アンハッピー・ウエディング〜後編〜

もとより人数の少ないクラスなんだから、一人一人の負担が大きくなるのは無理もないことだ。

誰かがやらなきゃいけない役目なら、それが自分に回ってきても文句は言えない。

ましてや、俺がその役目をこなすことで、雛堂を助けられるなら。

「引き受けてやるよ。でも…手伝いはちゃんとしてくれよ?」

「ありがと、悠理兄さん。さんきゅ!やっぱり兄さんは女神だわ!」

女神ではねぇよ。

「…あなたって人は、本当お人好しですね。世渡りが下手なタイプです」

乙無が、呆れたように俺を見てそう言った。

全くだな。自分でもそう思う。

「でも、そういう人は嫌いではないですよ」

「だったら、乙無。あんたも手伝ってくれよ」

「何度言ったら分かるんですか?僕は邪神の眷属として、果たさなければならない使命があるんです。…けど」

…けど?

「まぁ、今回くらいは手を貸してあげますよ。崇高なるイングレア様の名に恥じないように」

おぉ、さすが。

そう来なくっちゃな。

「僕は邪神の眷属ではありますが、鬼ではありませんからね」

「助かるよ、乙無…。今は猫の手でも借りたい状況だからな。邪神の眷属の手なら大歓迎だ」

「全く、すぐ良い気になって…。…今回だけですからね?」

はいはい、宜しく。

天邪鬼な奴だな。ときメロのヤンキーイケメンみたいだ。
その日の昼休みに、早速俺と雛堂と乙無の三人で、『星見食堂』の企画書を制作。

その日のうちに、企画書を委員会に提出した。

細かい箇所は手直しさせられるだろうが、多分このまま通るだろう。

メニューをどうするのか、価格設定や食材の準備、当日の係決めについては後日決めるとして…。

その前に、もう一つ決めなければならないことがあるのを、覚えているな?

…そう、女装・男装コンテストの出場者である。

誰もが緊張と不安を抱えながら、帰りのホームルームの時間がやって来た。

「…えー…ごほん。それじゃあ、女装・男装コンテストの出場者を決めようと思います」

教卓の前に立つ雛堂も、さすがに緊張の面持ち。

今朝、クラスの出し物を決めるときは、あんなにゆるゆる〜っとした雰囲気だったのにな。

今はクラス中に、張り詰めたような緊張感が広がっている。

人間、女装が懸かってたらこんなに真剣になるんだなーって。

「…立候補者は…いませんか?」

真剣な眼差しで、雛堂がクラスメイトに問い掛けた。

クラスメイト達も、負けないくらい真剣な表情で教室を見渡した。

今ここで手を上げる者がいたら、そいつは勇者になれるぞ。

勇者にはなれるけど、一生モノの黒歴史を抱えることにもなるな。

…仮にそういう趣味があったとしても、皆の前ではやらんだろ。

もしそんな奴がいたら、俺は今日からそいつと距離を置くわ。

「…立候補者はいないようだな…」

案の定、クラスメイトは誰一人手を上げなかった。

そりゃそうだろ。

今日だけで何度「そりゃそうだろ」と思ったことか。

誰が好き好んで、恥を晒すような真似をするものか。

こればかりは、誰に頼まれても拝まれても嫌だ。

今、クラスメイトが何を考えているか、手に取るように分かる。

皆同じ気持ちだ。

「頼むから、誰か。自分以外の誰かがやってくれ」ってな。

自分以外なら誰でも良いよ。

でも、そんなこと言ってちゃ一生決まらないから。

「…だったら、仕方ない…。どうしてもクラスに一人ずつ出場してもらわないといけないんで。…あみだくじで決めます」

クラスメイトの間に、更なる緊張が走った。

…やはり、そうなるか。

まぁ、そうするしかないよな。

春の委員決めだって、そうだったじゃん。

結局は、あみだくじや、じゃんけんで決めなければならない。

自分の運に頼るしかないってことか…。

運…運なぁ…。

俺、運には自信がないんだよな。

無月院家の分家として生まれてしまった時点で、俺に人並みの運なんて皆無だよ。

「あみだくじの紙を回すんで、一人ずつ名前を書いてってください…。…勿論、自分も参加します」

文化祭実行委員である雛堂も、生け贄候補からは逃げられない。

…勿論、『星見食堂』の店主となる俺も、例外ではない。

このクラスの一員である限り、必ず運命のくじ引きに参加させられるということだ。
…ほら、俺って運ないじゃん?
 
