アンハッピー・ウエディング〜後編〜

クレーンゲーム、リズムゲームを楽しんだ後。

ここまで色々とカロリー過多で、精神的に疲れてきた。

つーか、何気に、寿々花さんが乱獲したクレーンゲームのお菓子が結構荷物になってる。

まぁ、だからって寿々花さん本人に「持てよ」とは言えないけど。

すると。

「悠理君、あれはなぁに?」

興味深そうに、店内をきょろきょろ見渡していた寿々花さん。

ゲーセンには必ずと言って良いほどある、とあるゲームコーナーの一角を指差した。

「あぁ…。プリクラじゃないか?」

「ぷりくら…?女の子のヒーローの名前?」

「…それは違うものだ」

残念ながら、俺も一度も体験したことないから。

確かなことは分からない。ただ、聞き齧った程度の知識しか知らないんだが…。

「証明写真みたいなものだろ?あの試着室みたいなカーテンの中で、写真を撮って…。で、その写真に好きなフレームつけたり、好きな落書きしたり…」

「写真に…落書き?悪戯みたいだねー」

「それが楽しいらしいぞ。俺にはよく分からないけど…」

プリクラってのは、基本的に女の子が遊ぶゲームだからな。

現に今も、プリクラコーナーには、女子中学生〜女子高校生くらいの女の子達が、友達同士できゃっきゃしている。

ふーん。

友達と一緒に写真撮りたいなら、普通にカメラで写真撮れば良いのに。

最近なら、スマホのカメラだって高性能だし。

何でわざわざこんなところまで来て、一緒に写真撮って遊んでんだろう?

俺にはさっぱり分からんな。

しかし、寿々花さんは…。

「…ほぇー…」

プリクラコーナーを前に、興味津々のご様子。

ほう。興味あるのか。

「寿々花さん、あんたにも普通の女の子らしいところがあったんだな…」

「ほぇ?」

「良いぞ、行ってこいよ。興味があるならやってみれば良い」

「本当?ぷらくり、やっても良い?」

「…プリクラな、プリクラ」

あと、いちいち俺に許可取らなくても良いから。

興味のあるゲームを見つけたら、俺に断らなくても好きなように…。

「じゃ、悠理君も一緒に行こ」

「は?」

寿々花さんは、がっちりと俺の腕を掴んだ。

そのまま、手近にあったプリクラ機に強制連行。

ちょ、まっ…!

「俺も一緒に撮るのかよ…!?」

「え?悠理君、今やっても良いよって」

いや、それは寿々花さんが一人で行ってきて良いよ、って意味だったんだけど。

男の身でプリクラコーナーに入るのは、かなりの勇気と度胸が要る。

抵抗したいところだったが、寿々花さんが。

「悠理君と一緒じゃなきゃ行かない」

「…子供かよ…」

幼稚園児みたいな駄々をこねるから、仕方ない。

ついていかない訳にはいかないじゃないか。そう言われたら。

こうして俺は、人生初のプリクラを体験することになったのだった。

…出来れば、一生経験したくなかったな。
10分後。

えー。人生初のプリクラの感想ですが。

「…疲れた…」

どっと疲れました。はい。

「わー。見て見て、悠理君。さっき撮った写真が、シールになってるー」

寿々花さんは、早速印刷されたプリクラを嬉々として持ってきた。

楽しそうで何より。

俺の疲労感なんてどうでも良いんだよ。寿々花さんが楽しんでくれたなら、それで。

いやぁ、初めて体験したけど。

プリクラって凄いな。

何がって、もう何もかも全てが凄いとしか言いようがない。

最初から最後まで超ハイテンションなノリで、ついていくのに苦労したよ。

驚いたのは、肌の白さやら、目の大きさやら、髪の色まで自由自在に選ぶことが出来るという点だ。

フレームを選べるだけじゃねーの?

肌の色や髪の色まで変えられるんじゃ、それもう本人じゃねーじゃん。

完全に別人だよ。

で、落書きで好き勝手自由に写真を弄れる訳だろ?

