「…どういうことだよ?」
いつもは遊び好き、イベント好きの雛堂が。
ハロウィンパーティーは出来るのに、クリスマスパーティーは出来ないって?
「クリスマスは毎年、うちでクリスマスパーティーやるんだわ。チビ共が楽しみにしててさぁ…」
とのこと。
あぁ、成程。
小さい子は楽しみだよな。クリスマスパーティー。
「うちはほら、親のいない子供の集まりじゃん?自分もそうだったけど、親がいなかったらサンタなんて、生まれてこの方夢物語以外の何者でもないんだわ」
さらっと重い話をするの、やめてもらえないだろうか。
言えない。俺自身は、能天気に小3までサンタクロースを信じていたなんて。
寿々花さんの例にせよ、雛堂の例にせよ…。サンタクロースを無邪気に信じることが出来るって、幸せなことだったんだな。
クリスマスを通じて感じる、親の愛の有り難みよ。
…で。
「だから、年長の雛堂がサンタのかわりをしてやる訳だな?」
「そー。大変だぜ?小遣い以外で好きなもの買ってもらえるのって、クリスマスと誕生日しかないからさー。あいつらここぞとばかりに、好きなクリスマスプレゼントをリクエストしてきて…」
そりゃそうだろう。子供達は皆、クリスマスプレゼントを楽しみにしてるもんだよ。
親の有無は関係ない。
「わざわざそれを買いに行かされんのさ。面倒臭いのなんのって」
「まぁまぁ…そう言わず付き合ってやれよ」
「付き合ってられるかよ。去年なんか、チビの一人がゲームソフトを欲しがってたから、わざわざ買いに行ったんだけど…」
「…だけど?」
「限定生産のゲームソフトが欲しかったらしいんだが、そんなこと知らなくて、通常版の方を買っちゃって…。渡したら『これじゃないのにー!』って大泣きだぜ?」
う、うん。
それは大変そう。
「何がどう違うんだっての。良いじゃん通常版でも。大して変わんねーよ」
「子供にその理屈は通じないでしょう?ましてや、周りの子供はリクエストしたプレゼントをもらっている訳で」
と、乙無。
「仰る通り。皆欲しいものもらってるのに、自分だけ違うものもらった、っていつまでも泣いて不貞腐れてるからさ。次の日、わざわざ買った店まで返品しに行って、ちゃんと限定版買ってきたよ。…自分がな」
まぁ、そうなるよな…。
偉い、偉いぞ雛堂。あんたは偉い。
ちゃんと付き合ってあげて、あんたは良いお兄ちゃんだよ。
「プレゼントだけじゃなくて、パーティーそのものも面倒臭いしなー…。注文したチキンをケ●タッキーに取りに行ったり、その足で、今度は予約しておいたケーキを取りに行ったりさぁ…」
余程毎年苦労しているのか、盛んに愚痴る雛堂である。
良いじゃん。たまには愚痴らせてやってくれよ。
何だかんだ言いつつ、ちゃんと下の子達見ててあげて偉い。
兄弟のいない俺には、分からない苦労がたくさんあるんだろうなって。
「このケーキがまーた大変。揉め事の種は大抵、このケーキなんだわ」
「え、何で…?」
クリスマスケーキ、子供は好きだろ?
何で揉めるんだ?喜んで食べるんじゃないのか?
