アンハッピー・ウエディング〜後編〜

翌日の、朝のホームルームで。

昨日文化祭実行委員会で話し合われた内容を、俺と雛堂でクラスメイトに話し。

急ぎ、クラスの出し物と…そして、あの恐ろしいイベント。

女装・男装コンテストの出場者を決めなければならない旨を説明した。

クラスの出し物について説明している時は、クラスメイト達もどうでも良さそうな顔をしていたけれど。

女装・男装コンテストについて説明すると、クラスメイトは皆、顔を青くしていた。

何せ、この教室の中から代表者、ならぬ生け贄を選ばなければならないんだからな。

他人事ではいられない。

この十数人の中から、確実に一人選ばれるのだ。

それが自分だったらと思うと、気が気ではないだろう。

女装・男装コンテストの出場者を決めるのは、帰りのホームルームに回すとして。

まず先に、クラスの出し物を決めることになった。

「えー。何か意見ある人いますかー?」

雛堂がクラスメイトに向かって尋ねるも。

出し物について、提案や意見を出す者はいなかった。

…まぁ、無理もないか。

提案してしまったら、言い出しっぺとして責任を負わなければならない。

誰も責任なんて負いたくないよ。文化祭の出し物くらいで。

ましてや、予算や人員の数で、女子部と大きな差をつけられていることは、クラスメイト達だって知っている。

余計、やる気なんてなくなるだろう。

俺達がいくら気合を入れて出し物を企画したって、たくさんのお客さんが来てくれるとは思えない。

そもそも、旧校舎に足を運ぶ客がどれほどいるものか。

ほとんどのお客さんは、新校舎目当てのはずだ。

この春に入学してから、女子部とは幾度となく差別されてきた。

俺達がいくら頑張ってもどうせ…。みたいな空気が広がるのは、当然というものである。

その気持ちは分かるけどさ。

でも、だからって何もやらない訳にはいかないんだ。学校のルールなんだから。

各クラス一つずつ、出し物を企画すること、って。

やらなかったら、文化祭実行委員の雛堂と、それから助手の俺が実行委員会に責められることになる。

「…意見ある人はいない…みたいだな」

「そうだな…」

「じゃ、もう奥の手だな」

俺と雛堂は、小声でそう話し合った。

「こっちでいくつか候補を考えておいたので、その中から各自選んでください」

と言って、雛堂は黒板にチョークで書き始めた。

雛堂が昨日考えた、出し物の候補を。

一つ目は合唱発表会、二つ目は絵本の朗読会、三つ目は人形劇。

そして四つ目が…『星見食堂』。

…雛堂。あんた、あれ本気だったのか?

「はい、じゃあこの中から一つ選んでくださーい」

ちょっと待て雛堂。最後、最後の四つ目の選択肢について、異論がある。

最後の一つだけ、あまりにも異質過ぎるだろ。

何だよ、『星見食堂』って。そんな昭和レトロな喫茶処みたいな。

冗談じゃないぞ。何が嬉しくて、そんな今時流行りそうもない食堂を開かなきゃいけないんだ。

しかし、それを決めるのは俺ではない。

クラスメイトの民意である。
「まずはー…合唱発表会やりたい人ー」

雛堂が挙手を求めても、誰一人手を上げない。

そりゃそうだろ。

合唱なら、女子部に合唱部がある。

当日は、講堂の大ホールで合唱部の発表会が予定されている。

何が嬉しくて、わざわざ旧校舎の狭い教室までやって来て。

野郎共の下手くそな野太い歌声なんて、聞かなきゃいけないんだ。

苦行でしかない。

それに、発表会を開くとなったら、当日までに何度も練習しないといけないし。

誰もやりたくないだろう。そんなこと。

「合唱発表会は…ゼロ、と。…じゃあ次に、絵本の朗読会やりたい人ー」

再び、雛堂が挙手を求めるも。

やはり、手を上げる者はいない。

そりゃそうだろ。 

大人でさえ、わざわざ長い上り坂を上って、旧校舎に足を運ぶとは考えにくいのに。

小さい子供が、絵本の読み聞かせの為に旧校舎まで歩いてくるとは思えない。

大体、新校舎では、巨大迷路やスタンプラリー、ヨーヨー釣りや輪投げなど、子供が好きそうな出し物がたくさん行われている。

絵本の朗読会なんて、さして珍しい訳でもないし。

それに、絵本の朗読係は誰がやるんだ?