やっぱり別人じゃん。

「はい、こっちは悠理君の分」

「…どうも…」

印刷されたばかりのプリクラを、恐る恐る受け取ってみてみると。

「…これは酷い…」

いくら初めてとはいえ、これはひでぇよ。

そこに写っていたのは、完全に挙動不審に陥った、無駄に肌が白いブサメン。

やっぱり男が撮って良いものじゃないって。

隣に写っている寿々花さんが美人なもんだから、余計俺のブサメンが際立ってるって言うか…。

…ぶっちゃけ、恥ずかしいから、もう…。俺の部分だけ消去したい。

それなのに。

「ねぇねぇ、見て見て。これ、悠理君の目からビームが出てるんだよー」

寿々花さんは無駄にハイテンションで、嬉しそうに、自分が落書きしたプリクラを見せてくれた。

俺の両目から、赤いキラキラのビームが発射されている。

なんつー落書きしてんだよ。

「これ、面白いねー」

「…良かったな…」

「やったー。これ、ペンケースに貼ろう」

「それはやめてくれ」

絶対に外に持ち出しちゃ駄目。絶対。

俺のこんなみっともない姿、誰にも見られたくないもん。

このプリクラは俺の黒歴史として、机の引き出しの奥の奥に、深く封印されることになるだろう。
プリクラの後も、いくつかのゲームを体験して。

「楽しかったー」

「…良かったな…」

初めてのゲームセンターを、心ゆくまで堪能して。

寿々花さんは、非常にご満悦な様子。

寿々花さんの、この弾けるような明るい笑顔。

これを見られるなら、俺の今日一日の疲労感など何だと言うのか。

安いもんだ。

「ありがとう、悠理君。悠理君のお陰で、今日、とっても楽しかったよ」

「そうか。それは何よりだ」

「悠理君と一緒だと、色んなことが楽しいね。色んな初めての経験が出来て、凄く嬉しい」

そうか。それは俺も同感だよ。

寿々花さんと一緒だと、これまで出来なかった様々な経験が出来る。

…まぁ、プリクラは…あんまり経験したくなかったけどな…。

「…えへへ。ありがとう、悠理君」

「…」

照れ臭そうに微笑む、寿々花さんの笑顔を見ていると。

あー、連れてきて良かったなーと思うんだから、やっぱりズルいよ。

この人、これで俺より歳上なんだぜ。信じられるか?

