「…それより、星見の兄さん」
「あ?」
「おめー、焼くばっかで全然食ってないじゃん。たこ焼き」
あぁ…そうだっけ?
「焼き担当代わるから、星見の兄さんも食えって」
「代わるって…。代われるのか?」
やったことあるのか?たこ焼き作りなんて。
焦がさないでくれよ。
「大丈夫、大丈夫。たこ焼き屋で焼いてんの見たことあるから」
見たことがあるだけかよ。
頼もしいんだが、そうでもないんだか。
まぁ良いか…任せてみるか。
「よーし。それじゃ、自分がたこ焼きを焼くかー」
「私も。私も悠理君の為にたこ焼き焼く」
寿々花さんまで。
いや、あんたは手伝わないでくれ。恐ろしいものが出来上がりそうだから。
「おっ、良いねぇ。無月院の姉さん。一緒に作ろうぜ。何入れる?えーっと、何か使えそうなもの…」
雛堂と寿々花さんは、わざわざキッチンに向かって冷蔵庫を開けた。
おい。人んちの冷蔵庫を勝手に。
「これ何だろ?」
「悠理君のお漬物だよ。お店のより美味しいんだよ、これ」
話を盛るな。
「漬物か。よし、じゃあこれと…他に何入れてみる?」
「ジャムとか良いんじゃないかな。甘くて美味しそうだよ」
「おっ、良いね。そんじゃ、このいちごジャムとー。こっちは味噌か。これは?」
「お魚さん。昨日の夕飯のおかずだね」
「さばの味噌煮かよ。星見の兄さん、意外と渋い料理作るんだな…。じゃ、これも入れるかー」
勝手に冷蔵庫を漁られて。
…およそ、たこ焼きの中身に相応しくないものをチョイスしている。
やっぱり、焼き担当代わってもらって良いかな?
食べ物で遊ぶんじゃない。
しかし、そんな俺達の様子を見ていた乙無が一言。
「残念でしたね。フィアンセが作ってくれたものなら、笑顔で食べない訳にはいきませんから」
「…全くだよ」
他人事だと思いやがってよ。あんた。
分かったよ。我慢して食べるよ。
…ちなみに。
ジャムはともかく、漬物とさばの味噌煮は意外とイケた。
たこ焼きの可能性って凄いな。
たこ焼きパーティーの翌々日。
再び、俺達は四人で集まった。
この間、雛堂が言っていただろう?お化け屋敷に行こう、って。
寿々花さんもノリノリだし、断る理由もない。
「楽しみだね、悠理君」
雛堂達との待ち合わせ場所に、早々に辿り着き。
寿々花さんはうきうきと、俺に話しかけてきた。
お化け屋敷を楽しみにする、無月院家のお嬢様…。
なかなかシュールだな。
少なくとも、オペラの十倍は楽しんでそう。
「どんなおばけかな?『冷蔵庫の中』みたいなおばけ?それとも、ゾンビみたいなおばけ?ひゅーどろどろ、って出てくるのかなー」
「さぁ…。どうだろうな?」
もし、あのホラー映画のおばけがリアルに出てきたとしたら。
俺は腰を抜かす自信がある。
え?男の癖に情けないって?
