普段は甘さが控えめなドーナツか惣菜系のドーナツにするのに。

わからない。

必死に頭を捻らせて考えても何も浮かんでこない。


―――うわー!どれにするか迷うなあ!ホイップドーナツもチョコクランチドーナツもいいなあ。アップルパイも捨てがたい……どうしよう。ねえ、櫂はどれにする?

―――俺は――が迷ってるアップルパイにしようかな。半分食べていいよ

―――え、いいの!?ありがとう!


ふと、脳内で再生された言葉。
だけど、顔には霧がかかっていて顔はわからない。

まただ。また美桜の声に似た誰かとの会話だ。

確か、映画を観に行った時もこんなふうに誰かとの会話が勝手に脳内で再生された。

一体、何だと言うのか。

俺の妄想にしてはリアルすぎるし、あの時の俺が無意識にアップルパイを選んでしまったことを考えると実際に俺の身に起こっていたことのように感じてしまう。

でも、そんなこと身に覚えがない。
いつも肝心なところにノイズがかかって聞こえない。

その人の名前を呼んでいるはずなのに。


「……い……櫂!」

「あ、悪い」