「また来ようね。また今度」

「あぁ、また今度な」

「今度は、もっといっぱいうんまい棒取ろーっと」

「…うんまい棒は…もう良いんじゃないか…?」

今手元にある分だけでも、これどうすんの?って感じ。

つーか、あんたワサビ味なんて食べられないだろ。

案の定、家に帰ってから、獲得したばかりのうんまい棒をおやつに食べたところ。

子供舌の寿々花さんは、ワサビ味をひとくち齧ってギブアップ。

残りのうんまい棒ワサビ味は、残らず俺に回されることになった。

…うん。

…来週、雛堂と乙無に押し付けよう。
…寿々花さんと一緒に、ゲームセンターに行った翌週。

そろそろ2月も終わり、三学期もあと少しだなぁという頃。




「よし!そんじゃあ改めて…今週末の土曜日はリア充悠理兄さんに、ずっと行きたかったカフェでしこたま奢ってもらうとするかな!」

高らかに宣言する雛堂。

…寿々花さんと遊びに行った翌週に、更に今度は雛堂達と遊びに行くとは。

今更だけど、俺も忙しくなったもんだな。

中学の時までは、割と休日は暇を持て余していたのだが…。

…まぁ、でも…こんな毎日も悪くない、と素直に思う。

…奢らされるのは不本意だけどな。


…ともあれ。

週末は雛堂達と出掛けるって、寿々花さんに言っとかないとな。

まさか「行くな」とは言わないと思うけど…。




「寿々花さん、ちょっと」

「ふんふんふーん♪ゆーりくんと〜。くりぷら〜♪」

俺が話しかけたことにも気づかず、寿々花さんは先日一緒に撮ったプリクラを、リビングの壁時計にくっつけていた。

おい。話を聞けって。

あと、くりぷらじゃなくてプリクラな。プリクラ。

それからついでに、その辺に貼るんじゃない。

つい二日前も、いつの間にか冷蔵庫の扉の内側にプリクラが貼られていて。

朝、お弁当を作る時に冷蔵庫を開けた瞬間、目からビームを発射する自分を見つけて、俺はびっくりして手に持っていた卵を落とした。

あの卵は本当に勿体ないことをした。

卵まみれの床を掃除してから、何でこんなところにプリクラを貼り付けてんのかと、寿々花さんに説教したが。

寿々花さんは何が悪いのかさっぱり分かってなかったようで、首を傾げてぽやーんとしていた。

あんた、その顔をすれば誤魔化せると思ったるだろ。

ったく、何がしたいんだか。このお嬢様は…。

…それよりも。

「おい、こら。話を聞け」
 
「はっ!脳内に直接、悠理君の声…!?」

「ふざけんな。普通に耳で聞こえてるだろ」

乙無じゃないんだから。脳内で会話すな。

「あ、悠理君だ。どうしたのー?」

ようやく、俺が話しかけていることに気づいたようだ。

おせーよ。

「今度の週末、俺、出掛けるから」

「…!」

「家に居ないから。留守番しててもらえるか?」

寿々花さんにそう頼むと、彼女はじー、っと無言でこちらを見つめた。

な、何だよ?

なんか不味かったか?

「え、えっと…?」

「…何処に行くの?家出…?」

「…雛堂達と遊びに行くだけだよ」

「そっかー…」

仮に家出だとしたら、わざわざ宣言していかねーよ。

黙って行くわ。

って、家出なんてしないけど。

「何処に遊びに行くの?」

「さぁ、俺にもよく分からん。なんかお洒落なカフェがどうのって言ってたな…」

「…そっかー…」

「…」

いまいちはっきりしない返事…と言うか。

…ちょっと落ち込んでるようにも見える。

「…えっと、なんか駄目だったか?やりたいことでもあった?」

「えっ…」

「もし用事があるなら、雛堂達に頼んでまた別の日にしてもらうから。遠慮なく言ってくれ」

寿々花さんの予定の方が優先に決まってるからな。

何なら、来月の春休みまで待っても良いんだし。

どうせ雛堂も乙無も、毎日暇してるだろうからな。

俺も人のこと言えないけど。

「ううん…。そうじゃなくて…」

「…そうじゃなくて?」

「悠理君とお出掛けかー。羨ましいな…。…悠理君が居ないの寂しいな…」

寿々花さんは俺に聞こえないくらい小さな声で、ボソボソと呟いていた。

…?

ちょっと、よく聞こえなかったんだが…。もう少し大きな声で言ってくれないか。
「えーっと…。寿々花さん…?」

「でも、悠理君だってお友達と遊びに行きたいよね。悠理君は私と違って、お友達がたくさんいるんだし…」

相変わらず、ボソボソと呟いている。

一人で何喋ってんの?

「…よし。ここは笑って送り出してあげよう」

「寿々花さん、あんたさっきから一人で何を…」

「…うん!大丈夫だよ、悠理君」

寿々花さんは突然声を大きくして、こちらを振り向いて言った。

えーっと…?

「行っておいでよ。私、ちゃんとお留守番してる。エリート自宅警備員になるから」

ニートかよ。

「本当に大丈夫か?一人で留守番出来る?」

「うん、出来るー」

幼稚園児とお母さんの会話。

大丈夫なのか…?本当に。任せて大丈夫か。

「なんか不安なことがあったら、俺のスマホに連絡してくれ。すぐ帰ってくるから」

「うん、分かった」

「お土産買って帰るからな。楽しみにしててくれ」

「やったー」

…若干の不安は残るものの。

一人で留守番出来ると言い張るのだから、多分大丈夫…だと思おう。

まぁ、寿々花さんに留守番を頼むのは、今回が初めてじゃないし。

留守番と言っても、丸一日じゃなくて、精々数時間程度だし。

任せても問題ないだろう。






…と、この時軽く考えていたせいで、後に深刻な騒動を引き起こすことを、俺はまだ知らない。
で、迎えた週末。

玄関で、ぶんぶんと手を振る寿々花さんに見送られ。

俺は雛堂と乙無の三人で、雛堂が行きたがっているという高級カフェ(?)に向かった。

俺にとって高級カフェと言えば…真っ先に思い浮かぶのは、有名なコーヒーショップ『スターボックス』。略してスタボだが。

多分雛堂が行きたがってるカフェは、スタボではないんだろうな。

だって、カフェに行く為に、わざわざ電車に乗って移動するくらいだから。

電車に乗って、駅に着いたらそこから更にバスに乗って。

大移動だよ。

「一体何処まで行くんだ…?」

スマホを見ながら道案内をしてくれる雛堂に、俺はそう尋ねた。

遠くね?こんなところまで。

「大丈夫、大丈夫。もうすぐだからさー」

「コーヒー飲むくらい、別に近所でも良いじゃん」

「ちっ、ちっ。分かってないなー悠理兄さん。今日これから行く『カフェ』は、そんじょそこらのカフェとは違うんだよ」

ふーん?

