「さすがに人が多いな。今シーズン真っ只中だし」
ごった返す人の多さに、人を見に来たのか桜を見に来たのか分からないなと苦笑した伯爵は、大人しくついて来たベロニカの顔を見る。
「初めて……来ました。桜祭り」
目立つ銀色の髪を隠すように、猫耳付きの黒いフードを深く被ったベロニカは、興味深そうに金色の瞳を瞬かせたて静かにそう言った。
この国では春先になるとどこもかしこもそわそわとした空気が漂いはじめ、桜が咲き始める頃から咲き誇り散りだす2週間ほどはこの王都では常にお祭り騒ぎだ。
特に商魂逞しい一般市民たちがしのぎを削るこのチェルシー街通称桜通りでは、桜が咲き誇る期間眠らない街として有名で、この国の春の名物ともいえる咲き乱れる桜と祭りを堪能しに観光客が押し寄せる。
「俺も久しぶりに来ました」
弟妹にねだられて連れてきたのが最後だなと伯爵はうるさいくらいに騒ぎながらはしゃいでいた幼い頃の弟妹の姿を思い出す。
だが、本日の連れは弟妹ではない。チラッと隣を見れば浮かない顔で大人しくしているベロニカの姿が目につく。
お祭りなんて普段の彼女なら嬉々としながら店々をあちこち覗いて駆けまわりそうなのに、ここまで口数の少ないベロニカは初めてだ。
「さて。祭り、といえば何をするでしょうか?」
伯爵はいつものローテンションでベロニカにそう問いかける。
「……何って」
なんだろう、と首を傾げたベロニカに、
「ハイ、時間切れ。答えは食べ歩きって事でとりあえず粉物から攻めますか」
粉物は安価でお腹いっぱいになるから貧乏人の味方なんですよと説明しながらベロニカについてくるように促す。
「人多いからはぐれそうだな。服の袖でも掴んでて」
手を繋ごうと言わないところが伯爵らしいなと思ったベロニカは少しだけ微笑んで、言われた通りに伯爵の服につかまった。
「……さすがに、買い過ぎじゃないでしょうか?」
先代伯爵が作った莫大な借金と赤字領地の改善に追われる貧乏伯爵は、質素・倹約を掲げており普段なら絶対無駄遣いをしない。
だと言うのに今ベロニカの目の前にはどう考えても2人で食べるには多過ぎる量の様々な露店の食べ物がこれでもかと並んでいる。
「大丈夫、ベロニカ様がいらない分は持って帰って明日の我が家の朝ごはんになるから」
もしくは昼ごはんと言った伯爵は、
「食べ物無駄にするのは絶対ダメってウチのチビ達にも言い聞かせてるから、まぁ無駄にはしません。気にせず好きなの食べてください」
そう言ってホットコーヒー片手に桜のマフィンを一口食べると、あとは静かに催し会場の中央にある一際大きな桜の木を眺めていた。
そんな伯爵を見ながらベロニカはどこを見渡しても視界に入るピンク色の花びらとこれだけ人で溢れているのに誰も自分の事など気にする様子もない心地よい無関心さと絶え間なく耳に届く何らかの音を聞きながら、
「……ありがとうございます」
と、ぽつりとつぶやいた。
「桜、嫌いでしたか?」
「え?」
「お祭りとか好きそうだなって思って連れてきたけど、逆効果だったかなって。ずっと、心ここに在らずだから」
伯爵にそう言われて、ベロニカはそうかもしれないと初めて自分の状態に気づく。
「ごめん……なさい」
せっかく連れて来てくれたのに、とつぶやくベロニカの声を喧騒の中で拾いながら、
「謝ってほしいわけじゃないんです。連れて来たのは俺の独断ですし」
伯爵は言葉の少ないベロニカの感情を読み取ろうとするかのようにじっと彼女の金色の瞳を覗く。
「なんだか今日は離宮にいたくないように見えたから。でも、きっとそれは俺の勘違いで、あなたは離宮にいたくないわけではなくて、きっとどこにいても視界に入るこのピンク色の桜から目を背けたかったんですね」
気づけなくてすみません、と言った伯爵はベロニカの頭をフード越しにポンポンと優しく撫でて、帰りましょうかと促した。
