「なあ、文哉」
「なんだよ」

真里亜がいなくなり、仕方なく文哉はソファで住谷とコーヒーを飲んでいた。

「驚いた?びっくりしたよな?」
「だから、何がだ」
「彼女の名前だよ」
「彼女の名前って?」

ボソッと聞き返すと、住谷はおかしそうに笑い出す。

「なーにしらばっくれてるの。あからさまに驚いて固まってたぞ」
「それはその…。本当なのか?彼女の名前」
「そうだよ、真里亜ちゃん。フルネームはアベ・マリア」
「偽名じゃないのか?ほら、スパイネームとかコードネームとか…」
「あはは!違う。本名だよ。それだけは確かだ」
「そうなのか。すごいな」
「ああ、俺も驚いた。でもよく考えたら似合ってるよな。ほら、夕べのドレス姿の彼女は品の良いお嬢様みたいで、アベ・マリアって名前も頷ける」

文哉は視線を落としてコーヒーを飲みながら、無言を貫く。

「否定しないってことはお前も同意見か」
「は?なんでそうなるんだよ」
「おいおい、俺達知り合って何年だよ?お前の考えてることなんて、何でもお見通しだぞ。彼女のことが気になってることもな」
「そ、それは!だって、スパイなんだぞ?気にかけなきゃだめだろう」

そういうことにしておきましょうかねーと、住谷は涼しい顔でコーヒーを口にした。