花曇りの日曜日の午後、私は深く黒いキャップを被りショルダーバッグを持って外出する廉の後をつけることにした。

廉は白いTシャツにGパンという気負わない普段着で、誰にも何も言わずふらっと家を出て行った。

私はいつもだったら着ないような黄色い派手なTシャツにめったに履かないオーバーオールを身につけて変装しそっと家を出た。

髪型はツインテール、そして丸ブチの伊達眼鏡。

この恰好なら絶対に廉に気付かれない自信がある。

昨夜の夕食時、廉の元に電話の着信があった。

廉はあわてて席を外し、別の部屋でその電話の対応をしていた。

戻って来た廉の表情を見て、私はその電話の相手が先日の女性からだとすぐにわかった。

廉のその少し疲れたような顔・・・それは年上女性との恋に浮かれる男の顔ではないように思えた。

尾行してなにかが判るとは思えない。

仮に判ったとしてもそれから自分がどうしたいのかも、何が出来るのかも判らない。

ただ湧き上がる衝動に身を任せて、こんな真似をしている自分に自分自身が一番驚いていた。

廉は私の尾行に気付かないまま、バス通りを迷いなくまっすぐに歩く。

駅前の繁華街を目指しているのは明らかだった。

街の中心部であるその繁華街は、映画館、ショッピングモール、カラオケ屋に各種飲食店がずらりと揃っている。

だから大人はもちろん学生も遊ぶときはもっぱらここを利用する。

こんな人の目があるところで待ち合わせなどしたら、誰に見られてもおかしくない。

廉もそれはよくわかっているのだろう。

廉はさりげなく小綺麗なビジネスホテルの中へ入っていった。

学生が入るにはまだ少し早いと思われる、そのビジネスホテルのロビーにしつあえられた革張りのソファで、廉は私の知らない誰かを待っている。

私はそのホテルの真向いにあるファミレスの窓から、廉の様子を眺めていた。

廉は背を丸くして両手を組み、ただ一点だけをみつめている。

その姿はまるで疲れたサラリーマンみたいで痛々しかった。

ふいに廉に近づくサングラスをかけた女性が視界に入った。

真っ直ぐなロングの黒髪に白い肌、スレンダーな身体を黒いワンピースで包んでいるその女性は20代後半くらいに見えた。

女性が廉の肩に手を添えなにかを話しかけると、廉もすぐに立ち上がった。

廉の方が女性より頭一つ大きく、二人の後姿がロビーの奥にあるエレベーターの方へと消えていった。
廉の噂は事実だった、ということを自分の目で確認した私は、オレンジジュースの入ったグラスをただみつめ、大きく息を吐いた。

