「顔、真っ赤だよ?」
急に私を抱きしめた先輩は悪びれる様子もない。
先輩は、そっと私を抱き締めていた手を離す。
「ちょっ、なんで急にあんなことするんですかっ!」
さすがの私も黙っている訳にはいかない。
「あっ、やっと目合わせてくれた」
先輩の瞳に私の顔が映る。
「私の話聞いてましたかっ!?」
「うん、なんで急に抱きしめたかってことでしょ?あの2人組から逃げてたんだ」
先輩は楽しそうに笑う。
逃げてたからって、急に初対面の人間に抱きついたりするの?
イケメンの考えてることは分からない…
「でもごめんね。よく考えたら君の許可もらってなかった」
「そういう問題では…」
この人、普通の人と考え方が違うのかも…
「よく図書室にいるよね。名前は?」
図書室によくいる人間として認知されていたのは、少しだけ嬉しかった。
なんだか文学少女っぽい。
「1年の長月紅葉です」
「紅葉ちゃんか。かわいい名前だね」
そう言って先輩は私の頭を撫でた。
「距離が近すぎますっ」
そうは言いつつ、名前を褒められたのは嬉しかった。
「ああ、ごめん。何年か前まで海外に住んでたから、未だに日本的な距離感が掴めなくて…」
先輩は僅かに戸惑ったあと、「あ、そういうことか」と何故か納得した様子。
「俺は3年の鈴城梨久。またね」
そう言って手を振り、図書室から出て行った。
いきなり抱きついてきたと思ったら、自己紹介してささっと帰ってしまった。
自分のペースが乱れて変な感じだ。
でも、あんな人気者の先輩が、昼休みの人気のない図書室に来ることなんて、もうないだろう。
ホッとしたような、少し残念なような…