今朝も、勝手に『星見食堂』なんて決められちゃったしさ。

いや、まぁそれはクラスメイトの民意で決まったことだから、文句は言えないけど。

なんか嫌な予感はしてたんだよ。

分かるだろ?そういう時って。第六感が働くって言うか。

直感でさ、「あ、これ無理だな」って気づくこと、あるだろ?

今回の俺、それだったよ。

あみだくじが回ってきた時、既に嫌な予感はしていた。

きっと気の所為だと思って、必死に大丈夫だと思い込もうとしていた。

だって、十数人分の1だぞ?確率的には。

二分の一とかだったらまだ分かるけどさ。十何人もいる中で一人だけ、なんて。

選ばれない可能性の方が、遥かに高い訳で。

だから大丈夫、俺以外の誰かになるはず…って。

多分、皆思ってたと思う。

十何人でくじを引いて、もし自分が当たったら、そりゃもう何かに取り憑かれてるとしか思えない。

お祓いに行った方が良いよ。

そして。

そんなクラスメイト達の中から、ただ一人選ばれた不幸過ぎる生徒の名前は。

「えー。厳正なるあみだくじの結果…。女装コンテストに出場する生けに、いや代表者は…星見悠理兄さんに決まりました。はい、拍手〜」

わー、パチパチパチ。

…。

…拍手〜、じゃねぇんだよ。

何ッにも、一ミリもめでたくねーから。

それどころか、洒落にならない悲劇なんだけど?

今日だけで俺、運がないにも程があるだろ。
…ホームルームの後。

クラスメイト達は、それはもう安堵した表情で、ホッと胸を撫で下ろし。

足取り軽く、教室から出ていった。

…俺を除いて、だけどな。

…どうすんの?これ。

どうすんのっつったって、どうしようもない。

厳正なるあみだくじの結果なのだから。誰にも、俺にも、文句はつけられない。

だが、だからといって喜んで引き受けるとは言ってない。

「…悠理さん。今日ばかりは、心の底からあなたに同情しますよ」

机に肘をついて頭を押さえている俺に、乙無が労いの言葉をくれた。

そりゃどうも。ありがとうな。

「同情するなら代わってくれ」

「お断りです」

そうか。即答だったな。

乙無を薄情だと責めることは出来ない。

俺だって、もし選ばれたのがこの二人のどちらかだったとして。

「同情するなら代わってくれ」と頼まれても、絶対引き受けなかったはずだから。

誰が好き好んで、女装なんかするかよ。

「食堂の店主と、女装コンテストの生け贄、両方に選ばれるとは…。悠理兄さん、あんた『持ってる』な」

と、雛堂も言った。

何も持ってねーよ。

「悠理さんは店主ですから、あみだくじから外れても良いと思ってたんですけどね」

「さすがに、それは駄目だろ?一応クラスメイト皆、平等にリスク背負ってんだから」

…それは仕方ないよな。

今更、後から言ったら卑怯じゃん。俺は食堂の店主なんだから、やっぱり生け贄から外してくれ、なんて。

それを主張するなら、あみだくじを引く前に言うべきだった。

時既に遅し。

「仕方ねぇよ、悠理兄さん。申し訳ないが、覚悟を決めて女装してくれ」

「…畜生…。あんた、他人事だと思って…」

「ぶっちゃけ、自分じゃなくて良かったーって思ってるわ」

「僕も同じく」

そうだろうよ。畜生。

自分のあまりの運の無さに、涙がちょちょ切れそうである。

果たして、俺は無事に文化祭を乗り越えられるのだろうか?
寿々花さんじゃないけどさぁ。

玄関に蹲って、しばらく落ち込んでいたい気分だよ。

「はぁー…」

家に帰ってからというもの、ぐったりと疲れた俺は。

リビングのテーブルに突っ伏して、巨大な溜め息を連発していた。

…あー、辛い。

何だって俺がこんな不幸な目に…。なんて、今に始まったことじゃないような気もするが。

すると。

「…悠理君が落ち込んでる…。可哀想…」

深々と溜め息をつく俺を見て、寿々花さんが心配そうな顔で寄ってきた。

「元気出して、悠理君。はい、これ私のうんまい棒あげるから」

「お、おう…」

寿々花さんが駄菓子を差し出してきた。

うんまい棒一本じゃ、とても割に合わない役目を背負わされたが。

でも、俺を心配してくれる寿々花さんの、その気持ちだけは有り難い。

「美味しいよ。食べたらきっと元気出るよ」

「あ、ありが…」

「お豆腐味のうんまい棒だよ」

「…豆腐…!?」

そんな味あんの?

