クレジット人間-遊園地から脱出せよ!-

「なに言ってるの? ここからが本番だよ?」




クマがそう言った次の瞬間だった。

突如メリーゴーランドが高速回転を始めたのだ。

由紀子の体が遠心力で一旦大きく揺さぶられる。

慌てて両手で棒にしがみついて、どうにか振り落とされないですんだようだ。

ホッと安心する暇はない。

回転数はグングン上がってきて、あっという間に由紀子の姿を確認できないくらいになってしまったのだ。




「なにしてるの!? やめて!!」




クマに向かって怒鳴るが、クマは素知らぬ顔をしてメリーゴーランドを見つめている。




「あんたたちもなにか言いなさいよ! このままじゃ由紀子ちゃんが……!」




そこまで言って言葉を切った。

由紀子ちゃんのチームの3人も、クマと同じように素知らぬ顔をしているのだ。

時々あくびをして、談笑をしているだけで誰も由紀子ちゃんを心配していない。

その異様な光景に愕然としてしまう。
「少し離れた方がいい」




智道に言われてようやく自分がメリーゴーランドに近づき過ぎていることに気がついた。

腰ほどの高さの柵はあるものの、これだけ回転していてはさすがに危険だ。

メリーゴーランドからは由紀子の悲鳴が聞こえてくる。

だけど今助けにいくことはできない。

なにもできずにただ見ていることしかできない。

胸の中に強い焦りを感じるものの、自分の無力さを痛感することしかできない。

私はなにも言えずに高速回転するメリーゴーランドを見つめる。

由紀子は今必死にしがみついて振り落とされないように踏ん張っているはずだ。

頑張れ。

頑張れ!

必死に祈ったところで役立つかどうかもわからないのに、また手を胸の前で組んでいた。




「さぁて、そろそろクライマアックスかな」




クマが呟いた次の瞬間、メリーゴーランドの回転スピードが最速になった。

グンッと突然上がったスピードに由紀子の手が棒から離れるのが見えた気がした。


「いやぁあああ!」




耳をつんざくような悲鳴の後、何かが振り飛ばされるのを見た。

そのなにかは勢いよくメリーゴーランドを取り囲む柵にぶち当たる。

それと同時に生ぬるい液体が私のところまで飛んできていた。

メリーゴーランドはゆるゆると回転数を下げていき、やがて静かに止まった。

そこに由紀子の姿は見えない。

嫌だ。

見たくない。

だけど目が探してしまう。

メリーゴーランドの柵にめり込んだ由紀子の体。

その体はまるで鋭利な刃物で切られたように、柵の形にそって切断されている。

切断されきれなかった部分はぐちゃぐちゃに破損して、周囲に内蔵が飛び散っている。

私は自分の頬にそっと触れた。

ぬるりとした感触があって指先を確認してみると、由紀子のち肉がこびりついていた。




「あ……」
ついさっきまで一緒にいたのに。

ついさっきまで助けられると思っていたのに。

その由紀子はすでにこの世にはいない。




「いやああああああ!!!」




私は絶叫し、その場に倒れ込んだのだった。
額に冷たい感触がして私は目を開けた。

目の前には尋の顔があって「大丈夫か?」と声をかけてくる。

冷たさを感じる額に手を当ててみると、濡らしたハンカチが当てられていた。




「うん。大丈夫」




答えてから自分はどうして横になっているんだろうかと考えた。

暑さのせいで倒れてしまったんだっけ?

思い出そうとするけれど、頭が痛くてなかなか思い出すことができない。

やっぱり熱でやられたんだろう。

尋は木陰に私を寝かせてくれたみたいで、体は少し楽になっている。

「ありがとう尋。ひとりで帰れそうだから大丈夫だよ」

心配かけまいとして言ったその言葉に違和感があって、私は周囲を見回した。

私が横になっている木陰の少し離れた場所にメリーゴーランドがあり、今はクマのお面をつけた従業員らしき人たちが片付けをしている。

地面にはまだ血がこびりついていて、それがブラシで洗い流されていく。

その光景にすべてを思い出して私は勢いよく上半身を起こした。

突然体を起こしたことで一瞬メマイを感じるけれど、気にしている場合ではない。

「ここ、遊園地だよね?」




聞くと尋は頷いた。

普通の遊園地ではない。

史上最悪の遊園地だ。

すべてを思い出して胸の中がずっしりと重たくなっていくのを感じる。

由紀子が無残に死んでいった様子を、私はすべて見ていたのだ。




「他の人たちは?」



「チームのみんなは自販機に飲み物を買いに行った」



「そっか」




自販機の飲料くらいなら簡単な労働で購入できる。

ゲームをしてクレジット人間を作らなくても、自分で働くことを選ぶだろう。




「みんなが戻ってくるまで、もう少し休んだ方がいい」




尋に言われて私はおとなしく横になった。

風が心地よく頬をなでていく。
「ここって街よりも涼しいよね」



「そうだな。日中は外にいられないくらい熱くなると思ってたけど、大丈夫そうだ」




周囲は森に囲まれているし、気温も違う。

もしかしたら山の中にある遊園地なのかもしれない。

こんな風に子どもたちを誘拐して殺害しているのだから、街なかにあるわけがないのだけれど。

意識が戻ってからしばらくすると繭乃と智道がペットボトルのジュースを何本か抱えて戻ってきてくれた。




「よかった、気がついたんだな」




智道がスポーツドリンクを差し出してくれたので、私はそれを一気に半分ほど飲み干してしまった。

考えれば朝からクレープと水しか口にしていない。




「ありがとう」




お礼を言ってどうにか立ち上がる。

まだふらつくかと思ったけれど、大丈夫そうだ。




「これからどうすればいいか、考えないとな」
智道の言葉に私は頷いた。

この遊園地から脱出しないといけない。

けれど、その方法は今の所見つかっていなかった。




「簡単よ」




答えたのは繭乃だった。

繭乃は刺激的な炭酸ジュースを片手に持っている。




「簡単って?」




眉を寄せて聞き返すと、繭乃は近づいてきた。




「この遊園地内に順応して暮らすか、出ていくか」



「出ていくことなんてできないじゃん」




クマの説明では、外へ出るためにはひとり一千万円が必要になるらしい。

そんな大金を稼ぐためには何年も働く必要がある。

しかし繭乃は視線をメリーゴーランドの方へと投げた。
それにつられて私も視線を向ける。

そこには由紀子と同じチームにいた残り3人が立っていた。

3人の元にクマの面をつけたスーツ姿の男がひとり近づいていく。

その手にはアタッシュケースが握られている。




「これが約束の商品です」




男はそう言うとケースの蓋を開けて中身を見せた。

ここからでもわかる。

ケースの中には一万円札の束が何枚も入っているのだ。

息をすることも忘れて私はそれを見つめていた。




「サンキュ」




リーダー格の男の子が軽い調子でケースを受け取ると、3人は歩き出した。




「これで外に出られるね!」



「あぁ。3人で外に出てもまだお金が残る。それは山分けだな」