「えーっと、姫? そろそろ機嫌直し」

「伯爵のバカっ、あんぽんたん、ヒトでなし。伯爵なんか、伯爵なんかぁ、大っ嫌いです」

 いつも元気でへこたれないベロニカがソファの上で膝を抱えてすんすんっと啜り泣く。
 よほどわさびが辛かったらしい。プイッとそっぽをむいてヘソを曲げたまま、許してくれる気配がない。

「もう伯爵の顔なんて見たくないです」

 そう言われた伯爵はチラッと外に視線を向ける。

「まぁ、俺もそろそろ帰りたいのは山々なんだけどね。気になることがありまして」

「……なんですか?」

「さっきから外でヒト……じゃないものっぽい叫び声が聞こえるんですけど」

 いつもならドラゴンに追いかけられる暗殺者の叫び声なんかが聞こえるが、今日は暗殺者来ないんじゃなかったっけ? と伯爵はベロニカに尋ねる。

「この間裏山で掘り起こしたアンデッドさん達が宴会でもしてるんだと思いますよ。仲間に引き入れられないといいですね? お帰りの際はお気をつけて」

 知らない間に離宮の外に人外の何かが増えたらしいという事を伯爵は知る。そして伯爵がこの離宮を出入りして無事なのは、ベロニカがそれを許しているからだ。
 ベロニカから顔も見たくないと言われた以上、無事にここから出られる保証はない。
 盛大にため息をついた伯爵は、すんすんと啜り泣くベロニカに傅くと、

「ベロニカ様、本当にすみませんでした。反省してます」

 と素直に謝罪した。

「命が惜しいからとりあえず謝っとくかって顔に書いてます」

 名前呼ばれたくらいじゃ喜びませんからねとベロニカの機嫌は直らない。

「まぁ、命が惜しいのは確かなんですけど、悪かったとも思ってます。なので、ベロニカ様、どうしたらお許しいただけるか、教えていただけますか?」

「……なんでも、お願い聞いてくれます?」

 膝を抱えたままチラッとだけ伯爵の方を向いたベロニカがそう尋ねる。

「知ってると思いますけど、うちの伯爵家は莫大な借金抱えてるんで、多額の賠償金請求されても払えません。あと、今すぐベロニカ様を殺すのも方法が分からないんでできません。けど、俺にできる範囲のことであれば、まぁなんでも。できれば労働系だと助かります」

 切実にそう訴える伯爵に、

「ふふ、こう言う時は普通なりふり構わず嘘でも"なんでも"と答えるものだと思ってましたが、やはり伯爵は変わってますね」

 ようやく顔を上げたベロニカは、クスッと小さく笑ってそう言った。

「……できない事をできると言っても、姫の機嫌は直らないでしょ」

「まぁ、そうですね」

 願い事と口の中で言葉を転がしたベロニカは、

「笑わないで、聞いてくれます?」

 と尋ねる。

「俺の笑顔は有料なんで、無駄に笑わないからさっさと言ってください」

 相変わらず不遜な態度の伯爵は何を今更とばかりにそう答える。
「シンデレラに……なりたくて」

 ぽそっと小さくつぶやくようにベロニカは願い事を口にする。

「憧れていて。……舞踏会。私が呼ばれる事は、絶対ありませんから」

 金色の猫のようなベロニカの瞳が伯爵の事を覗き込む。

「……シンデレラ、ね」

 16歳にもなって可笑しいですよね、と苦笑するベロニカを笑うことなく見返した伯爵は、さてどうしたものかとシンデレラについて考察する。
 呪われ姫のベロニカは、一国の姫君だというのにずっと冷遇されていて、基本的に自給自足、侍女の1人もいない生活だ。
 他のきょうだいのように公務に就くこともなく、国から暗殺者を差し向けられる彼女の事を迎えに来る王子はいない。

「どの部分です? 再現したいのは」

「えっ?」

「シンデレラ、ごっこですけど。なりたいんでしょ? シンデレラ」

 と伯爵はベロニカに尋ねる。

「ドレスを着て、舞踏会でダンスしてみたいです。で、12時の鐘が鳴るまでに帰ります。魔法解けちゃうので」

「ああ、なるほど。それならなんとか」

 今日はちょうど舞踏会ですしねと言って時計を見た伯爵は時間的にギリギリだなとつぶやいて立ち上がる。

「姫、化粧道具一式とあと手持ちのドレス全部見せてください。装飾品とあとDIYの道具も」

「……伯爵、何をするおつもりですか?」

「まぁ、俺、伊達に貧乏貴族してないんで。それっぽく整えるのは割と得意分野です」

 まぁ俺魔法は使えませんけどとぼそっとつぶやく無愛想な伯爵を見ながら、なんだか面白そうだと機嫌を直したベロニカはワクワクしながらその手を取った。