パッケージをよく見たら、本当に「おとうふ味」って書いてあった。

マジかよ。

うんまい棒だったら、俺コンポタ味が好きだったんだけど。

まぁいっか。寿々花さんが折角くれたんだから。

有り難く食べるよ。

初めてのうんまい棒お豆腐味は、本当に豆腐の味がしてびっくりした。

…意外とイケるな。

って、うんまい棒の食レポしてる場合じゃないんだよ。

「…はぁ。悩んでても仕方ない…。そろそろ夕飯の支度をするか…」

「大丈夫?悠理君。何か悲しいことがあったの?」

立ち上がりかけた俺に、寿々花さんが声をかけてきた。

悲しいこと?…あったよ。

物凄く悲しかったね。何せ女装の生け贄に選ばれたんだから。

「よしよしってしてあげようか?元気が出るかも。よしよし、悠理君は良い子だねー」

子供にするかのように、俺の頭をよしよし、と撫でてくれた。

寿々花さんの優しさを感じる。

「誰かが悠理君を泣かせたの?」

「いや、別に泣いてはいないけど…」

「そんな悪い子がいたら、私が、えいってしてあげるから連れてきて。悠理君みたいな良い子を悲しませるような人は、悪い子に決まってるもん」

…何?その理屈。

でも、別にこれは誰が悪い訳でもないから。

「誰も悪くねーよ。…強いて言うなら…悪いのは俺だよ」

「悠理君は悪くないよ?」

「悪いよ。…俺の運がな」

全ては、俺の運の無さが原因。

「…運…?」

寿々花さんは、きょとん、と首を傾げた。

…えーと。これ言っちゃって良いんだろうか。

…一応言っとくか。万が一、寿々花さんがコンテスト当日に俺の女装姿を見て。

色んな誤解が生まれてしまった挙げ句、俺には女装趣味があると言い触らされるようにことになったら…。

…その時は、さすがの俺も本気で泣きそうだから。
「…あのな、寿々花さん。落ち着いて聞いてくれ」

「?なーに?」

「…えっと…」

驚かせないように、慎重に伝えないとな。

慎重に…慎重に…。

慎重に…どう言えば良いんだ?

しばし悩んで、出てきた言葉は。

「…実は俺、女装するんだ」

「…」

「…」

…何言ってんの?俺。

我ながら馬鹿過ぎて、自分の脳天に拳骨食らわせてやりたくなった。

その言い方じゃ、まるで女装趣味のカミングアウトみたいじゃないか。

案の定寿々花さんは、ぽやーんとした顔をしてこちらを見つめたかと思うと。

「…それは面白い趣味だね」

と、一言言った。

その「面白い」という言葉の中に、色んな意味が含まれてそうだな。

ほら。案の定趣味だと思われてる。

違うって。

「大丈夫だよ。悠理君は良い人だから。ちょっと変わった趣味があるくらい、なんてことないよ」

「ちょっと待て。何だそのフォローは」

中途半端に優しいフォローが、余計心に突き刺さる。

「は?女装?キモッ」って言ってくれた方が、いっそ良かった。

「私は気にしないから。話してくれてありがとう。悠理君には女の子になりたい願望があっ、」

「ねーよ」

違うから。マジで。そうじゃないから。

頼むから、おかしな方向に誤解しないでくれ。

…って、言い方を間違えた俺が悪いんだけど。

「違う。俺の言い方が悪かった。別に俺の趣味じゃなくて…」

「恥ずかしがらなくて良いんだよ。悠理君。人の好みは人それぞれ…」

「フォローありがとうな。でも、マジで違うから」

寿々花さんが人の多様性を受け入れる、心の広い人柄であることはよーく分かった。

でも違う。

「ほら、文化祭でさ…。女装・男装コンテストがあるだろ?」

「…コンテスト?」

「あぁ。それの生け贄に…じゃなくて、代表者に選ばれたんだよ…。あみだくじでな」

俺が自ら、秘めたる欲望の為に立候補した訳じゃねーから。

あみだくじで敗北した結果だから。

誤解しないでくれよ。

「誰も立候補者がいなくてな。…当たり前だけど。でも、各クラスから一人以上代表者を選ばないといけないから、それでくじ引きして決めて…」

「悠理君が見事当選して、代表者に選ばれたんだね。ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」

万歳三唱すんな。めでたくねーから。

「凄いね、悠理君。クラスの期待を背負って、代表者になるなんて。おめでとう」

「お、おう…?」

純粋な羨望を讃えた、キラキラした目で祝福されると。

厄介事を押し付けられただけのはずなのに、何だか名誉な役目のような気がしてくるから不思議だ。

あぁ、調子狂うなぁ…。

「悠理君なら、きっと優勝も夢じゃないよ。頑張って。私、応援してる」

「…」

…これ、俺褒められてんの?それとも馬鹿にされてんの?

