花橘の花嫁。〜香りに導かれし、ふたりの恋〜





「――香、満ちました」


 私、櫻月(さくらつき)紗梛(さな)は綸子生地に青の橘と菊、梅の模様のくすんだ水色の着物を着て礼をし挨拶をした。

 参加してくださった方に来てくださったお礼を伝えながらお見送りをする。


「ありがとうございました」

「今日の“春雪(しゅんせつ)香”とても良かったわ。さすが、(あや)さんね」

「ありがとうございます、次は梅雨頃に開催する予定なのでその時に招待状を書きますね」




 皆が帰って行き、お片付けに戻ろうと屋敷に入る。先ほどまで香席をしていた部屋の片付けをして香間を出る。
 すると、何か懐かしい音がした。なんの音か分からずキョロキョロさせた。


「勘違い、か」


 そう独り言を呟いて自室に戻ろうとした時、後ろから声をかけられる。


「……君は、櫻月紗梛か?」


 私の名を呼んだ男性は、とても麗しく美しい人だった。そして私にこう言った。




「――君は、華乃宮毘売の生まれ変わりだ」
 






 時は、優桜院(ゆうおういん)の世。帝都では、一年中桜が咲いているため優桜院の世と呼んでいる。


「――紗梛、早く髪を結ってちょうだい」

「すみません」


 そしてここは、帝都とは少し離れた結華(むすびのは)と言われている(きょう)。ここに住むほとんどがあやかしや神の末裔が軍事に就いている郷であり、ここを治めているのは縁結びの神・結葉龍神(むすびはのりゅうじん)の末裔で由緒正しい家であり帝から公爵位を賜っている長宗我部(ちょうそがべ)家という。

 そして結華郷には三つの大名家があり、筆頭である(すぐる)家、茶道の名家である第二位の五十嵐(いがらし)家、香道をの名家で第三位の櫻月(さくらつき)家だ。
 その櫻月家に私は嫡女である(あや)様付きの女中として働いている。働いているというか、女中のような扱いをされている……の方が正しいのかもしれない。




 私、櫻月(さくらつき)紗梛(さな)はこの家の庶子だ。父は櫻月家の当主である忠良(ただよし)で、母はどこかの没落令嬢だったがこの櫻月家で女中として働いていてその時お手付きでできた子供が私……というわけだ。


「もう、モタモタしないでちょうだい。女学校に遅れてしまうわ」

「申し訳ありません」


 綾様には毎度違う嫌味を言われるけど、もう慣れた。仕方ない。悲しいとか寂しいとか辛いとか、そういう感情はとっくの昔に忘れてしまった。





 女学校に行く彼女をお見送りをして私は、お台所のお仕事に取り掛かる。食器を洗い洗濯物も洗って干す。ほとんど雑用の仕事を午前中に済ませると、私の家庭教師の先生がやって来たのでお迎えをした。


 妾の子だからと言って教育を受けていないわけではない。母が生きている時、父は母を溺愛していたから私の教育も整えてくれていた。
 だから名家の令嬢としてしっかり淑女教育も受けていたし、教養程度は頭の中にある。茶道や華道は幼い頃から両親に連れられお稽古をしていたから師範代だ。そして香道については、父の稽古を受けていたし母からは櫻月とは違う流派の作法を教えてもらっていた。

 母が亡くなって六年。令嬢教育がほとんど済めば学ぶことは教養だけだと母と同じ女中として働くことになった。父は母を愛していたため、母がいなくなってからは私に興味がなくなってしまったのかしばらく会っていないために父が私をどう思っているのかは分からないが……もし、政略結婚の駒になったとしても令嬢として振る舞うことができるから役にたてると思っている。





 ――そして、現在。私は女中として働きながら、綾様の身代わりで香席を取り仕切る香元をしている。


本香(ほんこう)、焚き始めます。どうぞご安座に」


 そう挨拶をして本香を打ち混ぜる。本香包を開けて銀葉の上に香匙で香木を載せて「本香一炉」と言い香炉を出した。正客の人は右隣にお先礼をして香を聞き香炉を回していった。

 私はそれからも同じように香を焚き、連衆が手記録に答えを書きそれを執筆係が書き写す。執筆係が走らす筆の音が心地よくて浸っていれば記録紙を渡された。それを確認して正客に渡すと、香炉と同じように回っていき私のところまで戻ってきたのでそれを巻いて本日の最高得点の方に記録紙を渡した。