男と女がホテルの部屋でなにをするかが判らないほど、もう私は子供じゃない。

頭が真っ白になった私はそれ以降の意識が途切れ、ただ呆然としたまま時間が過ぎていった。

気が付くと窓の外から見える景色は、いつのまにか夕暮れを映しだしていた。

街で遊びに興じた人々も、もう家路につく時間だ。

ふと我に返り、心で自嘲する。

私はいったいなにをしているのだろう。

こんなところでコソコソと、人のプライバシーを覗いたりして。

廉が校則を破っていることを糾弾したいわけじゃない。

廉のことを義姉として心配だという気持ちも嘘じゃない。

ただそれだけじゃなく・・・どうしようもないくらい胸が痛いのは何故だろう。

「・・・もう帰ろう。」

そう席を立ちかけた時だった。

ホテルのエントランスから廉が出てくるのが見えた。

私はあわてて席を立ち、レジで会計を済ますとファミレスを出た。

一緒にホテルから出てくるのは躊躇われるのだろう。

廉がホテルから遠ざかっていく背中をみつめていると、しばらくして今度は廉と一緒にいた女性がホテルから出て来た。

ヒールの音をコツコツと響かせながら、女性が駅の方へ向かって歩いて行く。

私はなんの考えもなく、女性の背中を追った。

女性は途中コンビニで買い物をし、再び駅へ向かう。

駅に近づくにつれ行きかう人が増え、尾行しづらくなり、つい近づきすぎてしまったのがいけなかったのかもしれない。

女性は改札を抜けようとしたところをくるりと回れ右をし、今来た道を戻っていく。

そして柱の影に隠れていた私の目の前に立ち、サングラスを外してみせた。

初めて真正面から見たその女性の顔は、美しさとともに歪ななにかを感じさせた。

女性の強い視線を受け戸惑う私の耳に、冷たく低い声が響いた。

「あなた、誰?」

「・・・・・・。」

押し黙る私に女性はイライラした口調で言い募った。

「私のこと、つけてきたのよね?」

「・・・はい。」

私は観念してそう頷いた。

女性は私を頭の先からつま先まで眺め、鼻で息をした。

「興信所の人間にしては若すぎるし、一体誰よ。私に何か用があるわけ?」

私は意を決して告げた。

「私は五代廉の・・・家族です。」

女性はプッと吹き出して笑った。

「廉の家族?何それ。変なこというのやめてよ。あなた妄想癖があるんじゃないの?あ、もしかして廉のストーカー?廉と同じ学校の子?廉、イケメンだし、あなたみたいな頭のおかしいファンがいても不思議じゃないものね。」

「本当です!家族になったのはつい最近ですけど・・・。」

「じゃあ廉の両親の名前、言ってみなさいよ。家族ならわかるはずよね?」

私は間髪入れずに言った。

「廉のご両親の名前は誠一郎さんと冬実さんです。」

「・・・・・・。」

「そして冬実さんは私の父である一宮圭亮と今年の春再婚して・・・現在私の義母です。」

その言葉に女性が大きな衝撃を受けているのが判った。

女性は大きく目を見開き、私の顔を穴があくほどみつめた後、ぽつんとつぶやいた。

「じゃあ・・・あの女、再婚したの?」

この女性は冬実さんを知っている?

「冬実さんが再婚したのは、誠一郎さんが亡くなったからで」

「そんなこと私が一番よく知ってるわよ!」

女性は泣きそうな声でそう叫び、その声に周りを歩く通行人が何人か振り返る。

私の言葉が本当だと信じた女性は、さきほどまでの馬鹿にした様子からは打って変わり、真面目な目で私を見て言った。

「ねえ。どこかで少し話さない?」




先ほどまでいたファミレスとは打って変わり、モダンでモノトーンのインテリアが洒落ているカフェのテーブルで私と女性は向かい合って座った。

女性は軽く手を挙げてカフェスタッフを呼び、すばやくアイスコーヒーを頼んだ。

「あなたは?」

そう促され、私もアイスミルクティ―を頼む。

注文した品が届くまでの沈黙の時間が長く感じられ、やっと目の前に飲み物が届くと思わず大きく息を吐き出した。

女性はストローでアイスコーヒーを一口飲むと、やっと言葉を発した。

「とりあえず自己紹介しない?名前も知らない人間同士じゃ腹を割って話せないでしょ?」

女性は余裕たっぷりにそう言って微笑んだ。

「私は神原奈美子。あなたの名前は?」

「私は・・・一宮皐月といいます。よろしくお願いします。」

そう奈美子さんに頭を下げながら、こんな状況なのに低姿勢に出てしまう優等生な自分が嫌になる。

「で?さっきの話は本当なの?あなたの父親と五代冬実が結婚したって・・・。」

「はい。事実婚なので苗字はそのままですが。」

「私を納得させる証拠になるもの、あるかしら?」

それでもまだ疑いの目を向ける奈美子さんに、私はスマホの写真フォルダに保存しているパパと冬実さん、廉、そして私の4人で写した画像を見せた。

パパは冬実さんの肩を抱き、冬実さんはパパに寄り添い、柔らかい笑みを浮かべている。

奈美子さんはその画像を、ただ氷のような眼差しでじっとみつめていた。

「あの・・・信じて頂けたでしょうか。」

奈美子さんは私の問いに答えずに、プッと息を噴き出したかと思うと、大きな声で笑い出した。

「あーはははっ!」

その目には涙がにじんでいる。

しばらく笑い続けた奈美子さんは、その後真顔になりハンカチで目元を拭いた。

「何にも知らずにあの女、幸せになったんだ。可哀想な廉君。」

廉が可哀想・・・?

あの女って冬実さんのことだよね。

「あの・・・奈美子さんは冬実さんのお友達、ですか?」

だとしたら廉は母親の友人とお付き合いしているの?