褒めてるつもりなんだろうなぁ。寿々花さん的には…。
その翌日。

「悠理君、悠理君。あのねー」

「お、おぉ、どうした…?」

今日の放課後も、雛堂と一緒に文化祭実行委員の仕事を手伝って。

俺が帰宅するなり、寿々花さんがウキウキの様子でやって来た。

楽しそうで何より。

どうした。ロミオカートのレートがまた上がったか?

それとも、今度は別のイケメンを攻略したのか。

すると。

「あのね、あのね。驚かないで聞いてね?」

「あぁ。驚かないよ。あんたのやること為すことに、いちいち驚いてたら心臓がいくつあっても足りないからな」

「良かったー」

嫌味が全然通じない系女子、寿々花さん。

「で、どうしたんだ?」

「あのね、今日ね、私も出ることに決まったんだー」

…出る?

…って、何に?

「何の話だ?」

「女装!」

女装の話はやめてくれよ。

必死に考えないようにしてんだから。…って。

…何だと?

「どういうことだ?あんた、まさか出場者に選ばれたのか?」

「うん」

「女装・男装コンテストに?」

「うん」

こくり、と頷く寿々花さん。

…オーマイガッ…。

二人揃って、生け贄に捧げられるとは…。

俺達、揃ってツイてないなぁ…。

「そうか…。あんたもあみだくじで負けたのか…」

運ねぇなぁ、俺達…。

いや、俺以上に寿々花さんの方が、もっと運がないだろう。

だって、俺のクラスは十数人のうちから一人、生け贄が選出されたけど。

寿々花さんのいる女子部は、ひとクラス40人くらいいるんだろう?

40分の1の確率で負けたということは、相当運が無いぞ。

気の毒に。今日の夕飯魚の煮付けにするつもりだったけど、可哀想だからオムライスにしてやるよ。

しかし。

「…ふぇ?あみだくじ?」

こてん、と首を傾げる寿々花さん。

「あみだくじで決めたんじゃないのか?それともじゃんけんか?」

じゃんけんで連敗しまくったのか。それはそれで気の毒。

どうでも良い時には勝てるけど、いざ正念場という時には途端に勝てなくなる。じゃんけんあるあるだよな。

「じゃんけん?うん。じゃんけんで決めたよ」

「そうか…。寿々花さん、あんたじゃんけん弱かったんだな…」

やっぱり可哀想だから、今日のオムライスは特大にしてやるよ。

…と、思ったが。

「?弱くないよ。勝ったんだから」

「…は?」

…どういうこと?
なんか、全然話が噛み合ってない気がする。

「…」

「…?」

お互い、無言で見つめ合い。

「…一応聞いておくけどさ、寿々花さん、生け贄に選ばれたんだよな?」

「いけにえ?」

「いや、だから…女装・男装コンテストの生け贄に…」

「うん。代表になれたんだよ。じゃんけんで勝ったから」

えへん、と胸を張る寿々花さん。

じゃんけんで勝って…代表になれた?

何だ、それは。

その言い方じゃ、まるで自分から立候補して当選したかのような…。

…。

「…まさか寿々花さん、自分から立候補した訳じゃないよな?」

そんなまさか。進んで男装したい奴が何処にいっ、

「ふぇ?勿論。自分からやりたいって手を上げたんだよ?」

…居たよ。進んで男装したい奴が。ここに。

「ばっ…!あんた、本気か…!?」

「本気…?私はいつだって本気で生きてるよ」

そうか。それは格好良いな。

って、そうじゃないんだよ。

「え?寿々花さんって、そういう趣味だったのか…?」

いや、別に良いけどさ。

俺は別に、寿々花さんに男装趣味があろうと、広い心で受け入れるつもりだよ。

男の格好して喜んでるくらいなら、可愛いもんだろ。

さすがに性転換したいと言い出したら、俺も身構えるけど。

「ふぇ?趣味?」

「え、あの…。男になりたい的な趣味が…」

「?そんな趣味があるの?」

…そんな無垢な瞳で見つめられたら、まごまごしてる俺の方が恥ずかしい。

ごめん。俺の心が穢れてた。

質問の仕方を変えよう。

「な、何でわざわざ立候補したんだ…?」

まさか、自分からやりたがる人がいるなんて思わなかった。

ましてや、寿々花さんが…。

「悠理君が男の子部門に出るから、私も出ようと思ったんだー」

俺のせいだった。

そうか…。俺が生け贄に選ばれたと聞いて、じゃあ自分もやってみよう、と自ら立候補したのか。

死なば諸共、って?

