「それで早速なのですけれど、伯爵に私のことを殺してほしいのです」

 と、ベロニカは先ほどと同じことを口にした。

「失礼ですが、姫。なぜ俺に?」

「だって、あなたは誰かを雇ったりせず、自分で殺しにきてくれたじゃないですか」

 ベロニカは自分の分のたんぽぽコーヒーを口にしながら、とてもうれしそうにそういった。

「こんなこと言っては失礼かもしれませんが、私、あんなにお粗末な暗殺、初めてでしたの」

 ベロニカは昨夜の出来事を思い出してとても楽しそうに笑う。

「伯爵、ナイフは投げるより刺すか斬りつける方が効果的ですよ? 投擲される方もいますが、あれは相当な技術が必要です」

 ターゲットに届かない上に慌てて回収し忘れていくなんて、おっちょこちょいですねーと暗殺され慣れているベロニカは、ドヤ顔で今後の人生で多分使う事のないアドバイスを伯爵に送る。

「悪かったな、お粗末で」

 あといらないお世話だとふてくされたように伯爵はそう口にする。
 殺しなんて専門外だ。それに何よりやらずに済むのなら、姫の暗殺なんてやりたくなんてなかった。
 自らナイフを握り締めて、忍び込んだのだって、人を雇う金がなかったからだ。
 思わず粗野になってしまった伯爵の口調を咎める事もなく、ベロニカは申し訳なさそうに頭を垂れる。

「申し訳ございません、私のせいでお手間を取らせて」

「……姫は、別に悪くは無いだろ。ただ、13番目に生まれてきただけだ」

 そう、ぼそりと言った伯爵を見て、ベロニカは驚いたように猫のような金色の瞳を大きく見開き、パチパチと瞬かせる。

「そんなことを言われたのは、初めてです」

 ベロニカはきれいに微笑んで、

「ありがとうございます、伯爵。やはり私はあなたに殺されたいです」

 どうせ、誰かに殺されねばなりませんからと悲しそうにそういった。

 この国には、昔から呪いがかかっている。そしてその呪いが発揮されるのは13番目の王の子と決まっている。だから、この国の王はどんなに多くとも子は12人までしかもうけない。
 ……はず、だった。

「そもそもですよ! お手つきした女性の数や自分の子どもの数を覚えてないってどういうことですか? 陛下は簡単な足し算もできないのですか。記憶力鳥ですか!!」

 運がなかったと言えばそれまでなのだろう。たまたま陛下が視察に赴いた際の催しで舞台に上がった踊り子。そのうちの1人が運悪く陛下の目に止まり、手がついた。
 法律上陛下の子の堕胎は認められず、生まれて来た13番目の王女様、それがベロニカだ。
 ちなみに13番目を超えてしまえばもう関係ないとばかりに陛下の色欲は止まらず、ベロニカの下にも腹違いの弟妹がおり、この国史上最も子沢山な王家となっている。
 ベロニカが生まれてすぐ、陛下は御触れを出した。

『第13子呪われし姫を殺した者に褒美を取らす』

 呪い子など国に置けないと言わんばかりの自分勝手な命令だが、陛下が黒と言えば白も黒になる世界だ。
 褒賞に目が眩んだ者、王家に取り入りたい者、国の憂いとなりうる呪いの芽を絶ちたい者、など様々な理由で赤子の頃からベロニカの暗殺を企てるものが後を絶たなかった。