拷問ASMRー恐怖の音当てクイズー

なにか不審なものを感じてはいるものの、10万円のクイズから降りるのは嫌だ。
そんなせめぎあいがあった。
「なにか気になることがあるなら次の回答で別々に答えてみる?」


考え込んでしまった由佳に和美が言う。
「さっきの問題みたいに教科書をめくる音っていう回答なら、詳細を書く組とアバウトに書く組に分かれて試してみてもいいよな。本当に俺たちが有利になってるなら、4人全員が正解できるはずだ」


「うん……そうだね。そうしてみたいかも」
久貴からの提案に由佳は今度は頷いた。
これなら自らクイズに脱落する必要はなく、確認することができる。


「よし、じゃあそういうことにしよう」
気を取り直すように進が言ったときだった。
次のクイズの準備をしていた配信者が『わっ』と声を上げたので全員がスマホに視線を向けた。


画面からは黒い布が取れていて白いテーブルが映し出されていた。
テーブルの隅には小さな相合い傘が書かれていて、ゆか♡かずみ、と名前がある。
それはほんの一瞬写り込んだラクガキだったけえれど、4人の目にしっかりと映っていた。
「今の!」
叫んだのは由佳だ。
由佳と和美は大きく目を見開いて顔を見合わせる。
「今のラクガキって、私と由佳が家庭科室に書いたやつだよね?」


和美の言葉に由佳は何度も頷いた。
背中に妙な汗が流れて、呼吸が荒くなるのがわかる。
配信者はどこかの学校にいる。


それはもしかしたら、自分たちの高校かも知れないのだ。
「まじかよ。今学校に行けばこの配信者に会えるってことか?」
久貴も目を輝かせて興奮している。


「きっと、そうだよ!」
「待てよ。あれくらいのラクガキ、どこの学校にだってあるだろ」
進が全員を落ち着かせるように言う。


だけど由佳と和美は同時に首を振った。
「あれは間違いなく私と和美の文字だったよ。昨日の家庭科の授業中に書いたんだから、間違いない」
似たようなラクガキは全国にあるだろうけれど、昨日自分たちが書いたものを見間違えるとは思えなかった。


そう思っている間にイヤホンを取った久貴が立ち上がっていた。
「それなら直接行って確かめてみるか」
「クイズはどうするんだよ」
進にグイッと顔を寄せて笑みを浮かべる久貴。
「直接行けばそこに10万円があるてことだ。わかるか?」


進がポカンと口を開けている間に久貴は部屋を出ていってしまった。
「ちょっと、あれはやばいかもね」
和美が久貴の出ていったドアを見つめて呟く。


10万円を無理やり奪うつもりなんて毛頭なかったが、久貴はその気になってしまっている。
「そうだね。追いかけよう」
由佳は早口にそう言うと、久貴を追いかけて部屋を飛び出したのだった。
進のマンションから出るとそこで久貴が待っていた。
「なんだ、ここにいたんだ」
てっきり先に学校へ行ってしまったと思っていた由佳は安堵してため息を吐き出す。


「さすがに俺1人じゃ乗り込んで行けねぇだろ。10万円いただくなら、武器だって必要だろうしな」
「無理やり奪い取るつもりか」
遅れてきた進がしかめっ面で聞く。


「クイズに正解しなくても金が手に入るチャンスだぞ? それをみすみす逃すのか?」
「でも、犯罪だぞ?」
「バレなきゃいいんだろうが!」
声が大きくなる久貴の肩を由佳が掴んだ。


今はもう夜の8時を過ぎている。
外で大声で話をしていたら、通報されてしまうかもしれない。
「とにかく、学校には行ってみようよ。誰が配信しているのか私も気になるから」


由佳の脳裏にはまだあのロッカーを閉める乱暴な音が聞こえてきていた。
配信者はどうしてあんなクイズを出したのか、それが知りたい。
学校で偶然見つけたからロッカーを使ってみたというのなら、それでよかった。


とにかく、話を聞いて安心したかった。
「おとなしくてしててよね?」
和美が久貴へ向けて小声で言い、4人はようやく夜の学校へ向けて歩き出したのだった。

☆☆☆

夜の学校は遠目から見るだけでも異様な雰囲気だった。
灰色の校舎は闇に沈み込み、窓からは明かりが少しも見えてこない。
静まり返った空間に4人は思わず足を止めていた。