何?そんじょそこらのカフェじゃないカフェって。

「乙無、何か聞いてるか?」

はしゃぐ雛堂を尻目に、乙無に尋ねてみたところ。

「さぁ。僕が質問しても、『当日までお楽しみ!』とか言って答えてもらえませんでしたし」

「そうか…」

何がお楽しみ、だよ。

どんなカフェなんだろうな?

高級カフェって言うくらいだから、海外産のお高いコーヒー豆で作ったコーヒーを出すんだろうか。

などと考えながら、雛堂の後をついていくと。

「おっ、見えてきたぞ」

「…?…!」

雛堂が指差す方向に、目指すお店があった。

すぐに分かったよ。

だって、お店の前に行列が出来てるから。

すげぇ。めっちゃ並んでる。

「嘘だろ?まだ午前中なのに…」

喫茶店が混むのは午後からじゃねぇの?

午前中で、既にこの行列。

本当に有名店なんだな。

「そーなんだよ、ここは。今日は土曜日だから特別人が多いんだろうけど、平日でも並ばずには入れないらしい」

と、雛堂。

へぇー…。平日でも行列が出来るほど…。

凄いな。こんな店があったのか。

「ってな訳で、自分らも並ぶぞー」

俺達は、行列の最後尾に並んだ。

今日はこれ以外に何の予定もないから、並ぶのは構わないけど…。

果たして俺達の順番が来る頃には、何時になっていることやら…。
ラーメン屋やファミレスと違って、喫茶店はお客さんの回転率が悪い。

そのせいだろうか。

ようやく俺達の順番が回ってきた時には、行列に並んで、およそ一時間半が経過していた。

なげーよ。

軽く映画一本見られる時間だと思うと、めちゃくちゃ長く感じるな。

「あーっ、寒かった…!」 

「全くだ…」

今日は、2月にしては比較的暖かい方だが。

それでも、外でじっと並んで待っていたら、身体の芯から冷え切ってしまった。

風邪引いたらどうしてくれるんだ?全く。

ようやく暖房の利いた店内に入ると、手足に感覚が戻ってきた。

はぁ、生き返った気分…。

…って、何だこの店?

「…!?」

俺は思わず、店の入口で立ち尽くしてしまった。

驚愕する俺に、雛堂が得意げに、

「な?すげーだろ?この店」

ムカつくドヤ顔で、そう言った。

何であんたが得意げなんだよ、と言いたいところだったが。

その珍しい…いや、奇怪な店内の内装を前に、俺は言葉も出なかった。

何が珍しいのか、って?

黒いんだよ。店の中が。

意味不明だと思うだろう?でも、他になんて表現したら良いのか分からない。

とにかく黒いんだ。見渡す限り、ほぼ全てのものが黒い。

店内の壁紙も、床も、天井も、全部真っ黒。

テーブルも椅子も、天井の洒落たシャンデリアも。

店内を忙しそうに歩き回る店員さんの制服も、靴も。

運んでいるトレーも、そのトレーの上のカップもお皿も、何もかもが真っ黒。

見渡す限り、とにかく全部、墨を塗ったように真っ黒なんだ。

「な、何なんだこの店は…?」

「その名も『ブラック・カフェ』。SNSで話題の超人気カフェなんだぜ」

と、雛堂が教えてくれた。

『ブラック・カフェ』だと…?
 
