アンハッピー・ウエディング〜後編〜

早速、俺の部屋にやって来た寿々花さんは。

しばし吟味するように、俺のタンスの中を物色し始めた。

…何の躊躇いもなく。

あんたな…。いくら一緒に暮らしてるとはいえ、よくもまぁ、男のタンスをそんな…。

何の躊躇いもなく開けて、平気で中を物色出来るもんだよ。

もうちょっと躊躇わないか?普通。女子なら。

…まぁ、逆にこれで良かったのかもしれない。

いちいち恥ずかしがられたら、こっちまで恥ずかしくなってくるだろうから。

そもそも恥ずかしいと思ってるなら、わざわざ俺の服を貸してくれ、と頼んだりはしないだろう。

「どれなら良い?どれだったら私が着ても良いかな」

「あ?別に良いぞ、どれでも」

どうぞ、遠慮なく。俺の服で良かったらどれでも。

俺は別に、自分の服にそんなにこだわりないし。

「そっかー。どれにしよっかなー」

とか言いながら、寿々花さんは一枚一枚、服を手にとっては眺めていた。

…今時の高校生にしてはダサい…とか思われてんのかな。

自慢じゃないけど、俺は服のセンスなんて皆無だからな。

流行に釣られるタイプでもないから、時代遅れのデザインもたくさん混ざっている。

良いじゃん、別に。普段着くらい何でも。

ファッションモデルでもあるまいに。

いちいち、シーズンごとに流行の最先端を追ってたら、キリがないっての。

「どうだ?お眼鏡に叶う衣装はあったか?」

「このタンスの中の服、どれも悠理君の匂いがするー」

「…それって、俺、もしかして悪口言われてる?」

タンス用の脱臭剤、買って入れておこう。

「…よし、決めた」

「…何だよ…?」

「これにする。これ貸してー」

と言って、寿々花さんが選んだ一着は。

「そ、それは…」

タンスの一番隅っこに入れていたはずの、制服だった。

俺が中学校の時に着ていた、学ラン。

奇しくも、寿々花さんも俺と同じく、学校の制服をコンテストの衣装に選んだらしい。

いや、でも。それはちょっと…。…どうなの?

「…駄目?」

「いや、駄目ってことはないけど…」

どれでも好きなのを、って言った手前…それはやめておけ、とは言えないけど。

俺のタンスの中にあるダサい服のラインナップから、敢えて一番ダサいであろうその学ランを選ぶとは。

しかも、3年間着古してるから、よれよれだし。

…汗臭くね?それ。大丈夫か?

汗臭いより、カビ臭いんじゃね?

「このお洋服、悠理君が着てるの見たことないね。お気に入りなの?」

「お気に入りじゃなくて…それ、中学の時の制服だから」

「中学?悠理君が中学生の時の制服、これだったの?」

「あ、うん…」

昔懐かしの、ダサい学ランだよ。

…それが何か?
「そっかー。悠理君、去年まで毎日これ着てたんだー…」

しみじみ、と学ランを眺める寿々花さん。

…そんなまじまじと見るようなもんじゃねーだろ。

学ランなんて。非常にありふれた制服だからな。

「そう、去年まで毎日着てたからさ…。結構よれよれだし、匂いも…」

「匂い?…くんくん」

「ちょ、嗅ぐなって、馬鹿」

あろうことか寿々花さんは、俺の学ランの首元に顔をくっつけて、匂いを嗅いでいた。

アホなのか。勇者か?

「臭いだろ。ずっとしまってたから…。着るつもりなら、一度洗濯するよ」

「ううん、大丈夫。何だか…染み付いた悠理君の匂いがする」

「そうか。急いで洗濯しよう」

可及的速やかに洗濯しよう。

何ならもう、タンスごと丸洗いしたい気分。

自分の匂いって、自分ではなかなか分からないもんだからなぁ…。

知らない間にめちゃくちゃ臭くなってるとか、あるある。

「これ着たい。悠理君の制服〜」

何故嬉しそうなのか。

別に良いけど…。好きなようにすれば。

「私、これ似合うかな?」

「さぁ…。あんたは顔が良いから、学ランだろうと鎧だろうと、何でも似合うんじゃね?」

「ありがとう。悠理君も格好良いから、きっと何を着ても似合うよ。ワンピースとかスカートを穿いても似合うと思う」

それは褒め言葉だと思って良いんだよな?

