「姫が魔法が使えるのは、その最後の純血種の魔女の血を引くから、ですか?」

「分かりませんが、おそらくは。でも、私も私以外に魔法が使える人間に会ったことはないので、確証はありません」

 この世界において魔法が使える人間などごく稀だ。

「大抵の場合は、魔力を持っていたとしても微量過ぎて気づいていないか、あるいは魔法が使える事を隠しているかのどちらかだと思いますよ」

 ヒトと違うと言うことはそれだけで好奇の視線を向けられる。理解されない力など圧倒的大多数の常識の前では、迫害の対象にしかならない。

「王家の人間なら魔法を使える、というわけでもないんですね」

 ベロニカは肯定するように小さく頷く。

「魔女の血を引けば必ずしも魔法が使えるわけではないようです。13番目に生まれてきた人間が呪われているのは共通ですが、魔法が使えたとの記録はないですし」

 魔法は嫌厭されるが、一方で使いこなせるならば有用でもある。
 もし歴代の呪い子達がそうであったなら、こんな風に予算すらつけられないボロボロの離宮に打ち捨てられているわけないか、と伯爵は考える。
 もっとも呪われると分かっている13番目の子なんてまともな王の時代には生まれてこないので、記録自体があまりなくハッキリとしたことは言えないが。

「姫は、なんで魔法が使えるんです?」

「……自分でも、よく分からないんです」

 ベロニカは初めてそれが魔法だと認識した日の事を思い出すように、ゆっくり目を瞬かせる。

「お母様がいなくなって、1人で離宮に取り残されて、誰にも……それこそ送り込まれてくる沢山の暗殺者にすら見つけてもらえずに、寂しくて、寂しくて、寂しくて、膝を抱えて泣いていたら、目の前に真っ黒な金の目をした猫ちゃんがいたんです」

 その猫達はいつでもどこでも音もなく現れてベロニカのことを見つけてくれた。

「そのうちこの子達はみんな生き物ではない、私の願望が形になったものなのだと気づいて、それからはいつのまにか魔法が使えていました」

 だから、私にもどうしてなのかよく分からなくて、とベロニカは静かに言葉を紡ぐ。

「猫ちゃん達がいてくれるようになってからはとても便利にはなったんですけど、でもやっぱりお話できる人はいないから、寂しくて」

 この離宮での暮らしは、誰も見つけてくれない、終わりのないかくれんぼのような生活だった。

「私はここにいるって、誰かに見つけて欲しくて。誰か、って願っていたら伯爵が殺しに来てくれました」

 鈍く光るナイフを一本だけ持ってやって来た伯爵が、それを振り翳すことなく置いて行ったあの日のことを思い出す。
 ベロニカのひとりぼっちのかくれんぼは、その日終わりを告げた。

「最後の1人になってしまった魔女が最後に残したかったものは一体なんだったのでしょうね?」

 ベロニカが自分の指先に視線を落として、ふとそんな事を口にする。

「たった1人残されて。混ざりたくてもみんなと違うから混ざれなくて」

 ベロニカはそう言って金色の瞳を瞬かせる。
 13番目に生まれて来たばかりに呪われていると後ろ指をさされて、沢山の暗殺者を送り込まれて、国中から死ぬことを望まれて。
 嫌になるほどそんな毎日を繰り返しても、呪われているせいで死ねなくて。
 割り切れない気持ちもあるけれど、それでもとベロニカは思ってしまう。

「寂しくて、悲しくて、忘れられたくなくて残したモノが"呪い"なら私は最後の純血種の魔女を責めることができません」

 誰かの中に"何か"を残したい気持ちがベロニカにも少し分かるのだ。
 呪われ姫はヒトとは少し違うから。

「でも、できたら私が最後の"呪われ姫"だといいなと思います。やはり呪われているなんて、いい気はしませんから」

 ふふっと楽しそうに笑ったベロニカの頭をゆっくり撫でた伯爵は、

「ベロニカ様らしい」

 と優しく笑った。

「まぁ、今の話を掘り下げつつ、解呪の手段がないか探ってみましょうかね」

 急ぐわけでもないのだし、と伯爵はベロニカが用意してくれたほうじ茶をゆっくり飲んで美味しいとつぶやいた。