男だろうと女だろうと、怖いもんは怖いんだよ。文句あるか。
…すると、そこに。
「おはようございます、悠理さん。寿々花さんも」
乙無が到着。
「おぉ…おはよう、乙無」
「おはよー」
と、寿々花さんも挨拶を返した。
普段は人見知りの寿々花さんだが、これまで何度も顔を合わせている雛堂と乙無には、若干心を許しているらしい。
…それよりも。
乙無の奴、今日も長袖シャツを着てやがる。
あー。見てるだけで暑苦しい。
「何ですか、悠理さん。出会い頭に人をジト目で見るなんて、失礼ですよ」
「真夏だってのに、暑苦しい格好してるあんたが悪い」
「長袖、暑くないの?」
寿々花さんが、こてんと首を傾げて尋ねた。
よく聞いてくれた。もっと言ってやってくれ。
暑苦しいから半袖着ろ、って。
「ふっ。僕は崇高なる邪神、イングレア様の眷属。人間のように、暑さ寒さなど感じません」
「おぉ、凄い…!じゃあ、熱々のお風呂に入っても大丈夫なの?」
「勿論です。マグマだろうと氷の海だろうと、平気で入れますよ」
「わー。すごーい」
嘘ばっかり。
うちの寿々花さんを騙すんじゃねぇよ。何でも無邪気に信じるからって。
「何より、僕は人前に素肌を晒す訳にはいかないんです」
「えっ。…晒したら、どうなるの?」
「世界が…恐ろしい悲劇に見舞われます」
「…!」
驚愕に目を見開く寿々花さん。
あーあ…。もう、また乙無の戯言に騙されて…。
「大変だ、悠理君…。この人が腕を見せるだけで、世界が大変なことになっちゃうって…。どうしよう?」
「…どうもしねぇよ…」
騙されてんじゃねぇよ、あんたは。
乙無の嘘だから。戯言だから。ただの中二病だから。
乙無が腕を晒そうと半袖着ようと、世界は今日も平和に回ってるよ。
ったく…乙無の奴、寿々花さんがまともに相手してくれるもんだから、いつにも増して中二病全開だな。
「…つーか、雛堂はまだかよ?」
「待ち合わせ時間過ぎてますけど、まだ来てませんね」
腕時計を見ると、確かに待ち合わせ時間から5分くらい過ぎていた。
本当だ。遅刻してんじゃん。
言い出しっぺが遅刻って、どういうことだ?
しかも、遅刻の連絡もない。
遅れるなら遅れるって、メールか電話の一本でも寄越すのが筋ってもんだろう?
あいつが来ないなら、もう帰ってやろうか。
…と思ったが、寿々花さんが楽しみにしてるみたいだから、帰る訳にもいかず。
そのまま、数分待っていると。
「ごめーん。遅れちった〜!」
雛堂が、息を切らして走ってきた。
一応駆け足で来たから、許してやるよ。
遅れた癖に優雅に歩いてきたら、嫌味の二つ三つくらい言ってやるつもりだった。
「おせーよ…。何やってたんだよ」
「これでも大変だったんだぜ?出掛けにうちのチビ共が、自分もお化け屋敷行きたい〜って喚いてさ。振り切るのに手間取ったんだわ」
そんなことが。
寝坊とかうっかりじゃなくて、ちゃんと間に合うように家を出ようとしてたんだな。
それは仕方ない。
じゃあ良いよ。許す。
「全員揃ったことだし、行こうぜ」
「おう!…しかし、星見の兄さん」
「あ?」
「遠くから見たら、マジで美男美女カップルが仲良くデートしてるように見えたぞ」
…は?
突然何言ってんだ、こいつ。
「畜生、羨ましいよなぁ。なぁ乙無の兄さん。今どんな気持ち?美男美女カップルに挟まれた非リア充の気持ち?」
「全く興味ありませんね」
「分かる分かる、自分も今、必死にそう言い聞かせてるからさ。見せつけてくれるよなぁ、格の差って奴を」
…本当に何言ってんの?雛堂は。
暑さで頭トチ狂ったんじゃないのか。
「…びなんびじょ?って誰のこと?」
これには、寿々花さんもきょとんと首を傾げている。
「さぁな…。俺にも分からん」
好き勝手言ってろよ。全く。
そんなことはどうでも良いから、混み合う前にさっさと行くぞ。
目的のデパートに着くと、早くも多くの人だかりが出来ていた。
「うへぁ、すげー人」
思わず溜め息出そうになるよな。
ハムスターランドか?ってくらい並んでる。
マジかよ。まだ午前中だぞ?
