○月○日
今日不思議な夢を見た。
七夕に公園のベンチから立ち上がった時……
心臓病の今までで一番ひどい発作で倒れ、運ばれた病院のベットの上で……
まるで一本の映画を見ているような不思議な夢。
今までの人生が走馬灯のように浮かんでいく中で、自分自身も若返っていった。
苦しくて苦しくて意識が朦朧としながら、真っ暗な深い海の底に沈んでいく……
私は……正確な年は分からないが、日記に挟まっていた孫がくれた傘寿のお祝いの手紙から、自分が80代の七夕の日に死ぬことを知っていた。
「もうだめなのかな?……悠希くんにも……もう会えないな」と諦めかけた瞬間……
誰かが私の手を引いた。
その手は私をどこかに連れて行こうとしているみたいで、手の感触がはっきりある。
暗闇の中、突然音がした。
「ヒュー…………ドーン!!!……パチパチパチ」
「花火だ……」
こんなに間近で見たのは初めてだった。
「綺麗……」
暗闇に咲く花の美しさに見とれていると、
「間に合ってよかったな……」
懐かしい声がした。
「うん…………最後に一緒に見られてよかった……」
最後に上がる盛大な花火が太陽みたいに眩しく広がっていく……
真っ白で何もない世界……
眩しい光に包まれた感覚がおさまってから、ゆっくり目を開けると……
なぜか目の前に机があり、大きなバースデーケーキが乗っていた。
ろうそくの火が揺れるケーキの前に高校生くらいの男の子がいて、恥ずかしそうに笑っている。
その子の誕生日を祝っているところなのだろうか?……
そこには悠希くんもいて「いくよ?」と言われたので一緒にハッピーバースデーの歌を歌った。
相変わらず下手だけれど息はぴったりだ……
歌い終わって「おめでとう!!」と二人で拍手する中で、男の子が一息でろうそくの火を一気に吹き消す。
その横顔がなんだか悠希くんに似ていて……
もしも悠希くんと結婚していたら、こんな息子が生まれたのかな……と思ってしまった。
バースデーケーキのプレートには、『誕生日おめでとう』のメッセージの下に、その子の名前と11月1日という日付が書かれていた。
「恥ずかしいなぁ……ありがとう」と照れながら言うその声には確かに聞き覚えがあった。
忘れもしない悠希くんのクマの声……
その笑顔は彼そっくりだった。
高校生の時のバイトをしていた頃の笑顔は、おそらくこんな感じというような……
「あれ? 私なんで泣いてるんだろ……」
ケーキの名前と日付を見て、いつの間にか流れていた涙を拭きながら顔を上げると……
その子は消えていた。
……ふいに誰かに手を繋がれた。
振り向くと小さな男の子が笑っていた。
いつか……夢で見た男の子だった。
今だったらはっきり分かるが、ずっと昔に写真の中で見た男の子と同じ顔をしていた。
ずっとそうしたかったかのように手を伸ばし……男の子の頭を撫でる。
その瞬間……
膝を抱えて一人ぼっちで泣いているその子の姿が浮かんだ。
「ごめん…………ごめんね……」
涙が溢れて止まらない。
「どうしたの? 泣かないで……」
そう言いながら彼が遠く薄くなっていくのに気付いた時……
私は全てを悟った。
その子が選ばなかった道……
未来の先にいたかもしれない人物だということに……
「気付いてくれてありがとう……」
「誰にも知られないまま……消えてく前に見つけてくれてありがとう……」
「……もう行かなきゃ……」
現実にはいない息子が微笑む。
「どこ行くの? 待って……」
必死に引き止めようとする私を見て、困ったように笑いながら、
「大丈夫、会えるよ……」
「絶対大丈夫だから……泣かないで……」
その言葉は悠希くんがくれた、魔法の言葉と同じだった。
繋いでいた手の先にあったはずの小さな手が消えていく……
「僕を……この世界に…………くれて……あり……がとう…………」
小さく途切れ途切れになる声……
次第に薄く、遠くなっていく息子を一度でいいから抱き締めたくて、
泣きながら手を伸ばした。
「行かないで…………明希!!」
と言ったところで目が覚めた……
結局抱き締めることはできなかった。
けれど「お母さ……」と消える間際に……
笑顔でそう呼んでくれた気がした。
気が付いたら私はクマのぬいぐるみ達を握り締め、何もない天井に手を伸ばしていた。
繋いだ手のあたたかな感触だけが確かに残っていた。
医者によると助かったのは奇跡らしい。
本当はあのまま死ぬはずだったかもしれないのに……
クマのお守りは、また私を助けてくれた。
なぜ手の中にあったかというと……
うなされながら、無意識のうちに「クマのぬいぐるみは?……約束があるから」と何度も呟いていたから……
孫がカバンを探して手に握らせてくれたらしい。
もうダメだと思っていたのに息を吹き返すことができたなんて、やっぱりすごいお守りだ。
娘があんまり心配するので「どうせ死ぬんだったら希望の中で死ななきゃね……」
とおどけてみせたら、孫は泣きながら笑っていた。
昔、時々誰かに手を引かれた感触だけが残る夢を見ることがあった。
普通なら心霊現象だと怖がるべきなのかもしれないが……不思議と怖くなかった。
その理由がはっきり分かった気がした。
11月1日。
悠希くんと初めて職場で出会った日。
『君の声』という曲を作った日。
日記と悠希くんのクマを見つけた日。
……そしてあの子の誕生日。
会えなかったからこそ会えた大切な存在……
全ては偶然ではなく、必然だったのかもしれない。
そして……