全然嬉しくはないけど。





…ともあれ、これでお互い、コンテストで着る衣装が決まった。

やれやれ。衣装だけで大騒ぎだよ。全く。
その後の数日も、毎日文化祭の準備に追われ。






いよいよ、聖青薔薇学園文化祭の当日を迎えた。





さぁ、いよいよ始まった文化祭。

昨日までに、雛堂達と協力しながら、準備万端整えてきたからな。

特にこの数日と来たら、あまりの忙しさに、雛堂がまたしても白目を剝いていたくらいだから。

今日は、その成果を遺憾なく発揮したい。

…ところだったが。

問題は、苦労して開店した『HoShi壱番屋』に、ちゃんとお客さんが来てくれるのか、という点だ。

こればかりは、俺にはどうしようもない。

教室の真ん前には、立派な看板を立ててある。

クラスメイトと協力して、ペンキを塗って作った力作である。

とは言っても、某カレーショップのロゴマークをモチーフにした、パクリ看板だけど。

クラスメイトに頼んで、手書きのメニュー表をたくさんコピーして、ビラにして新校舎で配ってもらうことにはなっているが。

果たして、あの白黒印刷の安っぽいビラに、どれほど効果があるものだろうか…。

カレーの準備も、糠漬けの準備も既に出来ている。

教室の中も、テーブルと椅子を並べ、テーブルクロスを敷いて、ばっちりセッティングしてある。

こちらの準備は完璧。

あとは、カレーを食べにやって来るお客さんを待つだけである。

…しかし。

「…人、来ねぇな…」

「あぁ…来ねぇなぁ…」

「見事に閑古鳥ですね」

恐れていたことが起きてしまった。

開店したのに、お客さんが一人も来ない。

これには、シェフ(俺)も涙目である。
幸先が悪いにも程があるだろ。

これだけ準備万端整えたのに、食べに来る人が誰もいないとは。

どうする?早速、クラスメイトの為に賄いでも作る?

すげー惨めなんだけど?

「まぁ、まだ開いたばっかりですから。お昼時になったら、少しは人、来てくれるんじゃないですか?」

と、乙無が切ないフォロー。

そうだと良いんだけど。

そもそも、文化祭がようやく始まったというのに。

旧校舎全体に、全然活気がないんだよな。

多分うちのクラスだけじゃなくて、男子部のクラスは何処もこんな感じだと思う。

無理もない。

文化祭始まったばかりなのに、わざわざ小汚い旧校舎に先に足を運ぶ物好きがいるかよ。

きっと今頃、新校舎の方は、活気に満ち溢れていることだろう。

…寿々花さん、どうしてんのかな…。

メイドカフェだって言ってたけど…。変な男に絡まれたりしてないよな…?

「まぁ、良いや。真珠兄さんの言う通りだ。昼時になったら、人も来るだろ」

と、雛堂は努めて楽観視を装った。

「それまで、トランプでもやって遊んでようぜ」

暇過ぎて、客が来るまで厨房でトランプ遊びをする店主と従業員。

大問題だろ、これ。

でも仕方ないじゃないか。誰もお客さんが来ないんだから。

まぁ、いっか。

そうこうしてたら来るだろう、お客さん。一人二人くらいは。

「じゃ、ババ抜きでもするかー」

「おぉ…」

「一枚のジョーカーを他人に押し付け合う…。まるで社会の縮図のようなゲームですね」

ろくでもないことを言うんじゃない、乙無。

自慢じゃないけど、俺、こう見えてトランプ遊びには慣れてるんだよ。

何せ、寿々花さんに何度も付き合わされてるからな。

だから、トランプにはちょっと自信があった…はずなのだが。
「はい、上がり。これで5連勝〜」

「僕も上がりです」

「ぐぬぬ…」

また、俺の負け。

トランプ開始30分が経過し、俺の手元には見事、5回連続でジョーカーが残っていた。

何だ、このジョーカー。俺に愛着でもあるのか?