午前でこれだったら、午後なんてどうなるんだよ。
夏休みの真っ最中ということもあって、子供連れが多い。
更に、俺達みたいな中高生の姿も目立つ。
この人達、皆このお化け屋敷に入りに来たのか…。
「普通に生きるだけでも、現実は常に不幸と悲劇の連続だというのに…。自ら望んで恐怖を味わいたいなんて、人間っていうのはこれだから…」
やれやれ、と溜め息をつく乙無。
正論言ってるように見えるが、俺達もこれからこの行列に並ぼうとしてるんだからな。
同じ穴のムジナだからな。非難する権利ないぞ。
「ただいま一時間待ちだってよ」
「仕方ないだろ…。並ぶか。寿々花さん、大丈夫か?」
「うん、へいきー」
良かった。
俺達は列の最後尾に並んで、順番が来るのをのんびりと待つことにした。
幸い、ハムスターランドと違って、ここは屋内だからな。
外は燃えるような灼熱地獄だが、建物の中ならエアコン効いてるし。
人混みでうんざりするけど、暑くはないから快適だな。
それでも、一時間も待たされるのはしんどいが…。
四人でダベってたら、意外と早いんじゃないのか?多分。
「無月院の姉さん、お化け屋敷は初めてなのか?」
「うーんと…ハムーテッド・マンションに乗ったくらいかな」
「じゃ、こういう本格的なお化け屋敷は初めてみたいなもんか。いやぁ、チャレンジ精神旺盛だねー。怖くねぇの?」
「うん。悠理君が一緒に居てくれるから。全然怖くないよ」
「…唐突にノロケて来るとか、ズルくね?なぁ、乙無の兄さん」
「知りませんよ…。あなた、何でもそういう目で見るんですね。頭の中煩悩が詰まってるんじゃないんですか?」
「うるせぇ!健全な青少年と言ってくれ」
…なんてしょうもないやり取りだよ。
もっと気の利いた話題はないのか。…しりとりでもするか?
と、思ったその時。
突然、甲高い子供の泣き声がして、俺達は一斉に声のした方を向いた。
出口だ。お化け屋敷の出口。
お化け屋敷の出口から、幼稚園くらいの子供がギャン泣きで出てきた。
びっくりした。子供かよ…。
「あー。怖かったんだろうなー」
「でしょうね」
そりゃあ、あんな小さい子だったら無理もない。
お化け屋敷って、なんか暗い雰囲気だもんな。
雰囲気だけでも怖くて不安になるの、分かるよ。
怖がりの子なら、泣き出しても仕方ない…と、軽く考えていたが。
少しずつ、列が短くなっていくに連れて。
…段々と、雲行きが怪しくなってきた。
というのも。
「また泣いてる…」
「これで何人目でしょうね」
出口から戻ってくる子供の大半が、泣き叫びながら出てくるんだよ。
中には、自分で歩くことも出来ず、親御さんに抱えられてようやく出てくる子もいる。
幼稚園児や、小学校低学年くらいの子だけならまだしも。
結構大きい子、五、六年生くらいの子も泣きながら出てくるの。
あんなに大きくても、泣いて出てくるってどういうことだ?
勿論、泣かずに戻ってくる子もいるんだけど。
怖くないから泣かなかった、じゃなくて。
顔が不自然に引き攣っていて、恐怖で固まってるんだよ。
あまりの恐怖に涙も出ない、みたいな様子で。
ギャン泣き、半泣きの子供を連れている親御さんも、引き攣ったような顔をしている人が多くて。
何なら子供だけじゃなくて、高校生や大学生くらいの人でも、肩を震わせて出てくる始末。
皆…大丈夫か?一体どうしたんだよ?
さすがの俺も、これはもしかしたら普通じゃないのかもしれない、と思い始めた。
「なぁ…。皆、何で泣いてるんだ?」
「何でって…。…怖いんじゃね?」
えっ。
このお化け屋敷が、ってことか?
…そんなに怖いのか?これ。
俺はてっきり、ハムスターランドで乗ったハムーテッド・マンションと似たようなものだと思っていたのだが。
こんなデパートの一角で、夏休み限定で開かれるイベントだろ?
