春政さんが私をエスコートしたのは、ホテルのスイートルームだった。
 エントランスの間違いじゃないかっていうぐらい豪華な調度品の揃った広い部屋に足を踏み入れると、目の前の一面のガラス張りの窓から夜景が見えた。
 さっき見た夜空を覆う星の光とは真逆の、高層階から地上を埋め尽くす光の絶景。
 優しい光を降らす夜空の星よりも強烈に、光輝く夜景。流れ星のように電車や車の光が泳いでいくのが見えた。
 映画でしかみたことがないような部屋と夜景に、これがホテルの一室だなんて信じられなかった。宿泊費用のことが脳裏を過りそうになるけど、下世話な考えは振り払う。
 いつの間に手配したのか、絶景の前に置かれたテーブルにはシャンパンがもう用意されていた。
 ルームサービスなんて、一生無縁だと思っていた。

「どうぞ」

 春政さんが椅子を引いて、私はそこに腰かける。向かいに、春政さんも腰かけた。
 言葉少なく、シャンパングラスを傾ける。これでもう、春政さんは私を車で送っていけない。
 私は……まあ、タクシー呼ぶとか手段がないわけじゃない。でも、今日はもう帰らない。帰る気はなかった。
 今夜だけの甘い夢だとしても、最後まで溺れてしまいたかった。

「すみません……女性の方とこういう風に過ごすのは初めてで、なにを話せばいいのか」

 口元を押さえて顔を隠すようにしている春政さんの顔は、心なしか桃色に染まっているように見えた。
 やっぱり、春政さんは可愛い人だ。
 思わず微笑んでしまう。
 部屋の中は明かりを落としていて、夜景の光だけが照らしている。
 春政さんは明かりをつけなかった。私も、これからのひと時のために点けてとは言わなかった。
 春政さんみたいに素敵な人が女性と一夜を過ごすのが初めてだなんて信じられなかった。
 こういう形でというのが初めてってことかなって思うけど、もしかしたら箱入り御曹司で本当にそうなのかもしれない。
 普段付き合いのある女性も令嬢ばかりだろうし、こういうシチュエーションはなくても納得できる気がした
 やっぱり、婚約者とかもいるのかな。いるんだろうな。
 結婚前の最後の火遊びとかそんな文言が脳裏を過るけれど、それでも良かった。
 私はそっと春政さんの方に身を乗り出した。

 私のココロもカラダも私の物。誰にあげるかは、私が決める。