でもそれはあまりにも不自然に思えた。

すると奈美子さんは私を鋭い目で睨み、吐き捨てた。

「ふん。お友達?笑わせないでよ。私はあの女が大嫌いなの。どうせならあの女が逝けば良かったのよ。どうして誠一郎さんが・・・」

そう語尾を弱めた奈美子さんは泣きそうな顔をした。


まだ話が見えず混乱している私の表情に、奈美子さんは再びアイスコーヒーを口に含むと、口元を歪めた。

「皐月ちゃんだっけ。あなた彼氏いる?」

何故そんなことを聞かれるのかも判らないまま答える。

「いません。」

「そっか。じゃあ好きな男の子は?」

頭に浮かび上がった廉の顔をあわてて打ち消す。

「いません。」

「そう。」

自分から聞いておきながら、次の瞬間まったく興味のないようなそぶりを見せる。

そして急に核心にせまった言葉を吐いた。

「皐月ちゃん、廉と私の関係を知りたいのよね?」

「それは言われなくてもわかっています。恋人、ですよね。」

自分の口から飛び出た恋人、という言葉に打ちのめされる。

「違う違う。廉は私のことなんか全然好きじゃないの。」

「じゃあ、なんで・・・」

「いいこと教えてあげる。」

奈美子さんがローズピンクの唇を引き上げた。

「廉は身代わりなの。」

「身代わり・・・?」

「私が愛しているのはこれまでもこの先も、ずっと誠一郎さんだけ。私は誠一郎さんと付き合っていたの。いわゆる不倫の関係ってやつ。」

「廉のお父さんとあなたが不倫・・・?」

冬実さんが今も大切な想いを持ち続けている誠一郎さんが、廉の良き父親だった誠一郎さんが・・・不倫?

にわかには信じがたく、私はただ呆然としていた。

そんな私の様子など気にもとめず、奈美子さんは話し続けた。

「誠一郎さんは私の会社の上司だったの。優しくて頼もしくて、私はすぐに誠一郎さんを好きになった。でも誠一郎さんはすでにほかの女性のものだった。」

「・・・・・・。」

「ある日、仕事でミスをして落ち込んだ私を慰めるために、誠一郎さんは食事に誘ってくれたの。私はあふれる想いを隠し切れなくなって駄目もとで告白した。あなたが好きですって。最初は困惑していたけれど、誠一郎さんは私の想いに応えてくれた。嬉しかったな。」

奈美子さんは当時を思い出したのか、穏やかに微笑んでみせた。

「不倫とは言っても、誠一郎さんは心から私を愛してくれていたわ。時期を見てあの女と別れるって、私と結婚するって、そう誓ってくれていたの。」

「・・・・・・。」

「誠一郎さんは星が好きでね。夜のデートで空を見上げながら星座を教えてくれたわ。そのあとは必ず私のマンションへ寄って、キスをして抱き合ってベッドで深く愛し合った。そして」

「もうやめてください!」

これ以上、こんな話聞きたくない。

冬実さんと廉が誠一郎さんに裏切られていたなんてこと・・・ふたりには絶対に聞かせたくない。

「ごめんね。バージンで潔癖な皐月ちゃんには少し刺激が強すぎたかしら。」

バージンだと馬鹿にされ、私の耳が燃えるように熱くなる。

「だから誠一郎さんが亡くなった時、私の世界は終ったと思った。ううん。今でも思ってる。誠一郎さんは私の全てだったの。」

「・・・・・・。」

「でも・・・私はお葬式にも行けなかった。辛くて悲しくてやりきれなくて。」

奈美子さんはそう言ったあと、人が変わったように目をギラつかせた。

「だからね。私のこの地獄のような心を、あの女にも分けてあげようと思ったの。」

「え・・・?」

「葬式が終わった翌日の午後、あの女と廉が暮らすアパートを訪ねたわ。誠一郎さんと私の仲を教えてあげようと思ってね。」

「!!」

「けど、あの女不在だったのよ。ほんと悪運の強い女!で、そのとき初めて会ったの。廉に。」

「まさか・・・」

私の嫌な予感は的中した。

「廉にあなたと誠一郎さんとのことを話したのですか?!」

「ええ。話したわ。」

奈美子さんはケロッとした顔で言った。

「廉はなんて・・・。」

「ええ。冷静だったわよ?黙って私の話を聞き終えて、私に一言だけ告げたの。このことを母には話さないで欲しいって。冗談じゃない。私はあの女の苦しむ顔が見たかったのに。でも・・・そのときもっといい復讐を思いついたの。」