所詮子供騙しみたいなもんだ、とたかを括っていた。
…しかし。
またしても泣き叫ぶ声がして、出口の方を見ると。
俺達と大して歳の違わない、中学生か高校生くらいの女の子二人組が。
涙でくしゃくしゃの顔をして、二人で抱き合っていた。
…。
…ヤバくね?
もしかしたら、いやもしかしなくても…これってヤバいんじゃね?
そんな怖いの?恥も外聞もなく、人前で泣くくらい怖いの?
更に、そんな俺の不安に追い討ちをかけるように。
お化け屋敷のスタッフらしき人が、繰り返し繰り返し、行列に並ぶ人に向かって注意事項を伝えていた。
「心臓の弱い方の入場はお控えください」ってさ。
つまりそれって、心臓の弱い方が入ったら危ない、ってことだろ?
…あれ?俺、これ大丈夫?
俺って心臓弱いっけ?
…思い出す。ハムスターランドでの出来事。
絶叫系アトラクションに立て続けに乗せられ、ごっそり体力を奪われてヒーヒー言ってた自分のことを。
…あれ?やっぱり俺、ヤバくね?
今更になって、危機感を覚えたが。
「だいぶ列が短くなってきましたね。あと10分ってところでしょうか?」
「あー長かった〜」
乙無も雛堂も、ケロッとしてるし。
何より。
「もうすぐだね、悠理君。楽しみだね」
「あ、あぁ…」
寿々花お嬢さんが、目をキラキラさせて楽しみにしてるのに。
…やっぱり俺だけ遠慮するわ、なんて言えないじゃないか。
新手の脅迫じゃね?これ。
こうなったら、もう覚悟を決めるしかなかった。
…なんか、俺こういうことばっかりだよな。
やっぱり無理だから、って逃げ出そうとしない辺り、偉いと思わないか?
と、心の中で虚しい自画自賛をしていると。
「ところで、ペア分けはどうするんですか?このまま四人で入ります?」
乙無が俺達にそう尋ねた。
「僕は一人でも良いですけど」
「いや、四人いるんだから、分けるなら二人ずつが無難じゃね?」
そうだな。
乙無が一人で入ったら、俺と雛堂と寿々花さんの三人になってしまう。
二人も引率するのか。俺。
「出来ればここは女の子と入って、お化け屋敷の定番のアレをやりたいよな」
と、雛堂。
「…何だよ?お化け屋敷の定番のアレって」
「ほら、『きゃっ、○○君、こわーい』『大丈夫だよ、俺が守ってあげるから』みたいな…」
何?その茶番。
それ、マジでやる人実在すんの?
目の前でそんな下らないことやられたら、うんざりして唾吐きかけたくなるけど。
「前から思ってましたけど、大也さんってしょうもないアニメと漫画の見過ぎですよね」
乙無が一刀両断。
同感。
「何だよ!リア充には分かるまい。非モテ男ほど、そういうベッタベタの定番シチュに憧れるもんなの!」
あっそ。
どっちにしても下らねぇよ。
あと、寿々花さんはおよそ、普通の女子ではないからな。
百歩譲って雛堂と一緒に入ったとして、『きゃっ、こわーい』とはならんと思うぞ。
精々、妄想して満足しておくんだな。
「ってな訳で無月院の姉さん、ここは自分と一緒に…」
「私、悠理君と一緒に入る」
寿々花さん、ばっさり。
考える余地もない。
「…一瞬でフラれましたね、大也さん」
「…言うな…」
ちょっと雛堂が可哀想になったけど。
まぁ雛堂は自業自得だな。下心全開の発言ばっかしてるからだよ。
「畜生、やっぱり駄目か…。可愛い後輩より、旦那の方が良いんだな」
「自分で可愛いって言います?」
「仕方ねぇ。乙無の兄さん、代わりに自分の腕に抱きついて良いぞ」
「気持ち悪いですから。僕で妥協しようとしないでください」
どうでも良いけど、人前で男同士がくっつくなよ。
下手な誤解が生まれるからな。
…で。
「…寿々花さん、本当に俺と一緒で良いのか?」
多分、俺は頼りないぞ。
さっきの雛堂じゃないけど、『きゃーこわーい』ってなっても、俺は守ってやれないと思うぞ。
心臓に剛毛が生えてる寿々花さんでさえビビるレベルなら、恐らく俺も負けないくらいビビってるはず。
努力はするつもりだけど。…頼り甲斐があるとは思えない。
しかし。
「うん、悠理君と一緒が良い。悠理君と一緒なら、怖いこと何もないもん」
…何処から出てくるんだ?その自信。
俺のあまりの頼りなさに、幻滅しても知らないからな?