何の捻りもない、見ての通り、ご覧の通りみたいな店名だな。

「とにかく座りましょう、悠理さん。後ろにまだたくさんお客さんが並んでるんですから」

「あ、う、うん」

お店の入口で、さながら寿々花さんのようにぽかーんとしている俺を、乙無が促した。

そうだな。ぼーっとしている場合じゃない。

店員さんに案内され、四人がけのテーブルに腰掛けた。

このテーブルも、座った椅子も、勿論真っ黒。
 
さすがにメニュー表は真っ黒…だと読めないから、黒地の用紙に金色の文字でメニューが書いてあった。

凝ってんなぁ…。

「すげーな、この店…。目が痛くなってきそう…」

煤で汚れてる…訳じゃないよな?

試しに、真っ黒のテーブルに指を這わせて擦ってみた。

が、勿論指先が煤で汚れているようなことはなかった。

さすがにな?

「この店は、とにかく『黒』がコンセプトなんだってさ」

「見りゃ分かるよ…」

「おっと。内装だけじゃないからな。これを見てみろよ」

と言って雛堂は、テーブルの真ん中にメニュー表を広げた。

そこに掲載されたメニューを見て、再びびっくり仰天。

「な、何だ?これ」

「凄いだろ?めちゃくちゃバズってんだぜ」

こんなものが話題になるなんて、どんな神経してんだよ。

メニューに掲載された、商品の写真。

これもまた、頭から墨汁を振り掛けたように真っ黒だった。
『ブラック・カフェ』が誇る、ご自慢のメニューについて紹介しよう。

まず一番のおすすめは、黒いカップに入った真っ黒い紅茶。

コーヒーじゃないぞ。紅茶なんだって。

他にも、クリームソーダ、ココア、ホットミルク、ミックスジュースなど、喫茶店の定番ドリンクも置いてあるらしいが。

それもこれも、全部真っ黒。

黒いカップの中に、並々と黒々とした液体が満たされている写真が、メニュー表に堂々と載っていた。

一周回ってホラーだな。

ココアは分かるけど。黒いホットミルクって何?

それ、本当に牛乳か?

ドリンクメニューだけでも、あまりの黒々しさに辟易したが。

こんなものは、まだまだ序の口。

恐ろしいのは、フードメニューだった。

黒いパンに、黒い具を挟んだブラックサンドイッチ。

黒いお米に、黒い具材がたくさん入った黒いルーがかかったブラックカレー。

黒いアイスクリームに、黒い生クリーム、チョココーティングされているらしい、黒い果物がたくさん乗ったブラックパフェ。

生地も生クリームも、勿論全てが真っ黒のブラックスフレパンケーキ。

などなど。

メニュー自体は、大抵どのカフェにもありそうな定番商品ばかりなのだが。

このカフェは、それらのメニュー全てが真っ黒なのだ。

とにかく全部真っ黒。お皿もフォークもスプーンも真っ黒。

「すげーな…。全然食欲がそそられない…」

寿々花さんの料理みたいだ。

これ…全部コゲてんじゃないよな?

話題性はあるけど、見た目のインパクトばかりが強過ぎて、味は二の次って感じ?

俺にとって、サンドイッチと言えば、

鮮やかなレタスの緑と、ハムのピンク色、黄色のチーズを白いパンで挟んだ、あのカラフルなコントラストが食欲をそそられるのであって。

断じて、こんなパンも中身も全部黒い、得体の知れないサンドイッチ、サンドイッチとは認められない。

つーか、これ中身何挟んでんだよ?

「かろうじて、黒いカレーはギリギリセーフか…?」

「お米も真っ黒ですけどね」

「あ、そうか…。やっぱりアウトだな…」

黒いお米って何だよ。おコゲか?

いずれにしても、全然食欲湧かない。

「これ、どうやって黒い色をつけてるんだ?着色料…?」

だとしたら、余計気持ち悪くて食べられそうにないのだが…。

食紅って奴?あれの黒バージョン?

あれをふんだんに使って、白いパンやお米を黒く染め、サンドイッチの中身のレタスやチーズまで真っ黒に…。

薬漬けみたいなもんじゃん。

しかし。

「驚くなかれ、悠理兄さん」

「何をだよ?」

こんなお店がこの世に存在している時点で、大いに驚いてるよ。俺は。

「この店のメニュー全部、合成着色料は使ってない。全部天然素材を使った、自然の色なんだってさ」

「…!?」

嘘だろ。これが天然素材?自然の色?

…もしかして、俺の知らない異界の食べ物だったりする?