私は自分でも信じられないが、最後に受けた難関大学に奇跡的に合格した。
篠田先生にも電話で報告したかったが……結局あのまま会えなかった。
塾の事務員の話によると、「一身上の都合により急に退職しました」とのことだった。
密かに決意した『合格報告』という誕生日プレゼントは、永遠に篠田先生に届くことはなかった。
私は失恋が確定した気分だった。
先生から貰った合格ダルマのホッカイロは、開けずに卒業アルバムの最後のページに挟んで机の奥深くにしまった。
そして入学を機に新しい自分に変わるため、髪を……ショートカットでこれ以上切れない代わりに、大学からメガネをやめてコンタクトにしようと決めた。
入学式の日……
私は学長の挨拶や合唱サークルによる校歌を聞きながら、これから始まる大学生活の事を考えてワクワクしていた。
そして(なんか私、この大学の人と結婚する気がする……)と誰と出会った訳でもなく確かな根拠もないのに、はっきりとした予感がしていた。
オリエンテーションのため向かった福祉学部があるキャンパスでの初日……
私は広い大学の構内で迷っていた。
「F341ってどこ~?」
校舎は中庭を囲むように口の字型になっていたが、何度グルグル回っても見つからない。
「やばい~初日から遅刻だ~」
走りながらウロウロしていたら、廊下の角で人にぶつかりそうになった。
「……っ……すみませんっ……」
急いで立ち去ろうとしたら「ねぇ」と声をかけられた。
「F341ってどこか知ってる?」
「すみません……私も分からないんです」
「……じゃあ一緒に探そっか……名前は?」
「あ……篠田春香です」
「俺は……お……大谷孝次……って言いま……す」
二人で探したところ、すぐに教室が見つかり、入ってからは別々の列の席に座った。
「あ……コンタクトずれてる……なんかゴロゴロするしボンヤリして見にくいし嫌だな~やっぱりメガネに戻ろう」
そうして私の短いコンタクト生活は終わった。
後に結婚することになるその人と私は、漫画みたいな出会い方をしてしまった。
オリエンテーションの帰り道は色々なサークルから勧誘を受け、新入生歓迎会のちらしをたくさん貰ったが……
私は昔から興味があった弓道部の体験歓迎会に参加した。
弓を引くのは初めてで、右肩や背中は痛いし左手に軽く乗せた矢がちゃんと飛ぶかどうか心配だったが……
まぐれで的に当たってびっくりして、ものすごく嬉しかったし思っていたよりも楽しかったので弓道サークルに入りたいと思った。
初めての大学での授業の日、
「あの……隣の席……いいかな?」
サラサラの長い髪で色白の、天使みたいにかわいい女の子が話しかけてくれた。
「どうぞどうぞ……あ……はじめまして……よろしくね」
「あの……実は私、塾一緒だったんだ〜世界史、女の先生だからクラスも一緒だったよ?」
「ええ~~~!?…………じゃあもしかして魏・呉・蜀って間違えたの覚えてる?」
「う……ん」
「恥ずかし~」
その子の名前は優里ちゃん……
後に二人で卒業旅行に行く程の大親友になるその子とも、私は漫画みたいな出会い方を知らないうちにしていた。
初めてのゼミの授業の日、
コの字型に並べられた机のイスに座り、初日ということで先生に促され自己紹介をすることになった。
順番が来たので名前や出身校を言い、簡単な挨拶をすると、「え?」と同じ列の見えない誰かに驚かれた。
「???……(なんだろ?)」
授業が終わり、教室を出ようとすると……
「あ、あのさ……あの時の子……だよね?」
「???…………あ…………」
さっき「え?」と言っていたのは大谷孝次だった。
初日に出会った女の子と似てるけど、冴えないメガネをかけて雰囲気も違うから別人だろうと思っていたら、本人だったから驚いたという訳らしい……全く失礼な話だ。
私の方といえば視界がボンヤリしていて顔がよく分からなかったので彼の名前ごと忘れていた。
彼とは英語のクラスも一緒で、私達はなぜかゼミの飲み会の幹事をやることになった。
私は幹事などやったことがないので彼に頼りきりで、「店が決まったら連絡する」とのことで携帯番号を聞かれたので連絡先を交換した。
大学生活にも慣れてきた頃、優里ちゃんとは同じ授業の時は必ず隣に座り、一緒にお昼を食べる仲になっていた。
「そういえばさ~塾で一緒だった友達に聞いたんだけど……英語の篠田先生が……」
「……っ……先生がどうかしたの?」
私はその名前を聞いた途端に固まってしまい、出来るだけ平静を装うのに必死になった。
「……世界史の女の先生と結婚したんだって~すごいよねぇ? 職場結婚だよ? なんか噂によると……………………」
(あの噂は本当だったんだ……でも結婚するならなんで仕事辞めたんだろう?……)
「そ、そうなんだ~あの先生がね~すごいね~職場結婚って憧れちゃうな」
(大丈夫かな? 声裏返ったかな?)
「だよね~で今度のお出かけだけど……」
(よかった~次の話題にいって……優里ちゃんて英語のクラス篠田先生じゃなかったけど名前は知ってたんだな)
どうやら結婚適齢期を過ぎてもそのまま結婚しなさそうな二人を心配して、仲人さんか誰かが飲み会をセッティングし、トントン拍子に結婚の話が進んだらしかった。
お相手は世界史の先生……教え方が丁寧で面白くて、太陽みたいに明るくて受験の時も熱いエールを送ってくれた、私が篠田先生の次に大好きだった先生……
「それじゃ~また明日ね~」
優里ちゃんが帰った後、私はしばらく同じ席でボーっと座っていたが……思ったよりも落ち込まなかった。
そして心の底からこう思った。
「先生……本当におめでとう」