必ず、最終的に俺のもとにやって来やがる。

寿々花さん相手なら負け知らずだから、自分は結構トランプに強いと思っていたが。

上には上がいた。当然だけど。

つーか、寿々花さんに勝ったくらいで良い気になってた俺が間違いだった。

何せあの人、ポーカーフェイスってものが苦手らしく。

ジョーカーが自分の手元にあったら、露骨にジョーカーをガン見してるから。

それで分かるんだよな。

難易度で言うなら寿々花さんはイージー、雛堂と乙無はルナティックレベル。

俺が勝てるはずがない。

「あんたら…何でそんなに強いんだよ…?」

そりゃ俺が悪いよ。寿々花さん…イージー相手に連勝して天狗になってた俺が馬鹿。

でもだからって、俺だって、めちゃくちゃ弱いってことはないと思うんだけど?

雛堂と乙無が強過ぎる。

「あたぼうよ。何せ自分はちっちゃい頃から一人ぼっちで、一緒に遊んでくれる親も兄弟もいなかったからな。一人でずっとトランプ弄って遊んでたんだ。お陰で、今でもトランプなら負け知らずだぞ」

軽い気持ちで聞いたら、予想以上にヘビーな理由で反応に困る。

そういう重い話を、さらっと言うのはやめてくれ。

「真珠兄さんも、トランプで一人遊びしてたクチか?」

「いいえ?このような安っぽいカード遊び、邪神の眷属である僕にとっては児戯も同然。この僕が本気を出せば、トランプ遊びなんかで負けるはずはありませんが…」

「負けてんじゃん、雛堂に」

「勝ちを譲ってあげてるんですよ。人間相手に大人気ないことをしては、可哀想でしょう?」

などと、苦しい言い訳をしており。

それでも俺より強いんだから、乙無もすげーよ。

畜生…。さすがに5連敗は悔しいぞ…。

何としても、せめて一回くらいは勝ちたい。

「次だ、次。次は別のゲームを…大富豪とかやろうぜ」

「お、良いぜ。現実だと大貧民だけど、トランプの大富豪なら自分、超得意だからな」

さらっと重いこと言うのやめろって。

ババ抜きが駄目なんだ。ババ抜き以外なら、俺にも勝ち目があるかもしれない。

すると。

「…ねぇ、悠理さん。大也さん」

乙無が、真顔で俺と雛堂を見つめていた。

「何だよ?大富豪は苦手だから嫌だ、って言うんじゃないだろうな」

邪神の眷属を騙るなら、大富豪くらい受けて立てよ。

しかし、乙無が言いたいのはそういうことではなく。

「トランプに熱中するのも良いですけど、本業を忘れてませんよね?」

は?…本業?

本業って何…と、言いかけたが。

辺りに香る、芳ばしいスパイスの匂いで我に返った。

…そうだった。

今の俺達、カレー屋が本業なんだった。

あまりにも人が来なさ過ぎて、危うく本業トランプ職人になるところだった。
「…来ねぇな、人…」

「…あぁ…」

閑古鳥が、それはもう甲高い声で鳴いているのが聞こえてくるようだ。

思わずトランプに熱中するくらい、見事に誰も来ない。

俺達今日このまま、ずっと一日中トランプやってんじゃね?

いやいや、そんなまさか…。

…。

…有り得る。

「ビラ、配ってもらってんだよな?」

「一応…。そのはずだけど…」

「全く効果がないようですね」

…そうだな。

きっと新校舎には、俺達のにわかカレーより目を惹かれるものがたくさんあるんだろう。

と言うか、わざわざ旧校舎まで来るのが大変なんだと思う。

立地条件が最悪だよなぁ…。

新校舎を駅チカ徒歩二分だとしたら、旧校舎は駅からバスを乗り継いで一時間。くらいの差がある。

誇張じゃないぞ。実際それくらい違う。

既に文化祭が始まってから一時間以上経つのに、誰一人客が来ていないのが何よりの証拠だろう。

まだ昼時じゃないから、とはいえ…。

むしろ昼時になったら、余計お客さんなんて来ないんじゃね?