「まず、どのクリスマスケーキにするか決めるのが大変でしょうね。普通の白いデコレーションケーキにするか、チョコにするかイチゴにするか抹茶にするか、チーズケーキにするか…」
「そう!真珠兄さん、それだよ。あんた分かってるな」
「人間の数は欲望の数ですからね。分かりますよ」
成程、そういうことか。
分かってないのは俺だけだった。
うちは一人っ子だから、クリスマスケーキで揉めるということはなかった。
クリスマスケーキの予約表を眺めて、「今年はどのケーキにする?」と聞かれれば、その時の気分で自分の好きなケーキを選ぶことが出来た。
しかし、兄弟が多いとそうは行かない。
さぞや…仁義なき争いが繰り広げられるんだろうなー…。
兄弟の多いクリスマスパーティーなんて、俺には想像することしか出来ないけどさ。
雛堂の疲れた顔を見ていたら、どれくらい大変なのか窺えるというものだ。
苦労してんなぁ…雛堂。
「いっそアソートケーキにしたら…?色んな種類が入ってる奴…」
「一緒だよ。今度はそのアソートケーキの取り合いで揉めるわ」
「あ、そっか…」
「俺はチョコが良いのに!」「僕も!」「○○が勝手にチーズケーキを取った!」みたいな。
終わらない争い。
食べ物の恨みって恐ろしいからな。ましてやクリスマスケーキなんて、子供達皆が楽しみにしてるものだし。
「毎年揉めるのが嫌だからさ、クリスマスは毎年6号の真っ白なデコレーションケーキ、ってことで固定することにした」
うん。その方が良いって。
個人の希望を無視するのは可哀想だけど、毎年これ、ってことに決めてしまえば、余計な争いは生まれない。
「それでも毎年不満は出るけどさ。でもいちいち希望を聞いてたらキリないし。嫌なら食うなってことで」
「そうか…」
「そうまでしてるのに、やれプレゼントが気に入らないの、クリスマスディナーはチキンじゃなくてハンバーグが良いだの、ケーキの大きさが均等じゃないだの、我儘のオンパレードだよ」
…本当、苦労してんなぁ。
寿々花さんよ、我儘ってのはこういうことを言うんだぞ。
雛堂のところのチビ達は、何だかんだ我儘を言える、我儘を言うことを許されている子供達なんだな。
それだけ、普段から雛堂が面倒見てやってるってことだ。
…本当に苦労してんだなぁ。
「毎年毎年、クリスマスシーズンになるとこれだよ。あー面倒臭い。自分も悠理兄さんとこでクリスマスパーティーやりたかったわ」
「…いっそ、ハロウィンの時みたいに、遅れても良いからクリスマスパーティーするか?」
24日や25日じゃなくても、何日か遅れても良いから…ハロウィンの時みたいに。
しかし。
「残念ながら無理だなぁ…。そうすると年末が近いし。年末もやること多いんだわ。大掃除だの餅付きだの…」
あぁ…そういうこと。
クリスマスが終わったら、一気に年末だもんなぁ。
「学校も冬休みになるし…。夏休みの間は、チビ共も友達の家に遊びに行けるけどさ。世間の子供達って大抵、年末年始はじーさんばーさんの家に帰省するだろ?」
「そうだな」
うちはそういうのなかったから、羨ましい話ではあったけどな。
「すると、チビ共と遊んでくれる友達が皆いなくなっちゃう訳。遊びに出かけられないから、必然的に家にいる時間が長くなって…」
「…で、ここでも年長者の雛堂が、そのチビ達の相手をしなきゃいけないってことだな?」
「そうなんだよ。ご明察!本当疲れるぁ〜…」
…お疲れ様、雛堂。
手伝ってやりたいところだけど、兄弟のいない俺では、何の戦力にもならないだろうな。
「だから、折角だけどクリスマスパーティーは無理だな。…悠理兄さんちのクリスマスツリー、自分も見たかったんだけどなー」
「写真…いや、ムービーで良ければ、今度撮ってくるよ…」
「どっちにしても、僕もクリスマスパーティーに参加することは出来ないので、無理ですね」
と、乙無が言った。
「へぇ?何だよ真珠兄さん。クリスマス、何か予定でも入ってんの?…彼氏とデートとか?」
そこはせめて、彼女、って言ってやれよ。
危うくお茶を吹くところだった。
「クリスマスは聖夜ですよ?忌々しい聖神ルデスの虚栄を象徴したかのような、忌まわしい日なんです」
…あ、うん。
「クリスマスなんて、邪神の眷属たる僕が祝う訳にはいきません。この世を呪い、忌まわしい聖神ルデスを呪い、偉大なる邪神イングレア様の威光を信じない全ての愚かな人間共をのろ、」
「あーはいはいいつものな、いつもの」
「ちょっと、いつものって何ですか。話を最後まで聞いてください」
うるせぇ。雛堂の苦労話はともかく、そんな中二病発言を聞いてられるか。
要するに、あんたは暇だってことだろ?
