「それにしても、私が直に毒を持つと砂糖水に変わるのですね! いつもは食事に毒を混ぜられた暗殺だったので、新発見ですよ」

 ちょっと興奮気味にそう話すベロニカは、彼女が自作したというテーブルの上に大きな鍋と鍋いっぱいの薔薇の花びらを置き、

「さっそく薔薇ジャムを作りましょう! 明日からのティータイムが楽しみです」

 とご機嫌で鼻歌混じりにジャム作りの準備を始める。

「伯爵も一緒に作ります? 持って帰っても良いですよ?」

 砂糖水が手に入ったのがよほど嬉しいのだろう。猫のような彼女の金色の瞳は、とても楽しそうな色に染まっていた。

「姫って、本当に逞しいですよね」

 ベロニカは一国の姫だというのに、呪い子に割く予算はないとばかりに侍女も護衛もいないボロボロの離宮に住んでいる。
 だが、この逞し過ぎる呪われ姫は、そんな状況などどこ吹く風とばかりに自給自足、時には王宮から諸々くすねて慎ましくも楽しくスローライフを満喫しながら暮らしているようだった。
 そんなベロニカの様子を見ながら、

「俺、明日から姫のことシロップ生産機って呼んでもいいですか?」

 と、伯爵は冗談混じりにそう尋ねる。
 ベロニカはテキパキと動かしていた手を止めて、そんな伯爵をまじまじと見返す。
 いくらベロニカが王族らしくないとは言え、不敬が過ぎたかと伯爵が謝罪を口にするより早く、

「わぁー私、渾名で呼ばれるなんて初めてです。ぜひ! なんならどうぞ今からお呼びくださいっ!!」

 前のめり気味に食いつかれた。

 呪われ姫ベロニカは、国中から暗殺者を仕向けられる存在だ。愛称はおろか彼女を名前で呼ぶ者すらいない。

「……すみません、今のは俺が悪かったです。姫」

 彼女の状況を軽く見過ぎてしまったと素直に謝罪した伯爵に、

「……呼んでくれないんですか」

 ものすごく残念そうにベロニカはそういった。

「そんな呼ばれたいんですか!? 生産機って」

 しゅんっとなってしまったベロニカに、何だかとっても良心が痛み出した伯爵は、大きくため息をつき、

「俺みたいな人間が、本来一国の姫とこんな頻繁に会う事などありませんし、ましてや渾名で呼ぶなどありえません。王家に慰謝料請求されても払えるわけもないので勘弁してください」

 と素直に頭を下げた。

「そう、ですね。私は、伯爵の人の良さにつけ込んで殺してくださいと頼んでいるだけの人間ですものね。友達というわけでもないのに、名前や渾名で呼んで欲しいなど、欲張りすぎですね」

 気になさらないで、と死にたがりの呪われ姫はそう言って寂しそうに微笑む。
 そんなベロニカを見てさらに良心が痛んだ伯爵は、彼女から目を逸らして、

「生産機、はないですが、その……失礼でなければ、たまにお名前をお呼びするくらいなら……」

 と譲歩の姿勢を見せた。

「なるほど! これがいわゆる"ツンデレ"という奴なのですね!! 懐かない猫が自分だけにすり寄ってきた時の優越感にも似た感情! これが"キュン死に"への第一歩ですね!!」

 そんな伯爵を見たベロニカはぐっと拳を握り締めそう叫ぶ。

「違う! 断じて違う!! 誰がツンデレだ、このトンデモ姫がぁっ!!」

 言葉の定義からして違う!! っと、伯爵は姫に全力でツッコミを入れた。