局二人で試験に出られず一緒に単位を落としたこともあった。
脳梗塞や心筋梗塞で倒れたとかではなくて本当によかったが……
孝次は私と正反対で、大学受験の時は全部の大学に合格した程、頭がいいのだが……
やる気になるまで時間がかかるというか、いわゆる夏休みの宿題を後回しにするタイプで就職活動を始めたのが遅かったため、就職が決まらないまま卒業を迎えてしまった。
実家から離れての一人暮らしがそのまま続けられるはずもなく……卒業と同時に東北の実家に帰ることになった。
つまりは遠距離恋愛……
私は将来のことを考えると不安で堪らなかった。
新しい職場のことも、これからの二人のことも……
寂しくて寂しくて泣きそうになっていたら孝次から電話がかかってきた。
プルルルル……
「もしもし? 春香?」
「明日実家に帰るよ……色々ありがとな」
「……私達……これで終わりなの?」
「バーカ、そんなことある訳ないだろ! 俺がどんだけお前を好きだと思ってんだよ!」
「だって……」
「結婚しような?……俺達……お前がボケた婆さんになっても面倒見てやるよ」
「まだ就職も決まってないくせに…………でも……ありがと」
私は自分の部屋で、昔一緒に見た映画の『秘密』のBGMが流れる中、
無責任すぎる仮のプロポーズをされた。
そして新しい職場での出会いは、私に様々な爪痕をもたらし……その行く末である事実に気付くことになるのだった。