「…まぁ、何にせよ」
と言って、雛堂は机から顔を上げた。
「自分は行けないし、真珠兄さんも邪神の務め(笑)だか何だかで、クリスマスパーティーは出来ないみたいだし」
「そのようだな」
「勝手に(笑)をつけないでください」
うるせぇ。
「折角だから、クリスマスは無月院の姉さんとデートでもしてきたら?」
「でっ…!」
何だよ、その言い方。
クリスマスパーティーなら良いけど。それじゃあまるで、恋人同士みたいじゃないか。
…ない。ないない。有り得ない。
寿々花さんだって嫌がるよ。…多分。
「ほら、夜景の見えるレストランでクリスマスディナーとかさぁ」
「ド定番過ぎて、逆に非リア充って感じですね。大也さん」
「うるせぇ!非リアこそ定番に憧れる生き物なんだよ!」
俺は憧れないけどな。…マジで定番過ぎて。
大体、夜景の見えるレストランでクリスマスディナー…なんて、高校生の身分で贅沢過ぎるだろ。
それに、そういうお店はもう、何ヶ月も前に予約いっぱいで満席だと思うぞ。
雛堂みたいな、ド定番に憧れるカップル共でな。
「デートしてこいよ、デート。ディナーの後街を歩いてたら雪が降ってきて、ロマンチックなホワイトクリスマス…みたいな」
「夢の見過ぎですね」
「童貞の妄想って感じだな」
いつまで経っても雛堂が非リア充なのは、こういうところが原因なんじゃなかろうか。
俺も人のこと偉そうに言える立場じゃないけどな。
「うるせぇ!聖夜に女の子とデートどころか、サルみたいにキーキー喚くチビ共の相手をしなきゃいけない自分の気持ちが分かるか!?」
分からねぇよ。
分からねぇけど、だからってそんなベタな妄想に逃げるのは良くないと思うぞ。
「世間のカップルは…もっと色んな過ごし方をしてると思うぞ」
「お?何だ、自分らもそうしますってか?このリア充め。爆発するか?お?」
「しねーよ。他人事だと思って適当言いやがって」
普通に過ごすわ。クリスマスだからって、別に特別なことは何も…。
何も…うん。
「そして、ディナーの後は愛のこもったクリスマスプレゼント、だよな!悠理兄さん、くれぐれもプレゼントはよく考えろよ」
「余計なお世話だっての」
雛堂に余計な口出しされなくても、うちはうちなりのやり方で、クリスマスを満喫するつもりだよ。
…と、その場では思ったものの。
家に帰って、改めて。
クリスマスツリーの前にでんと座って、ぽやーんとした顔で延々とツリーを眺めている寿々花さん…を、眺めていると。
また別の考えが浮かんでくる。
特別なことは何も…しないつもりだったけど。
…ケーキとチキンくらいは、用意しても良いかな。
寿々花さん、あんなにクリスマスに夢を持って…クリスマスツリーであれほど喜んでるんだから。
せめて、人並みにクリスマスっぽいことをするくらいなら、良いよな?
クリスマスケーキがあったら、多分寿々花さんも喜ぶだろう。
予約、まだ間に合うかな…。ケーキ屋でクリスマスケーキ、予約しておこう。
…それから。
今日の昼休み、雛堂が言っていたことを思い出す。
夜景の見えるレストランでクリスマスディナー、じゃなくて。その後言ってたこと。
そう、クリスマスプレゼントのことである。
ツリーが既にプレゼントみたいなものだから、別に良いかって思ってたけど…。
…それはそれ、これはこれ、だよなぁ?
寿々花さん、クリスマスプレゼント何か欲しいのかな…。
誕生日の時も思ったけど…人にプレゼントあげるのって、ましてや異性へのプレゼントって、なかなか難しいよな。
ましてや、うちの寿々花さんは…小さい頃、ろくにクリスマスプレゼントをもらった経験がない。
果たして寿々花さんは、どのようなクリスマスプレゼントを欲しがるのだろうか。
もらって嬉しくないってことはないだろうけど、どうせなら喜んでもらいたいと思うのが当然だろう?