「夜の学校で初めてきた」
後ろについてきていた和美が体を抱きしめるようにして両腕をさする。
気温は低くないのになぜだか肌寒さを感じるのは、幼い頃から学校の怖い話をよく聞いてきたからだろう。
「今の時間だとトイレの花子さんとか、テケテケとかいるかもしれないね」


「ちょっと、やめてよ由佳」
わざと怖がらせてくる由佳に和美は本当に身震いしている。
そう言っている由佳もここまで来たものの気が進まないのか、さっきから立ち止まっていて一歩も前に進んでいない。


「配信者がいるはずなのに、電気がついてないな」
それに気がついたのは進だった。
校舎内はどこも電気が消えていて、真っ暗な闇が広がっている。


これからあの暗闇の中へ入っていくのだと思うと、さすがに怖い。
「もしかしたら俺たちがここに来たことに気がついて、電気を消したのかもしれねぇな」
久貴がきっとそうに違いないという確信を持って答えた。
4人がここに来ているのは4人しか知らない事実だから、きっと配信者は次の問題の準備で電気を消したのだろうと、由佳は推測した。
「で、どうするの? 入るの?」


和美はそう質問しながらも『もう帰りたい』と、顔に書いてある。
4人でここに立っているからまだ我慢できるけれど、怖いものは苦手だった。
「もちろん、入る」


簡潔に答えた久貴が校舎へ向けて歩き出す。
その後を進と由佳がついていく。
あやうく取り残されてしまいそうになった和美が慌てて3人の後を追いかけた。


校舎へ入るのも怖いけれど、1人で校門に取り残されるのはもっと怖い。
結局4人で校舎の中へと向かうことになるのだった。
☆☆☆

「でも、どこから入るんだ? 施錠されてるだろ?」
先頭を歩く久貴へ向けて進が声をかける。
「そ、そうだよ。きっと校舎内には入れないよ」


和美の声は恐怖で微かに震えていた。
さっきから風が吹いて木々を揺らすだけで敏感に反応している。
「配信者が入ってるんだから、どこかから入れるはずだ」


久貴はそう言うと適当な窓に手を伸ばして開くかどうかを確認している。
しかしどのドアもちゃんと鍵がかかっていてびくともしない。
「や、やっぱり中には入れないよ。帰ろうよ」


和美がか細い声を上げたときだった。
廊下に続く窓に手をかけていた進が「あっ」と小さく声を上げた。
視線を向けるとその窓だけ施錠されていなかったようで、開いていたのだ。


「ナイス、進!」
久貴が喜んで駆け寄っていく。
「きっと配信者もここから入ったんだな。昼間の内に鍵を開けておいたんだろう」


進が推測している間に久貴は校舎へと入り込んでしまった。
続いて進も窓から校舎へ入っていく。
「和美はここで待ってる?」
次に校舎へ入ろうとした由佳が振り向いてそう声をかけた。


暗がりで分かりづらいけれど、和美がさっきから青ざめていることに気がついていたのだ。
しかし和美は左右に首を振った。
「ここでみんなを待ってるのなんて無理」


短くそう答えると、最後に窓から校舎へと身を躍らせたのだった。
☆☆☆

夜の校舎内はとても静かだった。
とてもここに人がいるなんて思えない。
4人分の足音だけが廊下に不気味なほど響き渡っている。
和美は由佳の腕にしっかりとしがみついてようやく一歩ずつ足を進めていた。


「まずはどこに行く?」
「調理実習室に決まってんだろ」
進からの質問に当然だと言わんばかりに久貴が答える。


配信は調理実習室からされていたみたいだから、当然の結果だった。
だけどお目当ての教室は1階にあり、外から見る限りでは電気がついていなかったはずだ。
本当にそこに誰かがいるのか、由佳にはわからなかった。


「配信者がいたら、どうするの?」
和美が震える声で聞く。
「まずは交渉をする。10万円をもらえるかどうか。交渉してダメなら、力づくで奪うまでだ」


久貴はそう断言すると拳を作って見せた。
その様子に進が呆れ顔をして左右に首を振った。
「交渉が成立するはずがないから、力づくになるのは目に見えてるな」


「その時は4人全員で力を合わせればどうにかなるだろ」
進の嫌味も通じないようで、久貴はポキポキと指を骨を鳴らし始めた。