赤信号、二人で渡れば怖くない、って?

二人で渡っても怖いよ。赤信号は。

「他にも何人か立候補する人がいたから、その人達とじゃんけんして…」

「マジかよ。寿々花さんの他にも、立候補するような物好きがいたのか…!?」

「?去年も何人もいたよ?」

なんてことだ。

男子部の方では、皆が親の仇のごとく毛嫌いするイベントなのに。

女子部では、むしろ人気のイベントだったのか。

そりゃまぁ、考えてみればそうだよな。

女装・男装コンテストは、学園では毎年恒例の一大イベントだってことだから。

それなりに人気があるから、毎年行われているのであって。

前にも言ったが、男性が女装するのと、女性が男装するのとでは、ハードルの高さが段違いだからな。

その差ってことなんだろうな。

畜生…。男達が一生モノの恥を晒そうとしているのに。

女子生徒達は、遊び半分でキャッキャウフフと男装して楽しんでやがるって言うのか。

不平等過ぎる。

「これで、悠理君と一緒に同じステージに立てるね。一緒に頑張ろうね」

「…」

…なんてことだ。

こうなったら、コンテストの直前に仮病の腹痛を訴えて、出場辞退しようかとも考えていたのに。

寿々花さんの穢れなき瞳に見つめられては、最早辞退の道は閉ざされた。

外堀埋められてんなぁ…着々と…。
ひでぇ話だよ。泣きたくなるな。

「クラスの出し物でも扱き使われ…。女装までさせられ…」

何だって、俺がこんな目に…。

「出し物?悠理君のクラス、何するの?」

「え?あぁ…えぇと、食堂…」

…で、良いんだよな?『星見食堂』って言ってたし。

「食堂?喫茶店みたいな?」

「さぁ…どうなんだろう。まだ詳しいことは決めてないけど…。とにかく食べ物の店をやるらしい」

「凄いね。悠理君がお料理作るなら、きっと大繁盛だよ。大行列だよ。三ツ星レストランだよ」

それは言い過ぎだっての。

良いか、寿々花さん。誤解してるのかもしれないが。

男子部の教室は、旧校舎にあるんだからな。新校舎から登り坂をひたすら歩いて、15分もかかるの。

そんなところに、わざわざ俺の手料理を食べる為に客が来るかよ。

新校舎にだって、お洒落な店はたくさん出るんだろうし。

最悪、一人の客も来ずに閉店…なんてことも有り得るかもしれない。

その時は俺、何してたら良いんだ?

クラスメイトの為に、賄いでも作ろうかな。

「どうせ暇だって。誰も客なんて来ねーよ」

「大丈夫だよ。悠理君のご飯美味しいもん。皆美味しいって言ってくれるよ、きっと」

「…あ、そ…」

まぁ、そう言ってくれる気持ちは嬉しいってことで。

「それより、寿々花さんのクラスは何をやるんだ?出し物」

「ふぇ?」

「何かやるんだろう?もう決まったのか?」

「うん。昨日決まったよー」

とのこと。

へぇ。もう決まってたのか。

女子部の方は、予算も人員も豊富だからなぁ。

開店する前から潰れかけてるうちの『星見食堂』とは、訳が違う…。

「何するんだ?寿々花さんのクラスは」

「カフェだよ」

カフェだって。もうこれを聞いただけで、最高にお洒落。

きっと、今流行りのふわふわパンケーキとか、タピオカドリンクとか、台湾カステラとか、マリトッツォとかが出るんだろうな。

…って、それはもう古いか…。

「寿々花さんのところも食べ物系なんだな。寿々花さんも店の手伝いするのか?」

「うん。ホール係なんだー。キッチン係をやりたいって言ったんだけど、クラスメイトに止められちゃって…」

そりゃあんたに厨房なんか任せたら、あっという間に教室が炎上しかねないからな。

必死で止めたであろうクラスメイトの皆さん、ナイスな判断だ。

「楽しそうじゃないか。頑張れよ」

「うん。メイドさんの格好なんてするの初めてだから、楽しみー」

…ん?

…メイド?