「……私、伯爵に何も返せてないです」

「貧乏貴族が王族とティータイムだなんて過分すぎる報酬でしょう」

 お茶やコーヒーを自力で用意して自ら淹れてくれる姫なんて、ベロニカ以外きっといない。
 そういう伯爵を驚いたような表情で見たベロニカは目を丸くして瞬かせる。

「ふふ、やはり伯爵は変わっていますね。貰えるものはもらっておけばいいのに」

 そう言って笑ったベロニカは、再び目を閉じる。
 そのままうとうとし始めたベロニカは、

「頭をなでられるのって、こんなに気持ちいいものなのですね。知りませんでした」

 静かに静かにそう言った。
 伯爵は何も話さず、ゆっくり優しい手つきでベロニカの髪を撫で続ける。
 1人でいる時はただ静かな部屋の中で、寂しさと退屈を抱えていたはずなのに、今はこの静けさも沈黙も心地いいなんて不思議だわとベロニカは心の中でそう思う。

「……私、殺されるならやっぱり伯爵がいいです」

 静かな部屋にベロニカの小さな声がぽつりと漏れる。

「そしてもし、来世というものがあるのなら今度は猫になりたいです。こんなふうに、誰かに撫でてもらえるような、愛くるしい猫に」

 銀色の長いふわふわの髪を体に纏わせソファーにまるまるその姿はまるで猫のようで、ベロニカのつぶやきを聞いた伯爵はくすりと笑う。

「……ねぇ、伯爵? 私が死んだら、伯爵は……少しくらい、悼んでくれますか?」

 ベロニカは薄れていく意識の中で、伯爵に尋ねる。

「……なんて、暗殺を依頼して……のに……厚かまし……かな」

 そのまま満足そうな顔をして眠りに落ちたベロニカには、すやすやと規則正しい寝息を立てる。

「多分、泣きますよ。俺」

 すやすやと寝息を立てるベロニカの寝顔を見ながら、伯爵は無愛想の顔のままベロニカを撫でてそう言った。
 自分の事を見つけると"伯爵"と楽しそうに駆けてくる彼女の笑顔を思い出す。
 妙な縁ができてしまったベロニカは、まだ成人すらしていない、自分と同じ人間で、ただの子どもだ。短い付き合いではあるが、彼女が国から殺されなければならない理由が伯爵には理解できない。

「国中が、姫の死を喜んでも。多分、俺だけはアンタを想って泣くんだ」

 伯爵は小さくため息をついて、ベロニカの身体にそっと自分の上着をかけてやる。

「だから、できたら呪いを全うして死んでくれないか? ベロニカ様」

 暗殺を依頼されている自分が、叶うなら寿命が尽きるまで、姫が生きてくれたらと願うのは間違いだろうか?
 夢の中に落ちたベロニカには伯爵の問いかけは届かない。

「また、来ます。どうか、いい夢を」

 伯爵はそっとそう囁いてベロニカを起こさなように、静かに部屋を後にする。
 伯爵がいなくなった部屋で、夜は静かに、静かに更けていく。
 なんだかとても幸せな夢を見た気がするベロニカが、テーブルに置かれた書類に書かれた伯爵のサインを見て、次がある幸せを噛み締めたのは翌朝の事だった。