「俺が知っているのは"魔法"にしろ"呪い"にしろ、それはあらゆる理を捻じ曲げる万能なモノではなく、一定の条件を必要とした法則性のある"事象"だという事だけです」

 それは呪われ姫を間近で研究した伯爵だから知っている実験に裏付けされた確かな知見。

「王家の呪いと国の歴史について、少々調べさせていただきました」

 そう言って伯爵は"祝福"と"呪い"についての考察を述べる。

「この国は過去幾度か他国や天災に見舞われて滅びそうになったことがあります。でも、最後は必ず免れる。壊滅状態にまで追い込まれても何故か"死なないん"です、この国は」

 歴史上敗者となった国が滅ぶ事は決して珍しいことではない。
 だが、説明のつかない不可解な出来事が重なり、この国はいつもその危機を乗り越える。

「初代スタンフォード王は魔女との契約により国を守る加護として"祝福"を与えられた。その一方でヒトという生き物は、与えられ続けると愚かにもそれが当たり前だと思ってしまう。だから魔女はそれと同時に"呪い"を刻んだ。"私の事を忘れないで"と」

 それは語られることのない、確かめようのない物語。
 まるで寂しがり屋のあなたみたいですね、とベロニカの金色の目を見て伯爵はクスリと笑うとベロニカの髪を優しく撫でる。

「この国の王家にかけられた"祝福"と"呪い"。その発動条件は、魔女と契約を交わしたスタンフォードの血を継ぐ本家筋の人間が王位を継承する事で発動する。そして呪われた人間を除き、王位を継承しなかった者は全員その加護から外れる」

 それが伯爵の導き出した結論だった。

「だからその血を受け継いでいない第7王子であるレグル殿下が王位を継いだ事で、この国は加護を失った。そして、同時に呪いの発動条件もなくなったので次代以降もう呪い子は生まれない」

 国の根幹を揺るがすそれは紛れもなく、王家の暗殺。
 だが、それでもこの国は続いていく。
 真剣に国の行く末を考える王とそれを支える家臣とこの国で生きていく国民達の手によって。

「どうして、その結論に至ったのですか?」

「とある公爵家というか、元宰相殿とちょっとした縁がありまして、妹への接近禁止令を解く代わりに情報の取引をしました」

 伯爵が要求したのは王家の家系図。そこから検証しましたと伯爵はいうが、一般に公開されないその情報は本来ならただの伯爵家の人間が見る事など叶わないモノだ。
 公爵家という単語に反応し、以前会った事のある伯爵の弟妹の事を思い浮かべたベロニカの中で全部が繋がる。

「それは……ベルさんとハルさんが」

「血縁を見分けられるというのならその先は、どうぞあなたの心に留めておいてください。知る権利があるように、また知らない権利もあるのです」

 ベロニカが言いかけた言葉を遮って、伯爵は静かに頭を下げる。
 彼らが自分の出自(ルーツ)を知りたいと望む日が来るまでは、俺は妹と弟の兄でいたいのでと言った伯爵にベロニカは静かに頷いた。
 伯爵が守りたいと背負ったモノはベロニカにとってもまた大事なモノになっていたから。

「これで"暗殺"は終わったんですね」

「ええ、これで俺の"暗殺"はおしまいです」

 呪われ姫の死亡とともに呪われ姫に魅せられ囚われ精神を病んだとされた陛下は治療と称して表舞台から引きずり下ろされた。
 勿論、裏事情はそうではないし失脚させられるだけの手筈はレグルが用意していたが、そこは伯爵の預かり知らぬ話だ。
 陛下の悪政に長く苦しい思いをした民衆は、これから少しでも良い方向に変わればと呪われ姫を生贄にして願うのだ。
 これでこの国は救われる、と。
 暗殺自体は単純な計画だが全面的にレグルが協力しており、魔法と言う特殊な体質を持っているベロニカが自身の葬儀に乗じて多くの人間に存在に呪われ姫を忘れるように暗示をかけてしまえば、彼女の行方を追えるものなどどこにもいない。
 こうして、13番目の王女様であるベロニカ・スタンフォードはようやく自由を手に入れた。