ジャムを煮ている間に、姫が淹れてくれた自家製ハーブティーを頂く。

「で、何で"キュン死に"? しかももうそれほぼほぼ死語。今は"萌え死ぬ"とか"萌え尽きる"とかいうらしいですが、いずれにしても本当に死なないから」

 ベロニカのペースにすっかり巻き込まれ、取り繕うのが面倒になった伯爵は普段通りの口調に戻す。

「伯爵詳しいですね。でも巷では、トキメキ過剰摂取は天に召される、もしくは萌えが足りないと萎れると小耳に挟んだのですが……」

 伯爵のぞんざいな態度なんて全く気にしないベロニカは、首を傾げてそう尋ねる。

「うん、それ物の例えだから」

「ですが、心的負荷は有効なのではないかと思うのですよ! ほら、私物理的な攻撃ダメそうですし」

 確かにベロニカには呪いの効果で物理攻撃が効かない。
 銃殺を企てれば銃から出てくるのは何故か弾丸ではなく万国旗だし、撲殺を企てれば殴りかかろうとしたハンマーはハリセンに早変わり。
 そして本日持って来た毒は砂糖水になると言う不思議現象が起きるのだ。

「というわけで伯爵、私トキメキ過剰摂取で心停止やってみたいです!!」

 はいはい! とベロニカはとても元気よく暗殺される事を希望した。

「…………で、俺にどうしろと」

 しらーっと冷めた表情の伯爵の前にベロニカはドサドサっと沢山の本を置く。

「図書館から話題のロマンス小説を借りて来ました! コレやってみてください」

 ワクワクっと楽しそうを全面に押し出したベロニカは小説のページを指差して、

「このシーンとか、キュンしかないって言ってました!」

 調べておきましたとドヤ顔で語る。

「誰が言ってたんですか、それ」

「え? お姉さまのお茶会に来てた令嬢たちですよ。あとは、宮仕の侍女とか!」

「へぇ、姫社交とかされるんですね」

 ボロボロの離宮を見る限り、てっきり王家総出で冷遇しているのかと思っていたと伯爵は意外そうに口にするが、

「いいえ? お菓子とシルバーちょろまかすのに忍び込みました。暗殺命令出ている姫なんて呼ぶわけないじゃないですか」

 と笑い飛ばされた。
 隠密行動得意なんですと胸を張って自慢されても正直コメントに困る。

「で、姫はコレ読んでどう思ったんです?」

 代わりに差し出された本に視線を落とした伯爵はベロニカに尋ねる。

「えっと、奇特な方もいらっしゃるんだなって」

 どうしてこんな返しになったのか私には理解できなくて。素敵な感性ですね、なんて微笑むベロニカを見ながらパタンと本を閉じてそっと置いた伯爵は、

「それが全ての答えだよ!!」

 できるかぁーーっと全力でツッコむ。

「何!? それ誰得? 俺の火傷確じゃねぇか!! アンタただ楽しんでるだけだろ!!」

「ふふ、怒りつつも本を投げないあたりがさすが伯爵です」

「こんな高級品投げられるかっ!! 弁償する金がない」

 本は貴重品なんだからなとそっと本を返す伯爵を見ながら、

「ふふ、じゃあ早く私の事殺して褒賞貰えるといいですね。目指せ借金完済!」

 そう言ってベロニカは笑った。