文化祭の日に、絵本なんか読んで、小さい子供の世話をするなんてお断りだ。

「絵本の朗読会もナシ…か。じゃあ三つ目の…人形劇をやりたい人ー」

挙手するクラスメイト、ゼロ。

案の定だったな。

そりゃそうだろ。

人形劇なんて、絵本の朗読会よりもっと幼稚臭くて、しかも準備が面倒だ。

当日までに何度も練習をしないといけないし。

何が嬉しくて、良い歳した野郎共が、人形片手にお遊戯しなきゃならないんだ。

気持ちは分かるよ。俺だって、家で寿々花さんにおままごと遊びに付き合わされたからな。

高校生にもなって、あれをやるには、まず恥とプライドを投げ捨てなければならない。

誰もやりたくないっての。そんなこと。

でも、俺としては非常に困る。

誰かやってくれよ。人形劇。絵本の朗読会でも良いから。

この際合唱発表会でも良いから。誰かやりたいって言ってくれ。

さもないと、このままじゃ四つ目の選択肢に、

「じゃあ最後、『星見食堂』をやりたい人ー」

雛堂がクラスメイトに向かって、挙手を求めると。

伸びる伸びる。クラスメイトの手が上に向かって、続々と。

さっきまでの沈黙は何だったんだ、って言いたいほど。

満場一致とはこの事。

…そりゃ、そうなるだろ。

合唱会も嫌だ、絵本朗読会も嫌だ、人形劇も嫌なら。

だったらもう、四つ目の選択肢しか残ってない。

消去法で、残るのは四つ目だけなんだから。

食べ物系の出し物なら、当日までに練習をする必要もないしな。 

食材の準備と、テーブルと椅子を並べるくらいで支度は済む。

あとは、当日料理を作ってお客さんに提供するだけ。

…料理を作らされるの、俺だけどな。

こうなることは分かりきっていた。昨日の時点で。

そりゃこの四つしか選択肢がなかったら、どう考えても『星見食堂』が選ばれるだろうよ。

「そんじゃー満場一致で、うちのクラスは『星見食堂』を開店するってことで。けってーい」

…けってーい、じゃないんだよ。

雛堂、俺あんたのこと手伝うって、昨日言ったけどさ。

あれ、やっぱり撤回させてもらって良い?
ホームルームの後。

「おい雛堂。コラ」

「お、悠理兄さん。『星見食堂』開店決定、おめでとう」

殴るぞ。

「な、ん、で、俺がそんなことしなきゃいけないんだよ…!?」

言っとくけどな、俺は「やる」なんて一言も言ってないぞ。

全部勝手に決めやがって。そりゃあんたが文化祭実行委員なんだから、決定権はあるけども。

しかし、俺にだって拒否権があると思わないか?

「って言われても…多数決で決まったんだから。これは民意ってもんだよ」

民意だと?

「クラスメイト全員に選んでもらえたんだぞ?名誉じゃないか。信頼されてるんだよ兄さんは」

上手いこと言って、俺をおだてようとしても無駄だぞ。

俺は騙されないからな。

「面倒事や厄介事は、他人に擦り付ける…。狡っ辛い人間の性ですね。社会の縮図を見たような気分でしたよ」

と、乙無。

全くだ。

クラスメイトは何も、俺を信頼しているから『星見食堂』を選んだんじゃない。

俺に押し付けておけば、自分達が楽を出来るから選んだだけだ。

貧乏くじを押し付けやがってよ…!

