伯爵がベロニカの離宮に来なくなって、ひと月たった。

「……静か」
 
 自分以外誰もいない部屋のソファーでお行儀悪く寝転んだベロニカはぽつりとそう漏らした。
 ベロニカが伯爵に暗殺を依頼してから、最低週1回、平均2〜3回のペースで伯爵は離宮を訪れていた。
 律儀に毎回違う内容の暗殺を企てて、失敗を記録に残しながら。

「……この離宮、こんなに静かだったかしら?」

 伯爵が来なくても相変わらず沢山の暗殺者が離宮の敷地を訪れるが誰一人としてベロニカがいるこの部屋まで辿り着ける者はいない。
 大抵は屋敷に入るより早く、ベロニカのペットのドラゴンやベロニカの良き隣人である人外の何か達を見て逃げ帰ってしまうからだ。

「……退屈」

 そうつぶやいたベロニカは金色の目を小さなテーブルに向ける。先月までは暗殺に来てくれた伯爵がそこにいて、2人でお茶をしていたのだ。
 呪われ姫であるベロニカが用意したお茶を伯爵は躊躇わずに飲んで美味しいと言ってくれた。

「……寂しい」

 ベロニカは侍女すらいないこの離宮でずっと1人で生きてきた。だからそれが当たり前で、寂しいなど感じた事などなかったのに。
 
「ひとりは、寂しい」

 誰もいない静けさの中で、ベロニカはひとりぼっちの寂しさと伯爵に会いたい気持ちで泣き出しそうだった。

「ああ、ヒトという生き物は退屈や寂しさや孤独で死ぬのかもしれませんね」

 そうつぶやいたベロニカの金色の瞳から涙が溢れ、床に落ちた。その途端、

『ニャー』

 どこからともなく、金の目をした黒いネコが現れた。

『ニャー』

 ネコがベロニカを仰いで一声鳴くと、
 
『ニャー』

 どこからともなく金色の目をした闇色のネコがするりと姿を現した。

『ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー』

 それらは例えば床に落ちる影の中から、あるいは家具と家具のほんの僅かな隙間から、音もなく現れてどんどんどんどん増えていく。
 そして、あっという間に部屋を埋め尽くすほどの数になり、真っ黒なネコの形をした何かは行儀良く座って、金色の瞳をベロニカに向けると、

『ニャー』

 と一斉にベロニカに向かって鳴いた。
 ベロニカは金色の瞳を瞬かせるとソファーに座り直して、ネコ達に微笑みかける。

「退屈で死にそうです。私からお気に入りを取り上げて、私を殺そうとしているのは誰でしょう? ベロニカ・スタンフォードが王家の呪われた血において命じます。暴き出しなさい」

 ベロニカがそう命じると、了承を告げるように一際大きく鳴いたネコ達が暗闇の中に消えていった。
 ネコ達が消えた部屋でソファーにうつ伏せになって足をパタパタさせたベロニカは、つまらなそうに笑う。

「私、この暗殺(放置プレイ)が、一番堪えるようです。だから少しだけ本気を出させていただきますね、伯爵」

 静けさの中でそうつぶやいたベロニカの金色の瞳には、静かな狂気と執着が浮かんでいた。