奈美子さんは悪魔のような微笑みでつぶやいた。

「あの女の大事なものを奪ってやろうってね。私、廉に取引を持ち掛けたの。ねえキミ、私と付き合わない?私と付き合えるなら、お母さんにはこのこと黙っててあげるわよって。」

もう何も聞きたくなかった。

けれどここまで来た以上、最後まで聞かなければならない。

真実を知りたがったのは他の誰でもない私なのだから。

「廉は即答したわ。わかった・・・俺はあなたと付き合いますってね。」

「酷い・・・どうして・・・どうしてそんな真似が出来るんですか!」

私の叫び声に、奈美子さんが不思議そうに笑った。

「ふふふ。あなた何言ってるの?」

「廉はあなたとの付き合いに疲れてる。もういい加減、廉を解放してください。」

私の絞り出すような声を聞きながら、奈美子さんは頬杖をついて珍しい生き物を見る目をした。

「さっきからなんなの?私と廉は合意の上で付き合ってるの。家族だかなんだか知らないけど、最近知り合ったばかりのあなたが口出しする権利なんてないと思うけど。」

「私は廉の義姉です。廉を守る義務があるんです。」

「義弟が誰と付き合おうがあなたには関係ないでしょ?」

「関係あります。」

私は息を大きく吸ってハッキリと宣言した。

「私は廉が好きだから。」

奈美子さんは右眉をぴくりと動かして私をまじまじとみつめた。

「それは家族愛?それとも男として廉が好きなの?」

「・・・わかりません。でも廉が辛い思いをするのは耐えられない。」

「失礼ね。廉もけっこう楽しんでいると思うわよ?」

その言葉の意味に、私は青ざめた。

「でも・・・そうね。そろそろ廉を解放してあげてもいいかもね。」

「お願いします!」

私は必死の思いで頭を下げ続けた。

「やめてよ。まるで私が悪者みたいじゃない。」

奈美子さんが急に猫なで声を出した。

「わかった。あなたに免じて廉を解放してあげる。もう廉には連絡しない。」

「ありがとう・・・ございます。」

「でも・・・もちろんタダではないわよ。」

奈美子さんの意地悪そうな眼差しが私を射抜いた。

「もちろん、その代償はあなたが払ってくれるのよね?」

「え・・・?」

私の笑顔が凍り付き、奈美子さんは妖艶に微笑んだ。

「今度はあなたが私を楽しませてよ。」

「それは・・・どういう意味ですか?」

「私の男友達でね、女子高生と付き合いたいっていう変態がいるの。男ってほんと若い子が好きなのね。」

「・・・・・・。」

「あなたみたいに清楚で可愛い子、きっと気に入るはずよ。あなた、そいつと付き合ってよ。皐月ちゃんの心意気に免じて、そうね・・・一回だけでいいわ。そうすればもう廉には二度と会わないと約束するわ。どう?」

「・・・・・・。」

固まってしまった私に、奈美子さんがバッグから自らの名刺を取り出してそれを差し出した。

「そんなすぐには決められないわよね。もし決意が固まったら連絡頂戴。もちろんその名刺を捨てて私との取引を忘れてしまうのもアリだと思うわ。その場合、廉との付き合いは続けさせてもらうけどね。すべては貴女次第。」