だって、新校舎にはたくさんの食べ物の屋台が出るんだろう?

目の前に、美味しそうな屋台が軒を連ねているのに。

わざわざ旧校舎まで歩いてきて、カレーを食べに来る客がいるとは思えない。

切ないなぁ…。

苦労して準備したんだからさ…。せめて一人、いや二人くらいは、食べて欲しかったなぁ…。

…と、思っていたその時だった。

「ごきげんよう、皆さん」

閑古鳥が鳴いていた『HoShi壱番屋』、通称ホシイチに。

記念すべき、一人目のお客さんがやって来た。

「おおっ…!やっと来た!らっしゃいやせーっ!」

雛堂、興奮するのは分かるけど、そんなラーメン屋みたいな挨拶をするな。

しかもそのお客さんは、見覚えのある人だった。

「えっ…。小花衣先輩…?」

「えぇ。ごきげんよう、悠理さん。美味しいカレー屋さんは、ここで合ってたかしら」

あ、はい…。

美味しいかどうかは保証しかねますが、カレー屋はここで合ってます。

「え、このお客さん、悠理兄さんの知り合い?」

「園芸委員の先輩…」

…と、もう一人。

大学生くらいの見知らぬ女性が、小花衣先輩と一緒にやって来た。

制服姿の小花衣先輩に対して、こちらの女性は普段着である。

ってことは、聖青薔薇学園の生徒ではない…?