「大丈夫、大丈夫だって悠理兄さん」

「何が大丈夫なんだよ?」

何も大丈夫じゃねぇよ。

「店の名前が『星見食堂』だからって、悠理兄さん一人に押し付けるつもりはないから」

「…」

「調理の指導はしてもらうと思うけど、勿論補助はつけるし、他のクラスメイトにもそれぞれ手伝ってもらうつもりだよ。分業だよ、分業」

…分業ね。

本当にそうなるのだろうか。

「悠理兄さんは、厨房で偉そうに指示してくれるだけで良いんだよ。お会計とかオーダーとか皿洗いは、他の皆で分担するからさ」

「…本当だろうな?」

「大丈夫、大丈夫。そもそも、そうしないと企画書が通んないよ」

あ、そうか…。

「分担を決めた以上、無責任に自分の仕事を放り出すような真似はさせないよ」

「…」

「な、頼む。協力してくれ。うちのクラスでまともに料理が出来る人なんて、悠理兄さんくらいしかいないだろうし。人助け、いや雛堂助けだと思って」

…雛堂助け、ね。

あんた、人を説得すんの上手いな。

そんな風に拝まれちゃ…「ふざけんな誰がやるか」と突き放すことも出来ないじゃないか。

「…仕方ない。分かったよ」

俺も、腹を括るしかないってことだな。
もとより人数の少ないクラスなんだから、一人一人の負担が大きくなるのは無理もないことだ。

誰かがやらなきゃいけない役目なら、それが自分に回ってきても文句は言えない。

ましてや、俺がその役目をこなすことで、雛堂を助けられるなら。

「引き受けてやるよ。でも…手伝いはちゃんとしてくれよ?」

「ありがと、悠理兄さん。さんきゅ!やっぱり兄さんは女神だわ!」

女神ではねぇよ。

「…あなたって人は、本当お人好しですね。世渡りが下手なタイプです」

乙無が、呆れたように俺を見てそう言った。

全くだな。自分でもそう思う。

「でも、そういう人は嫌いではないですよ」

「だったら、乙無。あんたも手伝ってくれよ」

「何度言ったら分かるんですか?僕は邪神の眷属として、果たさなければならない使命があるんです。…けど」

…けど?

「まぁ、今回くらいは手を貸してあげますよ。崇高なるイングレア様の名に恥じないように」

おぉ、さすが。

そう来なくっちゃな。

「僕は邪神の眷属ではありますが、鬼ではありませんからね」

「助かるよ、乙無…。今は猫の手でも借りたい状況だからな。邪神の眷属の手なら大歓迎だ」

「全く、すぐ良い気になって…。…今回だけですからね?」

はいはい、宜しく。

天邪鬼な奴だな。ときメロのヤンキーイケメンみたいだ。
その日の昼休みに、早速俺と雛堂と乙無の三人で、『星見食堂』の企画書を制作。

その日のうちに、企画書を委員会に提出した。

細かい箇所は手直しさせられるだろうが、多分このまま通るだろう。

メニューをどうするのか、価格設定や食材の準備、当日の係決めについては後日決めるとして…。

その前に、もう一つ決めなければならないことがあるのを、覚えているな?