「・・・・・・。」

「じゃ。あ、ここの支払い、よろしくね。」

奈美子さんはそう言って手を小さく振ると、すばやく店を出て行った。

残された私は、ただ小刻みに震える身体を両手で抑えながら、必死にこれから自分がどうすればいいのか、そればかりを考えていた。

おぼつかない足取りでなんとか家にたどり着いた私は、部屋のベッドへそのまま倒れ込んだ。

廉はいままでどんな思いで生きてきたのだろう。

冬実さんの大切な思い出を守るために、自らが犠牲になって奈美子さんにその貴重な時間と身体を差し出し、奪われてきたのだ。

廉だって父親に裏切られ、傷ついたはずなのに。

悔しくて悲しくて目尻に涙がにじむ。

ふいに部屋のドアがコンコンと叩かれた。

「はい。」

私が力なく答えると、廉が顔を覗かせた。

私はあわててベッドから起き上がった。

「ゴメン。寝てたのか?」

「ううん。大丈夫。」

私は小さく首を振った。

そんな私の顔を廉がまじまじとみつめた。

「何かあったのか?」

「何にもないよ。どうして?」

「いや・・・皐月の顔色が悪いからさ。それにこんなに遅く帰ってくるなんて珍しいし。」

時計を見るともう9時を回っていた。

「しかも見たことのない服着てるし。なんからしくねーなって。」

「私だってたまには気分を変えたい時もあるよ。いつも優等生じゃ疲れちゃう。」

「俺は皐月の優等生キャラ、嫌いじゃないけど。」

「なんか馬鹿にしてる?」

私が怒ったふりをすると、廉は屈託なく笑った。

「してないよ。でも皐月はそのままでいい。」

「なにそれ。」

「ま、何かあったら俺に言えよ。出来の悪い義弟だけど、俺に出来ることなら何でもするから。」

その温かい言葉に、私はまた涙ぐむ。

「廉は・・・優しすぎるよ。」

「は?どこが。」

「ううん。こっちの話。」

「皐月、やっぱりお前、変だぞ。」

廉がベッドに腰かけ、私の髪を撫で、ふわりと抱き寄せた。

大きな手の平もその身体も、とても温かい。

廉の全てを奈美子さんに、もう2度と触らせたくない。

ううん。誰にも触らせたくない。

「ねえ、廉。」

「ん?」

「もう自分が嫌だと思うことをしないで。」

「・・・どういう意味?」

「廉は私が守るから。」

そうつぶやき、私の顔を不思議そうに覗き込む廉の目をじっとみつめた。


私は震える手で奈美子さんの携帯の番号を押した。

3回目のコールで「誰?」という奈美子さんの声が耳に入る。

「私・・・先日お会いした一宮皐月です。神原奈美子さんの携帯で間違いないですか?」

すこしの間があき、奈美子さんの息を飲む音が聞こえた。

「本当に連絡が来るとは思わなかった。あなた、正気?」

「はい。正気です。」

自分の声が硬くて、緊張で強張っているのがわかった。

「そう。」

それだけ言うと奈美子さんは含み笑いをした。

「そんなに廉のことが好きなんだ?」

「・・・はい。」

「どいつもこいつも馬鹿みたい。笑っちゃう。」

「・・・・・・。」

「いいわ。じゃ今度の日曜日、空けといてね。時間と場所が決まったら私から連絡するから。」

それだけ言うと奈美子さんはブツッと電話を切った。

もう引き返せない。

でも廉を守るにはこれしかない。

私が一回だけ・・・一回だけ我慢すれば廉は自由になれる。



約束の日曜日。

奈美子さんに指定された喫茶店で相手の男性を待った。

白いブラウスに紺のスカートを着た私は、不安と怖れで心臓が飛び出しそうだった。

どんな男性が来るのだろう。

怖い人だったらどうしよう。

初めてのデートがこんな形だなんて本当はすごく辛い。

隣のテーブルでは仲の良さそうな若いカップルが、楽しそうにふたりだけの世界に浸っている。

それが心底羨ましかった。

ウエイトレスから出されたコップの水をみつめていると、ふいに男性の声が降って来た。

「一宮皐月ちゃん?」

顔を上げると、銀縁の眼鏡をかけ、グレーのジャケットを着た細身の男性が私を見て目を細めた。

「は、はい。」

男性は私の前の席に座ると、頬杖をつき私の顔をまじまじと眺めた。

「ふーん。可愛いね。君、高校生だよね?」

「はい。」

「年上の男性と付き合ってみたいって本当?」

「はい。」

「僕の名前は吉沢祐樹。よろしくね。」

吉沢さんはそう言って、私の緊張をほぐすようにおどけた声でそう挨拶した。

「よろしくお願いします。」

私が頭を下げると、吉沢さんはそんな私を眺め腕を組み、うーんと唸った。

「すごく真面目そうだけど・・・思ってたのと違うなあ。君、彼氏とかいたことある?」

「・・・ありません。」

「そう緊張しないで。少し話そうか。」

吉沢さんはそう言うと、いたずらっぽく微笑んだ。

もっと軽薄で浮ついた男性が来ると思っていた私は、意外と紳士的でまともな吉沢さんを見て拍子抜けしてしまった。

と、共にホッとして肩の力が抜ける。

吉沢さんは屈託なく話し始めた。