ごった返す人の多さに、人を見に来たのか桜を見に来たのか分からないなと苦笑した伯爵は、大人しくついて来たベロニカの顔を見る。
「初めて……来ました。桜祭り」
目立つ銀色の髪を隠すように、猫耳付きの黒いフードを深く被ったベロニカは、興味深そうに金色の瞳を瞬かせたて静かにそう言った。
この国では春先になるとどこもかしこもそわそわとした空気が漂いはじめ、桜が咲き始める頃から咲き誇り散りだす2週間ほどはこの王都では常にお祭り騒ぎだ。
特に商魂逞しい一般市民たちがしのぎを削るこのチェルシー街通称桜通りでは、桜が咲き誇る期間眠らない街として有名で、この国の春の名物ともいえる咲き乱れる桜と祭りを堪能しに観光客が押し寄せる。
「俺も久しぶりに来ました」
弟妹にねだられて連れてきたのが最後だなと伯爵はうるさいくらいに騒ぎながらはしゃいでいた幼い頃の弟妹の姿を思い出す。
だが、本日の連れは弟妹ではない。チラッと隣を見れば浮かない顔で大人しくしているベロニカの姿が目につく。
お祭りなんて普段の彼女なら嬉々としながら店々をあちこち覗いて駆けまわりそうなのに、ここまで口数の少ないベロニカは初めてだ。
「さて。祭り、といえば何をするでしょうか?」
伯爵はいつものローテンションでベロニカにそう問いかける。
「……何って」
なんだろう、と首を傾げたベロニカに、
「ハイ、時間切れ。答えは食べ歩きって事でとりあえず粉物から攻めますか」
粉物は安価でお腹いっぱいになるから貧乏人の味方なんですよと説明しながらベロニカについてくるように促す。
「人多いからはぐれそうだな。服の袖でも掴んでて」
手を繋ごうと言わないところが伯爵らしいなと思ったベロニカは少しだけ微笑んで、言われた通りに伯爵の服につかまった。
「……さすがに、買い過ぎじゃないでしょうか?」
先代伯爵が作った莫大な借金と赤字領地の改善に追われる貧乏伯爵は、質素・倹約を掲げており普段なら絶対無駄遣いをしない。
だと言うのに今ベロニカの目の前にはどう考えても2人で食べるには多過ぎる量の様々な露店の食べ物がこれでもかと並んでいる。
「大丈夫、ベロニカ様がいらない分は持って帰って明日の我が家の朝ごはんになるから」
もしくは昼ごはんと言った伯爵は、
「食べ物無駄にするのは絶対ダメってウチのチビ達にも言い聞かせてるから、まぁ無駄にはしません。気にせず好きなの食べてください」
そう言ってホットコーヒー片手に桜のマフィンを一口食べると、あとは静かに催し会場の中央にある一際大きな桜の木を眺めていた。
そんな伯爵を見ながらベロニカはどこを見渡しても視界に入るピンク色の花びらとこれだけ人で溢れているのに誰も自分の事など気にする様子もない心地よい無関心さと絶え間なく耳に届く何らかの音を聞きながら、
「……ありがとうございます」
と、ぽつりとつぶやいた。
「桜、嫌いでしたか?」
「え?」
「お祭りとか好きそうだなって思って連れてきたけど、逆効果だったかなって。ずっと、心ここに在らずだから」
伯爵にそう言われて、ベロニカはそうかもしれないと初めて自分の状態に気づく。
「ごめん……なさい」
せっかく連れて来てくれたのに、とつぶやくベロニカの声を喧騒の中で拾いながら、
「謝ってほしいわけじゃないんです。連れて来たのは俺の独断ですし」
伯爵は言葉の少ないベロニカの感情を読み取ろうとするかのようにじっと彼女の金色の瞳を覗く。
「なんだか今日は離宮にいたくないように見えたから。でも、きっとそれは俺の勘違いで、あなたは離宮にいたくないわけではなくて、きっとどこにいても視界に入るこのピンク色の桜から目を背けたかったんですね」
気づけなくてすみません、と言った伯爵はベロニカの頭をフード越しにポンポンと優しく撫でて、帰りましょうかと促した。