…そう、女装・男装コンテストの出場者である。

誰もが緊張と不安を抱えながら、帰りのホームルームの時間がやって来た。

「…えー…ごほん。それじゃあ、女装・男装コンテストの出場者を決めようと思います」

教卓の前に立つ雛堂も、さすがに緊張の面持ち。

今朝、クラスの出し物を決めるときは、あんなにゆるゆる〜っとした雰囲気だったのにな。

今はクラス中に、張り詰めたような緊張感が広がっている。

人間、女装が懸かってたらこんなに真剣になるんだなーって。

「…立候補者は…いませんか?」

真剣な眼差しで、雛堂がクラスメイトに問い掛けた。

クラスメイト達も、負けないくらい真剣な表情で教室を見渡した。

今ここで手を上げる者がいたら、そいつは勇者になれるぞ。

勇者にはなれるけど、一生モノの黒歴史を抱えることにもなるな。

…仮にそういう趣味があったとしても、皆の前ではやらんだろ。

もしそんな奴がいたら、俺は今日からそいつと距離を置くわ。

「…立候補者はいないようだな…」

案の定、クラスメイトは誰一人手を上げなかった。

そりゃそうだろ。

今日だけで何度「そりゃそうだろ」と思ったことか。

誰が好き好んで、恥を晒すような真似をするものか。

こればかりは、誰に頼まれても拝まれても嫌だ。

今、クラスメイトが何を考えているか、手に取るように分かる。

皆同じ気持ちだ。

「頼むから、誰か。自分以外の誰かがやってくれ」ってな。

自分以外なら誰でも良いよ。

でも、そんなこと言ってちゃ一生決まらないから。

「…だったら、仕方ない…。どうしてもクラスに一人ずつ出場してもらわないといけないんで。…あみだくじで決めます」

クラスメイトの間に、更なる緊張が走った。

…やはり、そうなるか。

まぁ、そうするしかないよな。

春の委員決めだって、そうだったじゃん。

結局は、あみだくじや、じゃんけんで決めなければならない。

自分の運に頼るしかないってことか…。

運…運なぁ…。

俺、運には自信がないんだよな。

無月院家の分家として生まれてしまった時点で、俺に人並みの運なんて皆無だよ。

「あみだくじの紙を回すんで、一人ずつ名前を書いてってください…。…勿論、自分も参加します」

文化祭実行委員である雛堂も、生け贄候補からは逃げられない。

…勿論、『星見食堂』の店主となる俺も、例外ではない。

このクラスの一員である限り、必ず運命のくじ引きに参加させられるということだ。
…ほら、俺って運ないじゃん?
 
今朝も、勝手に『星見食堂』なんて決められちゃったしさ。

いや、まぁそれはクラスメイトの民意で決まったことだから、文句は言えないけど。

なんか嫌な予感はしてたんだよ。

分かるだろ?そういう時って。第六感が働くって言うか。

直感でさ、「あ、これ無理だな」って気づくこと、あるだろ?

今回の俺、それだったよ。

あみだくじが回ってきた時、既に嫌な予感はしていた。

きっと気の所為だと思って、必死に大丈夫だと思い込もうとしていた。

だって、十数人分の1だぞ?確率的には。

二分の一とかだったらまだ分かるけどさ。十何人もいる中で一人だけ、なんて。

選ばれない可能性の方が、遥かに高い訳で。

だから大丈夫、俺以外の誰かになるはず…って。

多分、皆思ってたと思う。

十何人でくじを引いて、もし自分が当たったら、そりゃもう何かに取り憑かれてるとしか思えない。

お祓いに行った方が良いよ。

そして。

そんなクラスメイト達の中から、ただ一人選ばれた不幸過ぎる生徒の名前は。

「えー。厳正なるあみだくじの結果…。女装コンテストに出場する生けに、いや代表者は…星見悠理兄さんに決まりました。はい、拍手〜」

わー、パチパチパチ。

…。

…拍手〜、じゃねぇんだよ。

何ッにも、一ミリもめでたくねーから。

それどころか、洒落にならない悲劇なんだけど?