そんな話をしているうちに、ようやく順番が回ってきた。
いよいよだな。
「どっちが先に行く?」
「ここは年功序列で、星見の兄さん達が先にどうぞ。自分と乙無の兄さんは、後から追いかけるわ」
とのこと。
じゃ、俺と寿々花さんペアが先行で。
雛堂と乙無ペアが後攻ってことで。
入り口で料金を払って、俺と寿々花さんは暗い暗幕の中に入った。
おぉ、なんか一気に雰囲気出てきた。
「よし、寿々花さん。行くか」
「うん。…暗くて、足元がよく見えない」
おいおい、すっ転ぶなよ。
俺だって足元、覚束ないのに。寿々花さんがすっ転んだらどうやって助け起こせば良いのか。
…それなら。
俺は、自分の右手をすっと差し出した。
「…悠理君?」
「手、繋いで入ろうぜ。はぐれたり転んだりしたら困るだろ?」
「…!うん」
寿々花さんは何故か、妙に嬉しそうに頷き。
自分の左手を出して、ぎゅっと俺と手を繋いだ。
あ、やべ…。緊張で手が汗ばんでるの、バレたかな。
「よし…行こうか」
「うん。れっつごー」
余裕だな、寿々花さん。
果たして俺も同じように、余裕でこのお化け屋敷を踏破することが出来るだろうか…?
…えー。
此処から先は、諸事情によりお見せ出来ません。
…。
…。
…チビっ子達が、ギャン泣きで出てきた理由が分かったよ。
恥と体面がなかったら、俺だって泣き出したかったっての。
でもかろうじて、寿々花さんと繋いだ手は離さなかったぞ。
俺の唯一のプライドだけは守り切った。
ただ、その他のプライドは守れなかった。
「はー。面白かったねー、悠理君」
「…」
「あれ?悠理君大丈夫?何だか青い顔してるよ」
「…そうだな…」
そりゃ、真っ青にもなるだろ。
死ぬかと思った。
比喩じゃなくて本当に、心臓止まって死ぬかと思った瞬間が何度もあった。
聞いてねぇよ、こんな恐ろしいお化け屋敷だったなんて。
何度悲鳴を上げたか分からない。喉カラッカラで痛いんだけど。
思い出しただけで身の毛がよだつ。
男である俺が、こんなに情けない姿を晒しているのに。
「おばけがいっぱいだったね。楽しかったー」
寿々花さんは目をキラキラさせて、余裕の表情。
…あんたは、何かに怯えるとか怖がるとか、そういうことはあるのか?
楽しかった、だってよ。聞いてるか?円城寺。
俺は頭の中で、寿々花さんの元婚約者のことを思い出した。
うちの寿々花さんは、高尚なオペラじゃなくて、化け物が出てくるお化け屋敷の方が良いんだってさ。
だから寿々花さんを満足させたかったら、あんたもこうやって、恐怖のお化け屋敷に付き合うんだな。
俺はやり遂げたぞ。相当ダメージは深かったが、しかし寿々花さんを楽しませ、満足させることが出来た。
相当ダメージは深かったがな。
…すると。
「お?出口だ。終わったな」
「短いように見えて、意外と長かったですね。まるで人生のようです」
後攻組の雛堂と乙無が、出口から出てきた。
おぉ、あんたら…。存在忘れてたよ。無事だったか?
