馬鹿にした態度で嘲笑するのがいつもの鈴華だ。あのような冷たい目は初めて見たかもしれない。
 言いようのない不安が巡る。
 だが燦人達は今日はすでに訪れ客室へ戻って行ってしまった。養母は今日も忙しいようで訪れる気配はない。
 鈴華はだからこそこの時間に伝えに来たのかもしれない。

 相談するならば自分から行くしか無い。
 養母の言いつけを破る事になるが、鈴華の言葉には嫌な予感しかしない。
 だが、そう思って部屋を出ようとすると廊下の先に鈴華の手の者と思われる男がいて睨まれる。

 相談にも行けず、香夜はただ夜が更けていくのを不安を抱えて待つしか出来なかった。

 今晩は下弦の月。その月が上るのは、深夜と呼べるような時間帯だ。
 ただでさえ不安だというのに、そのような時間帯に連れ出そうとするなど嫌な予感しかない。

 夜も更けた頃、鈴華の使いとして来たのは彼女の友人の一人で少しふくよかな娘だ。
 顔を青ざめさせて「来て」とだけ告げる。そんな彼女に嫌な予感は膨れ上がる。

「嫌です。……私は行きません」

 首を横に振り拒否すると、もう一人大柄な男が現れた。廊下で香夜を見張っていた男だ。

「鈴華様がそれを望んでいるんだ。無理矢理でも来てもらう」

 男は告げると同時に動き出し、大きな手で香夜の口を塞ぎ抱えてしまう。小柄な香夜には抵抗すら無意味なほどの力の差。事実暴れても口を塞ぐ手すら外せない。
 この男は鈴華に心酔している里の者達の一人だ。彼女の婚約者候補にすら名が上がらないような男だが、だからこそひたむきな程に心酔している。
 そうして結局攫われるように香夜は自室から連れ出されてしまった。