今日だけで俺、運がないにも程があるだろ。
…ホームルームの後。

クラスメイト達は、それはもう安堵した表情で、ホッと胸を撫で下ろし。

足取り軽く、教室から出ていった。

…俺を除いて、だけどな。

…どうすんの?これ。

どうすんのっつったって、どうしようもない。

厳正なるあみだくじの結果なのだから。誰にも、俺にも、文句はつけられない。

だが、だからといって喜んで引き受けるとは言ってない。

「…悠理さん。今日ばかりは、心の底からあなたに同情しますよ」

机に肘をついて頭を押さえている俺に、乙無が労いの言葉をくれた。

そりゃどうも。ありがとうな。

「同情するなら代わってくれ」

「お断りです」

そうか。即答だったな。

乙無を薄情だと責めることは出来ない。

俺だって、もし選ばれたのがこの二人のどちらかだったとして。

「同情するなら代わってくれ」と頼まれても、絶対引き受けなかったはずだから。

誰が好き好んで、女装なんかするかよ。

「食堂の店主と、女装コンテストの生け贄、両方に選ばれるとは…。悠理兄さん、あんた『持ってる』な」

と、雛堂も言った。

何も持ってねーよ。

「悠理さんは店主ですから、あみだくじから外れても良いと思ってたんですけどね」

「さすがに、それは駄目だろ?一応クラスメイト皆、平等にリスク背負ってんだから」

…それは仕方ないよな。

今更、後から言ったら卑怯じゃん。俺は食堂の店主なんだから、やっぱり生け贄から外してくれ、なんて。

それを主張するなら、あみだくじを引く前に言うべきだった。

時既に遅し。

「仕方ねぇよ、悠理兄さん。申し訳ないが、覚悟を決めて女装してくれ」

「…畜生…。あんた、他人事だと思って…」

「ぶっちゃけ、自分じゃなくて良かったーって思ってるわ」

「僕も同じく」

そうだろうよ。畜生。

自分のあまりの運の無さに、涙がちょちょ切れそうである。

果たして、俺は無事に文化祭を乗り越えられるのだろうか?
寿々花さんじゃないけどさぁ。

玄関に蹲って、しばらく落ち込んでいたい気分だよ。

「はぁー…」

家に帰ってからというもの、ぐったりと疲れた俺は。

リビングのテーブルに突っ伏して、巨大な溜め息を連発していた。

…あー、辛い。

何だって俺がこんな不幸な目に…。なんて、今に始まったことじゃないような気もするが。

すると。

「…悠理君が落ち込んでる…。可哀想…」

深々と溜め息をつく俺を見て、寿々花さんが心配そうな顔で寄ってきた。

「元気出して、悠理君。はい、これ私のうんまい棒あげるから」

「お、おう…」

寿々花さんが駄菓子を差し出してきた。

うんまい棒一本じゃ、とても割に合わない役目を背負わされたが。

でも、俺を心配してくれる寿々花さんの、その気持ちだけは有り難い。

「美味しいよ。食べたらきっと元気出るよ」

「あ、ありが…」

「お豆腐味のうんまい棒だよ」

「…豆腐…!?」

そんな味あんの?

