「わあっ、凄い……!」

 絶壁に設えられた柵の前に立つと、目の前には宝石箱をひっくり返したような星空が広がっていた。
 思わず春政さんから離れて柵に飛びつき、見入ってしまう。
 街からそう離れていないのにこれだけ星が綺麗に見えるのは、私有地で外灯がほとんどない場所だからだろう。
 暗闇に慣れた目に光がしみて、目が潤む。

「気に入っていただけたようでよかったです」

 隣を見ると、春政さんも柵にもたれ掛かっていた。
 でも、見ているのは夜空じゃなくて夜空を見上げていた私。
 微笑みを向けられて、ますます涙が出そうになる。

「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」

 夢のようなひと時だった。
 私のような一介の保育士が桜雅財閥の御曹司と知り合ってその世界を垣間見えるなんて、本当ならあり得ないことだった。

「そう言っていただけて良かったです。今日は少し、元気がないように見えたので……」

 垣間見えた世界に気後れして、野良猫は少し疲れてしまったかもしれない。

「そうですね。ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れてしまったかもしれません」

 誤魔化すように笑うと、風が吹いて私の表情を隠すように髪を乱す。
 髪をかき上げ耳元で押さえていると、春政さんが柵から離れたて私の方に一歩足を踏み出した。
 私の手に、春政さんが手を重ねてくる。

「百華さん……」

 美しい星空を生かす、真っ暗な山の暗がり。その闇を背負って、春政さんが私を真っ直ぐに見つめてくる。
 私を見つめる目が揺れ、物言いたげに唇が薄く開く。

 見つめ合い、目が逸らせなくなる。
 重ねた手が熱を帯びているのがわかった。
 けれど、春政さんはそのまま口を閉じてしまった。

「すみません」

 逡巡の末に視線は逸らされ、地面に落ちた。
 何に対する謝罪なのか、私にはわからなかった。

「フェアじゃないですね」

 独り言のようなその言葉の意味も、私にはわからなかった。

「そういえばこの間、百華さんに教えてもらったようにしたら、初めて子どもに泣かれずに済みましたよ」

 もう春政さんのなかでは話題が切り替わったようで、手が離されまた柵にもたれて夜空を見上げながら話をする。

「本当ですか? 良かったです」

 私は追求せずに、同じように柵にもたれて星を見ながら話しに乗る。

「今まで急に距離を縮めようとし過ぎていたんですね」

 初めて会ったとき、子どもに泣かれてしまうと言っていた春政さんにしたアドバイス。それを実行してくれたということが、凄く嬉しかった。