すると小花衣先輩は、俺の視線に気づいたらしく。

「ご紹介しますね。私の従姉妹です」

「初めまして、ごきげんよう」

小花衣先輩と同じく、人の良い優しげな笑顔で、にこっと微笑んだ。

道理で、小花衣先輩の面影があると思った。

この人が、俺に制服を貸してくれた小花衣先輩の従姉妹のお姉さんだったのか。

わざわざ、店の方にまで来てくれるなんて…。
よりによって、一番最初のお客さんが…小花衣先輩と、俺に制服を貸してくれた小花衣先輩の従姉妹さんとは…。

何だか、二重の意味で緊張するな。

あれだけお客さんに来て欲しかったのに、実際にこうして、初めて本物のお客さんがやって来ると。

身構えるって言うか…。いよいよか、って気持ちになるよな。

「え、えっと…。制服、貸してくれてありがとうございます。助かりました…」

まずは、貸してくれた制服のお礼を言わないとな。

「いいえ、良いのよ。気にしないで。私はもう着ないものだから」

にこっ、と微笑む小花衣先輩の従姉妹さん。

見れば見るほど、小花衣先輩に似てるなぁ。

こちらも、小花衣先輩に負けないレベルのお嬢様だということが伺える。

「コンテストも勿論見に行くつもりよ。頑張ってね、是非私の制服をきて、優勝して頂戴ね」

「…あはは。そっすねー…」

「…悠理兄さん、顔が笑ってないぞ」

優勝なんかしようものなら、俺は一生の恥をかく。

…それより。

「えっと…。カレー…食べて行かれます?」

と、俺は尋ねた。

俺に挨拶しに来ただけで、カレーを食べに来た訳じゃありません。とか言われたら。

最初のお客さんが来てくれた、と喜んでいた俺達は、見事にぬか喜びになってしまうところだったが。

「えぇ、勿論よ。悠理さんの作るカレー、是非食べてみたかったの」

と、言う小花衣先輩の背中に、天使の羽根が見えるのは俺だけか。

今日のお客さん、小花衣先輩と従姉妹さんが最初で最後だったとしても。

俺は、もう文句は言わないよ。

って思うくらい嬉しい、有り難いことだった。

「ど、どうも…。どうぞ、お好きな席に」

「ありがとう」

「それじゃあ、失礼して」

客席に座って、手書きのメニューを開く小花衣先輩と従姉妹さん。

すげー…。壮観。

新校舎のお嬢様と、その従姉妹(こちらもお嬢様)が、旧校舎の俺達の教室にいて。

席に座って、カレーのメニュー表を眺めている。
 
凄いシュールな光景。目に焼き付けておこう。

「えっと…ご注文は…?」

「そうね…どれも美味しそうだけれど、私はこの、シェフのこだわりカレーにしようかしら」

よりによって、一番スタンダードなメニュー。

シェフのこだわりと言えば聞こえは良いが、ただの手抜き貧乏豚こまカレーだからな、それ。

「お連れ様は…?」

「私はこのオムカレー。それにサラダをつけてもらえるかしら」

寿々花さん絶賛のオムカレーを注文。

「か、畏まりました…」

いよいよ来たぞ。正真正銘、本物のお客さんが。

俺の手作りカレーが、初めてお客さんの口に入る瞬間である。

…やべぇ。めっちゃ緊張してきた。
仮設の厨房で、おっかなびっくりカレーを温め。

シェフご自慢(笑)の糠漬けを添えて。

「あいよー。悠理兄さんのこだわりカレーとオムカレー一丁、お待たせっしたー」

シェフの俺が、それほど緊張しているというのに。

ホール担当の雛堂は、さながらラーメン屋のノリでカレーを提供。

おい。もうちょっと接客態度ってもんがあるだろ。

果たして、小花衣先輩の反応や如何に。

ハラハラしながら、厨房で客席を覗き見る自信のないシェフ。

「何この貧乏臭そうなカレー。やっぱり要らない」と席を立ったらどうしよう、と思ったが。

「まぁ、良い匂い。とっても美味しそう」

小花衣先輩は、嬉しそうに両手を合わせ。

早速プラスチックのスプーンを手に、いざ実食。

…どうだろう?

口に入れた瞬間顔をしかめなかった辺り、一応それほど不味い訳じゃない…と、思われる。

黙々と食べていらっしゃる。

「どうっすか?美味いっしょ?うちのシェフご自慢のこだわりカレー」

ホール担当の雛堂が、無遠慮に小花衣先輩達に尋ねた。

おい、迂闊にそんな危険な質問をするんじゃない。

「そんなに美味しくないわ」とか言われたら、非常に気まずい空気になること間違いなし。

しかし。

「えぇ、とっても美味しいわ」

にっこりと微笑んで、小花衣先輩が答えた。

本当?マジで?本気でそう思ってる?

お世辞とかじゃなくて?

「でしょ?さっきの悠理兄さんが作った、自慢の逸品なんですよー」

「悠理さんって、お料理上手だったのね。私もお料理には心得があるけれど、こんなに美味しいカレーが作れるかしら」

余裕だと思いますよ。市販のルー使ってるだけなんで。

「このお漬物も美味しいわね。ポリポリした食感が楽しいし、カレーによく合うわ」

と、小花衣先輩の従姉妹さん。

マジで?本当に?

うちで漬けた糠漬けなんですけど、それ。本当に美味しいと思ってます?

嘘でもお世辞でも、褒めてもらえると嬉しい。

「でしょー?うちの自慢のシェフが真心込めて作ってるんでね」

雛堂は雛堂で、客に向かって自慢すんのやめろって。

しかし、小花衣先輩達の褒め言葉は、あながちお世辞でもなかったらしく。

カレーも付け合わせの糠漬けも、残さず綺麗に平らげてくれた。

あざっす。

「とっても美味しかったわ。どうもありがとう」

にっこりと微笑んで、完食。

こちらこそありがとうございます。

今日こうして、お二人が来てくれただけで、カレー屋を開いて良かったと思える。

自分の作ったものを美味しいって食べてもらえたら、それ以上嬉しいことはないよな。

「あざーっす。毎度ありー。良かったらお友達やクラスメイトに、『旧校舎のホシイチ美味いよ』って宣伝しといてください」

お会計を担当した雛堂が、また厚かましくも宣伝を頼んでいた。

「ふふ、分かったわ。クラスメイトにおすすめしておくわね」

不躾な雛堂の頼みも、笑顔で快諾。

本当にありがとうございました。またのご来店を…と思ったけど、今日限りの開店だから、またのご来店はないか。