「失礼、奥方どの。そろそろ良いだろうか?」

 襖越しのくぐもった状態でも分かるその声は燦人のものだ。
 内心えっ!? と驚く香夜だったが、こちらの様子など気にも留めず養母は彼に返事をしていた。

「はい、ようございます」

 そうして開いた襖の向こうには確かに気を失う前に近くで見た顔。
 少し申し訳なさそうな顔をしている彼は紛れもなく日宮の若君・燦人だった。

「ですが病み上がりですのでほどほどに。うつされてしまいます」
「少々話がしたいだけだ。それほど長居するつもりはない」

 そんなやり取りをした後、「失礼する」と断りの言葉を放ち燦人が部屋の中へ入って来る。後ろには炯が付き従っていた。

「では私は失礼させていただきます」

 しかも養母はそう言って出ていってしまうので、未だついていけていない香夜はどうしていいのか分からない。

「すまない、病み上がりだというのに……無理をさせるつもりはない。横になっていてくれ」
「え? いえ。そのようなこと――けほっ」

 そう咳をしてしまったのが悪かったのか、「いいから」とやや強引に寝かされてしまった。
 うつすつもりか? とでも言いそうな炯の無言の圧力が怖かったのも理由の一つだったが。

「すみません……」

 謝罪の言葉に「いや……」と声を掛け少し間を開けた燦人は、言葉を探るように話し始めた。