何が良いかなぁ。お絵描き用のクレヨンとか?着せ替え人形とか?…多分玩具の方が良いんだろうな。
…などと、呑気に考えていられたのは。
我が家に、「奴」がやって来るまでのことだった。
近頃は、毎日クリスマスツリーに夢中だった寿々花さんだが。
今日は、いつもとちょっと様子が違う。
…と、言うのも。
「悠理君、まだ?まだ無理?まだ?」
うきうきわくわく、と聞いてくる聞いてくる。
そうだな…見たところ…。
「…うん、もう良いんじゃないかな」
「やったー」
両手を上げて大袈裟に喜んで、一体何にそんなに興奮しているのかと言うと。
本日のおやつである。
無月院家のお嬢様が、こんなに喜ぶおやつ。
きっと、さぞかし名のある名店で買ったスイーツなのだろう、と思うことだろう。
確かに有名なおやつだぞ。古くから日本で食べられてきた、歴史あるおやつだ。
ではご紹介しよう。本日の我が家のおやつ。
「はい、干し柿」
「わーい。ありがとー悠理君」
…嘘は言ってないぞ。
立派なおやつじゃん。干し柿。
自家製だぞ。
数週間前に干した干し柿、そろそろ食べ頃かなと思って。
早速家の中に持って入って、吊るしていたロープから外す。
そのうちの一個を、寿々花さんにあげた。
サラダにしても良いし、ヨーグルトを添えても良いし、クリームチーズと一緒に食べても良いけど。
やっぱり俺は、シンプルにそのまま齧り付くのが一番好き。
問題は、寿々花さんの口に合うかどうか…だよな。
元々好き嫌い…と言うか、食わず嫌いの多い人だからな。
それに干し柿って、俺は美味しいと思うけど。
貧乏臭いとか、色、見た目が気持ち悪いとか、食感が好きじゃないとか、そういう理由で割と好き嫌い分かれる印象。
小学校の時、一回「日本の古き良き献立」云々で、給食のデザートに干し柿が出たことがあるんだが。
その時、結構な数のクラスメイトが干し柿を嫌がって残していて、びっくりしたことを覚えている。
俺は小さい頃から、普通におやつとして食べてたから。
納豆ほどじゃないけど、好き嫌いの分かれる食べ物であるらしい。
…何度も言うが、俺は好きなんだけどな。
果たして、これが寿々花さんの口に合うだろうか。
ましてや、無月院家のお嬢様の口に。
「これが干し柿かー…」
寿々花さんは、しげしげと干し柿を見つめていた。
興味津々のご様子。
何にでも興味を持つのは、寿々花さんの短所でもあり、長所でもある。
「無理して食べなくて良いからな。口に合わないも思ったら残しても、」
「ぱくっ」
あ、食べちゃった…。
初めての食べ物なのに、もうちょっと警戒心はないのか。
「もぐもぐ…」
「お、おい。そんなに勢い良く齧って大丈夫か…?」
「何これ、マズっ!」とか言って、吐き出したらどうしよう。
しかし、寿々花さんは。
「もぐもぐ。悠理君が作ったものなんだから、不味いはずがないよ」
何?その信頼感。
何処から出てくるんだよ。
信じてくれるのは嬉しいけど、俺だって料理に失敗することは普通にあるからな。
…で?
「…どう?味」
「ふぇ?」
「干し柿。美味い?」
「うん。うまいー」
目ぇキラッキラの寿々花さんである。
そうか、美味いか。
そりゃ良かった。
「これって本当に柿?しぶーい柿なの?」
「あぁ。しぶーい柿だよ」
「しぶーい柿が、こんなに甘くなるの?干すだけで?何で?」
「…何で…なんだろうな?」
改めて聞かれると、返答に困ってしまう。
俺、毎年家で干し柿作ってたけど。一度も考えたことなかった。
干し柿って…何で、干すと甘くなるんだ…?
分からずに作ってたのかよ。だっせぇ。
偉い人、誰か教えてくれ。何で渋柿は干すと甘くなるのか。
「大丈夫だ、気にするな。美味けりゃそれで良い」
「うん、分かったー」
何でかは分からないけど、渋柿は干すと甘く、美味しくなるんだよ。
それだけ分かってれば良い。
「あ、種があるからな。種は食べずに、」
「食べちゃったー」
気がつくと、寿々花さんはぺろっと干し柿を一個、あっという間に完食していた。
種ごとまるまる食べやがった。
こら。ペッてしなさい。種ごと食べる奴があるか。
ごめん。先に言わなかった俺が悪かった。
「干し柿って美味しいねー」
余程気に入ったらしく、早速二個目をパクついていた。
こんなに気に入ってるなら、また追加で干そうかな。
俺も、今年初めての干し柿を自分で食べてみた。
うん、これはなかなか。
「美味しい?悠理君。うまい?」
「うん。美味いよ」
