「っるいくん、ここ玄関だから他の住人に聞こえる、」
「みーんな仕事なんだから、いるわけないでしょ」
そう、ここは芸能人が多数住んでいるマンション。そして今は玄関の扉にわたしの背中はぴったりくっついてる。
そろそろ限界、という合図で琉唯くんの胸板をとんとんと叩いたけど、与えられる甘さに容赦はなくて。
「ーーっはあ、は……」
やっと離してくれたときには、息は絶え絶え。
肩を思いっきり上下させて酸素を取り入れる。
「琉唯くんの意地悪……」
どこが王子様だ。
本当は意地悪で、どこか危ない雰囲気を持っているのに。
モデルをしてる現場のときとは違って、口調もどこか意地悪。
こんな彼が大人気モデルだなんて。
それならわたしにその人気を分けてほしい。
「……だってさあ、いっつも俺につんけんしてるののかが甘えてくるんだよ?そんなの止められないでしょ」
「っあ、甘えてなんかない……っ!」
「いーや、俺には『もっと』って言ってるように聞こえるけど」
……べつに、好きでつんけんしてるわけじゃない。
琉唯くん以外の人だったら素直になれるのに、琉唯くんの前だけは素直になれない。
彼の裏の顔を知ってどうすればいいのかという戸惑いも相まって、余計に。
……なんで、琉唯くんにだけ。
上手に完璧な“のの”を演じられないの。
そう思ったとき、どこか頭の端に追いやられていたことを思い出した。