香夜は病み上がりということもあり、燦人とそのお付きの炯、そして養母以外の人とは会わずに里を出る準備を進めていた。
 とは言え自身の持ち物はそれほど多いわけではない。
 嫁入り道具は養母が用意すると言っていたし、持ち物の整理は早々に終わる。
 なのですることと言ったら、髪や肌の手入れくらいなものだった。

「その傷んだ髪と荒れた手を少しでも何とかなさい。そんなみっともない姿で嫁に行くつもりですか?」

 そう言って髪に良いとされる椿油や手荒れに効くという塗り薬を渡してきた養母。

(いや、髪はともかく手荒れはあなたがそういう仕事をさせてきたせいでは……?)

 と思わなくもなかったが、驚きの方が強いこともあって口には出さなかった。
 良い所に嫁として出すからには少しでも身なりを整えさせないと品位に関わる、という養母の言い分は理解出来るが、何だかんだ言って香夜のためになることをしてくれている様にも見えてどうにもおかしい気分になる。
 思えば宴の前から少しおかしかった。
 着物を渡した時もそうだし、その着物自体も養母が自分のためにと用意したには上質過ぎた。
 見栄えだけ取り繕えば良いのならここまで上等なものでなくても良かったはずだ。

 燦人の婚約者となり彼と接する機会が多くなったので、結果的には良かったのかもしれないが。
 燦人がいるうちはこれを着ていろと言われたが、里を出る時には養母に返すべきなのか。
 だが、この着物以外は着古した襤褸(ぼろ)に近いものばかりだ。この着物が無いと流石に困る。
 里を出る時に返さなくては駄目だろうか。
 返すとしてもせめて代わりにもう少しまともな着物を貰えないだろうか。