「良かったねー」
誰が何と言おうと、やっぱり美味しい。
冬の味だなぁ。
「そのまま食べるのも良いけど、ヨーグルトと一緒に食べたり、サラダにしても美味しいぞ」
「ほぇー、凄い。可能性が無限大だぁ」
その通り。
しかし、問題もある。
「一気にたくさん食べたら駄目だからな。今日は、これでおしまい」
「…!いっぱい食べたら駄目なの?」
そう、駄目なんだよ。
これが欠点だよな。
「干し柿を食べ過ぎると、身体に石が出来るんだって」
俺も昔、今の寿々花さんみたいに、無邪気に美味しいからって干し柿を食べてたけど。
そんな俺を、よく母さんがそう言って叱ったものだ。
干し柿は一日一個、多くても二個まで。
これ、大原則な。
「明日からは、一日一個な」
「そうなんだ…。一日に一個しか食べられないお菓子…。何だか凄く希少価値のあるお菓子だね」
「お、おう…」
「そんな珍しい凄い食べ物を作れるなんて…悠理君って、やっぱり凄い」
…前向きな解釈してんなぁ…。
そんな大層なものだっけ?干し柿って。
…まぁ、良いか。そういうことにしておこう。
「美味しいなぁ、悠理君の作るご飯は何でも…。…フランスにいるお姉様にも、一度食べさせてあげたい」
と、寿々花さんはしみじみ呟いた。
「いや、そんな…。とてもじゃないけど、椿姫お嬢さんに食べさせられるようなものは…」
「…あ、そうだ。椿姫お姉様と言えば。この間、アドベンドカレンダーを送ってくれた時に…」
寿々花さんがそう言いかけた、その時だった。
突然、我が家のインターホンが鳴り響いた。
ったく、よく来客のある家だよ。
今度は誰だ?また宅配便か。
「ちょっと出てくる」
「私も行くー」
てこてこ、と寿々花さんが後ろからついてきた。
誰かと思って、玄関の扉を開けたところ。
そこにいたのは。
「ごきげんよう」
「げっ…!」
顔を見た途端、思わず扉を閉めそうになった。
…出たな。この野郎。
「あ、円城寺君だ…」
そう。我が家を訪ねてきたのは、寿々花さんの元婚約者。
円城寺雷人であった。
何でここにいるんだよ。あんた、イギリス留学中じゃなかったのかよ。
しょっちゅう帰ってきてんな。本当に留学してんのか?
「…何でいるんだよ?」
「随分な言い方だな。貧乏人は知らないのかもしれないが、今はクリスマス休暇中なんだ」
やれやれ、とばかりに頭を振る円城寺。
ふーん。クリスマス休暇…。
要するに、冬休みってことな。
休みの度に日本に帰ってきて、そしてわざわざここに…寿々花さんのもとを訪ねてきていると。
来るな、とまでは言わねぇよ。
ただ、来るなら来るで、アポイントメントを取ってから来てくれないか。
何で突然来るんだよ。迷惑だろうが。
それとも何か。自分の訪問は、いつだって歓迎されて然るべきだと?
調子に乗るな。迷惑なもんは迷惑だ。特にあんたはな。
「日本でも、この時期は学校が休みなんだろう?暇してるだろうと思って、訪ねてきてあげたよ」
何様?
「生憎だが、こっちはまだ休みじゃないし、ついでに暇でもねーよ」
あんたと一緒にしてくれるな。
「そうだよ。今、悠理君と一緒におやつを食べてるところだったんだから」
と、誇らしげに胸を張る寿々花さん。
「おやつ…?ほう、アフタヌーンティーか。何を食べたのかな?スコーン?ペストリー?それともサンドイッチ…」
お生憎様。
そんな御大層な、優雅なアフタヌーンティー(笑)ではない。
「よし、言ってやれ。寿々花さん」
「うん。干し柿だよ」
「…は?ほしがき?」
知らないのか、干し柿。
イギリス留学して英語ペラペラでも、干し柿一つ知らないんじゃあな。
「何だ、それは…。新しい焼き菓子の名前か?」
「ううん。渋柿を干したおやつだよ」
「か、柿…?」
「ほら、あれ」
と言って寿々花さんは、庭先でカーテンのように干している干し柿を指差した。
どうよ。
我が家の、自慢の干し柿だぞ。
しかし円城寺は、露骨に顔をしかめた。
「何だ、あれは…?あれが食べ物なのか?」
「うん。凄く美味しいんだよ。渋柿を干したら甘くなるの。凄い発見でしょ?」
「いや、別に…。あんな、庶民の貧乏臭そうな食べ物…」
何だと?
「一日に一個しか食べられない、とっても貴重な食べ物なんだよ」
「…!あれが…?」
寿々花さん、ナイスフォロー。
そう。一日に一個しか食べられない、大変希少価値の高い食べ物なんだよ。凄いだろ?
…そう思うと、とんでもなく干し柿の価値が爆上がりしてるような気がする。