「やっと来たわね」

 篝火の焚かれた舞台の上に放り投げられた香夜に冷たい声を掛けたのは鈴華だ。
 炎の揺らめきが、彼女の美しく無表情な顔を妖しく照らしている。
 鈴華は香夜を連れてきた二人を下がらせると、冷たい眼差しのまま口元に笑みを貼り付けた。

「やっぱりどう考えてもあなたのようなみすぼらしい娘が燦人様の婚約者だなんて信じられないのよ。辞退する気はないかしら?」

 提案の言葉なのに、まるでそうしろと命じているかのようだ。
 だが、それは無理な話。
 燦人が望み、長も方針を決めた。そして何より香夜も燦人と共にいたいと思うようになっていた。
 たった数日でも、香夜の心にはもう燦人が住んでいる。自ら手放すことが出来ない程に、彼の存在は香夜にとって大きなものとなっていた。

「……嫌です」

 そう答えればどうなるか、考えなくともわかる状況。
 それでも、自分の口から辞退するなどという言葉を紡ぎたくなかった。

「そう……なら、仕方ないわよね?」

 貼り付けていた笑みすらも消した鈴華は、誰かに場を譲るように香夜から離れる。
 すると突然、火の玉の様なものが香夜の顔の横を通り過ぎた。髪が少し焦げたようだ。

「すみませんね。あなたのような弱い鬼の血を一族に取り入れたくないのですよ」

 現れた男は優しく微笑んではいるものの、その目と態度は人を馬鹿にしていた。
 里の者ではない。だが香夜にも見覚えがあった。
 珍しい自動車を運転してきた人物だ。確か燦人は(かしわ)と呼んでいただろうか。