パッケージをよく見たら、本当に「おとうふ味」って書いてあった。

マジかよ。

うんまい棒だったら、俺コンポタ味が好きだったんだけど。

まぁいっか。寿々花さんが折角くれたんだから。

有り難く食べるよ。

初めてのうんまい棒お豆腐味は、本当に豆腐の味がしてびっくりした。

…意外とイケるな。

って、うんまい棒の食レポしてる場合じゃないんだよ。

「…はぁ。悩んでても仕方ない…。そろそろ夕飯の支度をするか…」

「大丈夫?悠理君。何か悲しいことがあったの?」

立ち上がりかけた俺に、寿々花さんが声をかけてきた。

悲しいこと?…あったよ。

物凄く悲しかったね。何せ女装の生け贄に選ばれたんだから。

「よしよしってしてあげようか?元気が出るかも。よしよし、悠理君は良い子だねー」

子供にするかのように、俺の頭をよしよし、と撫でてくれた。

寿々花さんの優しさを感じる。

「誰かが悠理君を泣かせたの?」

「いや、別に泣いてはいないけど…」

「そんな悪い子がいたら、私が、えいってしてあげるから連れてきて。悠理君みたいな良い子を悲しませるような人は、悪い子に決まってるもん」

…何?その理屈。

でも、別にこれは誰が悪い訳でもないから。

「誰も悪くねーよ。…強いて言うなら…悪いのは俺だよ」

「悠理君は悪くないよ?」

「悪いよ。…俺の運がな」

全ては、俺の運の無さが原因。

「…運…?」

寿々花さんは、きょとん、と首を傾げた。

…えーと。これ言っちゃって良いんだろうか。

…一応言っとくか。万が一、寿々花さんがコンテスト当日に俺の女装姿を見て。

色んな誤解が生まれてしまった挙げ句、俺には女装趣味があると言い触らされるようにことになったら…。

…その時は、さすがの俺も本気で泣きそうだから。
「…あのな、寿々花さん。落ち着いて聞いてくれ」

「?なーに?」

「…えっと…」

驚かせないように、慎重に伝えないとな。

慎重に…慎重に…。

慎重に…どう言えば良いんだ?

しばし悩んで、出てきた言葉は。

「…実は俺、女装するんだ」

「…」

「…」

…何言ってんの?俺。

我ながら馬鹿過ぎて、自分の脳天に拳骨食らわせてやりたくなった。

その言い方じゃ、まるで女装趣味のカミングアウトみたいじゃないか。

案の定寿々花さんは、ぽやーんとした顔をしてこちらを見つめたかと思うと。

「…それは面白い趣味だね」

と、一言言った。

その「面白い」という言葉の中に、色んな意味が含まれてそうだな。

ほら。案の定趣味だと思われてる。

違うって。

「大丈夫だよ。悠理君は良い人だから。ちょっと変わった趣味があるくらい、なんてことないよ」

「ちょっと待て。何だそのフォローは」

中途半端に優しいフォローが、余計心に突き刺さる。

「は?女装?キモッ」って言ってくれた方が、いっそ良かった。

「私は気にしないから。話してくれてありがとう。悠理君には女の子になりたい願望があっ、」

「ねーよ」

違うから。マジで。そうじゃないから。

頼むから、おかしな方向に誤解しないでくれ。

…って、言い方を間違えた俺が悪いんだけど。

「違う。俺の言い方が悪かった。別に俺の趣味じゃなくて…」

「恥ずかしがらなくて良いんだよ。悠理君。人の好みは人それぞれ…」

「フォローありがとうな。でも、マジで違うから」

寿々花さんが人の多様性を受け入れる、心の広い人柄であることはよーく分かった。

でも違う。

「ほら、文化祭でさ…。女装・男装コンテストがあるだろ?」

「…コンテスト?」

「あぁ。それの生け贄に…じゃなくて、代表者に選ばれたんだよ…。あみだくじでな」

俺が自ら、秘めたる欲望の為に立候補した訳じゃねーから。

あみだくじで敗北した結果だから。

誤解しないでくれよ。

「誰も立候補者がいなくてな。…当たり前だけど。でも、各クラスから一人以上代表者を選ばないといけないから、それでくじ引きして決めて…」

「悠理君が見事当選して、代表者に選ばれたんだね。ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」

万歳三唱すんな。めでたくねーから。

「凄いね、悠理君。クラスの期待を背負って、代表者になるなんて。おめでとう」

「お、おう…?」

純粋な羨望を讃えた、キラキラした目で祝福されると。

厄介事を押し付けられただけのはずなのに、何だか名誉な役目のような気がしてくるから不思議だ。

あぁ、調子狂うなぁ…。

「悠理君なら、きっと優勝も夢じゃないよ。頑張って。私、応援してる」

「…」

…これ、俺褒められてんの?それとも馬鹿にされてんの?

褒めてるつもりなんだろうなぁ。寿々花さん的には…。