料理は凄かった。
 これが一見さんお断りの世界……!

 まず、前菜が皿に乗って出てこなかった。岩だった。確かにちょっと平たくて物を乗せられるけど、お皿じゃない。もしかしたら岩の形をしたお皿なのかもしれないけど、河原に落ちていても違和感のない岩だった。アートだった。一瞬、これも食べられるのかなと思ったけど、晴政さんが食べてなかったから岩か皿で合ってるんだと思う。こういう石みたいな見た目のチョコレートとかあるから、血迷ってナイフを刺そうとしなくてよかった。

「凄い、ですね。おしゃれです……!」

「面白いですよね。目でも楽しませてくれて」 

 カトラリーを手にはしゃぎそうになるのを抑える私を、晴政さんが微笑ましそうに見ている。
 子どもっぽくて恥ずかしいな気持ちが脳裏を過るけど、今日はもう野良猫として晴政さんを楽しませると決めたんだからと気持ちを追いやる。
 手にしたカトラリーは冷たくも熱くもなくて、しっとりと手に馴染んだ。
 泡みたいなスープが出たり、麦わら帽子をひっくり返したお皿の真ん中にちょこんと料理が乗っていたり、ソースがまるで絵画のように散らされていたり、野菜一つとってもこんなにカラフルで綺麗でこんな料理があったのかと目から鱗が落ちるようだった。
 料理がテーブルに出されるたびに説明をしてくれるけれど、横文字が多くてよく分からないものも多かった。

「ここにいるのは僕だけですから、作法とか気にしないでゆったり召し上がってくださいね」

「そうですよぉ。かたっ苦しいことなしにして、美味しく食べてください」

 晴政さんと女将さんにそう言われたのは、皮はパリパリ身はふんわりな白身魚の美味しいなにかを食べていた時だった。

「は、はい……ありがとうございます」

 カトラリーを握り締めながら、心臓が早鐘を打つのを感じていた。

 私、なにかやっちゃいましたか……?

 フィンガーボールで手を洗うような真似はしていないはず。そもそも、フィンガーボール出てきてないし……
 何もなく親切心を出してくれただけかもしれないけど、なにかマナー違反をしてしまったのを見てフォローしてくれているのかもしれなかった。
 テーブルマナー講座、今度やってないか探しておこう。
 出そうになるため息を飲み込みながら、引きつってるかもしれない笑顔を作る。
 野良猫はやっぱり野良猫だった。
 それでも楽しませよう楽しもうと決めたんだから、気を取り直す。
 緊張と不安で味がわからなくなったらどうしようって思ったけど、変わらず料理は美味しかった。