俺みたいにげっそりした様子はないから、二人は俺より余裕だったみたいだな。
「あんたら…怖くなかったのか?」
「僕は全く。全部子供騙しです。人間の罪の方が余程恐ろしいですね」
乙無は余裕。
一方の雛堂はというと。
「いや、普通に怖かったんだけどさ…。逐一前の方から星見の兄さんの悲鳴が聞こえてきて、『あーこの辺に何がいるんだな』って分かっちゃって…」
「…」
「なんか、純粋に楽しめなかった気がするよ」
…そうか。
ごめんな、俺のせいで。
順番、逆にすれば良かったな。
まさかこんな恐ろしい場所だとも知らず…。
「悠理君、青くなっちゃってる」
「星見の兄さんのダメージが深刻だな」
「声、ガラガラになってますけど大丈夫ですか?」
それどころか腰が抜けてるよ。
情けなっ…。ほんっと、情けなっ…。
恐怖よりも、自分の情けなさに涙が出そう。
四人でお化け屋敷に入って、腰抜かして半泣きになってるの、俺だけかよ。
本当情けない。
ここは嘘でも良いから、虚勢を張っておきたかった。
が、そのような気力もなく。
休憩と、叫び過ぎてがガラガラになった喉を癒やす為に、俺達はデパートのカフェに立ち寄った。
「悠理君、大丈夫?私のオレンジジュース飲む?」
「…大丈夫…」
冷たいアイスコーヒーで喉を潤す。
叫びまくった喉に、アイスコーヒーが滲みるよ。
あー情けない。
こういう言い方するのは失礼だけどさ。
女性の悲鳴は、まだ聞くに堪えられる。
しかし、男の悲鳴ほど情けなく、聞くに堪えないものはないと思うんだよ。
ましてや、女性である寿々花さんは全く怯えてなくて、何が出てきても「わー」って棒読みで呟いてるだけなのに。
隣で俺だけガチ悲鳴って、そんな情けないことある?
それなのに、寿々花さんは情けない俺を笑うことはなく。
「悠理君、元気出して。私のパフェ食べて良いよ」
むしろ気を遣って、パフェを勧めてくれた。
ありがとうな。
でも、優しくされるとむしろ、自分の情けなさが身に滲みるんだわ。
「笑い飛ばして良いんだぞ。この腰抜け、って…」
いっそ、そうしてくれた方が気持ちが楽まである。
しかし。
「何で?悠理君、ちゃんと腰ついてるよ」
いや、そういうことじゃなくてな…。
「大丈夫だって、星見の兄さん。半泣きで腰抜かしてるの、兄さんだけじゃないじゃん」
「他の客は泣き喚いたり、腰が砕けて立てなくなってる人もいましたからね。それに比べたら、悠理さんはまだマシでは?」
「そうそう。叫びまくってたけど、何とか逃げずにゴール出来たもんな」
雛堂と乙無にも慰められた。
友人達の優しさが心に滲みるようだ。
「それに、自分も結構ビビったぞ。特に、あの手術台に寝そべってた…」
「あぁぁ、もう言うな。思い出させるな」
トラウマになるだろ。
何とか思い出さないように、必死に気を逸らしてるんだよ。俺は。
「あと、霊安室のアレもヤバかっ…」
「言うなって言ってるだろ、馬鹿」
あれは夢に出てくるレベル。
誰だよ、あんな演出考えた奴。絶対ろくな趣味してないって。
「いやー、楽しかったな。お化け屋敷に行って、帰りにこうしてカフェでアイス食べてさー」
と、雛堂はご満悦。
良い気なもんだ。お陰で、俺はトラウマを増やしたっていうのに。
「しかも、何だかんだ女子と一緒に過ごせたし。夏っぽいこと最高だな!」
「その女子は悠理さんのフィアンセだから、完全に脈なしなんですけどね」
という、乙無のツッコミはスルー。
「…?みゃくなし?死んでるの?」
「…こいつらの言うことは、適当にスルーして良いんだぞ、寿々花さん」
まともに相手しなくて良いから。お人好しだなあんたは。